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妄想はいにしえの彼方から。  作者: 大嶋コウジ
ドッペルゲンガー少女 シイリ
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一人草原にて…

 シアムは広い草原にいた。


「ここはどこなのかしら、綺麗な草原……」


 ムー大陸は起伏の少ない地形だったため、広い草原は場所は至る所に存在した。そんな草原の一つにシアムは立っていたが、自分が何故ここにいるのか理解出来なかった。


「私は……、そうよ、アルちゃんとライブをするために遠征中だった、にゃ。それで少しお休みをもらってお散歩していた……」


 シアムは、さっきまで一緒にいたアルがどこかに行ってしまったと思うと急に不安に駆られた。


「アルちゃんはどこに行ったのかしら……?アルちゃんっ!アルちゃんっ!」


 しかし、アルの声は何処からも聞こえてこなかった。その代わりに、草原の向こう側から歌声が聞こえてきた。


「あれ?声が聞こえる……」


「ララランッ♪ララランッ♪」


 シアムはあても無かったので、声の聞こえる方に自然と足が向いていた。


「ララランッ♪ララランッ♪」


 その声は澄み渡るような綺麗な声で、近づけば近づくほど心が洗われていくようだった。聞こえるはずの無い楽器の演奏も一緒に聞こえてくるようだった。


「ララランッ♪ララランッ♪」


 シアムがしばらく歩くと一人の少女が草原にぽつんと立っている木の下で幸せそうに歌っているのが分かった。


「ララランッ♪ララランッ♪

幸せを求めて私は歌うのっ♪

人は一人ぽっちじゃないものっ♪

私がいるからあなたもいるのっ♪

あなたがいるから私がいるのっ♪

ララランッ♪ララランッ♪」


「綺麗な声……」


 シアムは、一人ぽっちになってしまったことを忘れてしまうほど、その歌に魅せられてしまっていた。


「ララランッ♪……あれ?」


 少女はシアムを見つけると、歌うのを止めて彼女の方に走ってきた。そして、不思議な事を言った。


「お姉ちゃんっ!久しぶりっ!!」


「えっ?お姉ちゃん?」


 歌を歌っていた少女が自分の事をお姉ちゃんと呼んだのでシアムは理解が追いつかず、目の前の少女を見つめた。

 少女は10歳ぐらいに思えた。黒い髪から小さな猫耳がのぞかせていたので猫族だと分かった。しかし、自分には妹などいなかった。


(どこかで会ったっけ……?でも、どうしてなんだろう……。懐かしい……、昔、この子に会ったことがあるような気がする……)


 だから、どうしても彼女の事は思い出せなかった。

 シアムは少女の目線に合わせるため腰を下ろすと少し困惑しつつも笑顔で話しかけた。


「私があなたのお姉ちゃん?ごめんね、覚えてなくて……。何処かで会ったことがあったかな?」


「えっ!!!お姉ちゃんが私のことを忘れちゃってるぅっ!」


「そう言われても、にゃ……。えっと……、どこで会ったっけ?」


「え~~っと、お姉ちゃんが生まれる前って言えばいいのかなぁ」


 シアムは少女に思わぬ事を言われて戸惑うしか無かった。


「えっ?生まれる前っ?!」


「生まれる前にお話ししたよ。これから私が生まれるから、よろしくねって」


「これから生まれる時かにゃ……?」


「うん、だけど、お母さんが病気になっちゃって……。私は生まれること出来なかったの」


「生まれることが出来なかった……?あ、あなたは一体……」


「だから、こうしてずっと歌っているのぉぉっ!」


 少女がそう叫ぶと、周りは急に暗くなり始めた。


「え、えぇ?お空が急に……」


「生まれることが出来なかったぁぁ……。さみしいぃぃ……、さみしいぃぃ……。おね……え……ちゃん……」


 少女は涙声になって顔を下に向けていた。シアムは周りの状況と彼女の落ち込んだ姿に混乱していた。


「ね、ねぇ、どうしたの……?」


「お姉……ちゃん……なんて、きらいだぁぁぁぁっ!」


 少女はそう言って急に顔を上げたのだが、シアムは自分を見つめる彼女の目に身体が凍り付いた。


「!!!」


 綺麗な目は真っ黒になっていて、その奥の闇にシアムは吸い込まそうになった。少女のふくよかだった頬はゲッソリと痩けていて身体も細くて骨が浮かび上がっていた。


「ひ、ひぃぃっ!」


 さっきまで草原だった場所は小さな石が地平線まで続く河原に変わっていた。いつの間にか流れていた川は赤い色の水が流れていた。

 シアムは恐怖でどうかなりそうになって、後ずさりすると何かにぶつかって転んでしまった。何につまずいたのかと確認しようとして恐怖で顔が引きつった。


「あぁぁ……っ」


 そこに居たのは、身体が細くて今にも折れてしまいそうな小さな子どもだった。同じように黒い目でシアムを見つめていた。その奥にも同じように子ども達が数え切れないほどいた。


「生まれたかったぁぁ……、生まれたかったぁぁ……」

「お母さん……、お母さん……」

「ふぇぇ……」

「会いたいよぉ……、お母さん」


 シアムは恐怖で言葉を失い、その場で動けなくなった。


「……あぁ、あぁ……あぁ、あぁぁぁぁぁぁ……」


 そこに少女がゆっくりと近づいて来て、彼女を黒い目で見下ろした。


「お姉……ちゃん……、私……、生まれたかった……。どうして……、お姉ちゃんだけがお母さんとお父さんを独り占めしてぇぇ……、ずるいよぅぅ……。ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ……」


 シアムは恐怖から逃げるため、膝と頭を抱えて丸くなった。しかし、その声はシアムの耳に響き続けた。


「ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ、ずるいよぅ……」


「いや、いや、いや~~~っ!!!!」


-----


「シアムッ!シアムッ!」


 シアムが目を覚ますと、目の前にはアルが心配そうに自分を見つめていた。


「ア、アルちゃん?!」


「やだやだやだ~~~っ、休憩時間だからって眠っちゃうんだもん。しかも、うなされていたよぉ~~。うが~、すっごい汗じゃ~……」


「えっ?私、眠っていた……のね……」


 二人は首都ラ・ムーと離れた地方のライブ会場に来ていて、明日が本番だったのでリハーサルをしていた。シアムはここまでの移動とリハーサルで疲れていたため、控え室で休んでいる時にいつの間にか眠ってしまっていたのだった。


「そうだよぉ。もうすぐ休憩終わるから、早く準備しないとっ!」


「う、うん……」


 シアムは、まだ現実に戻りきれず呆然としていた。それを察したのかアルが心配そうに彼女の顔を見つめた。


「少し疲れてる?顔が青ざめているぞぉ……、大丈夫かい?」


「だ、大丈夫、アルちゃん。ありがとう……」


「それなら良いけど……、シアムが居ないと困っちゃうんだぞ」


「分かってる……、ごめんね」


 すると、控え室の外からスタッフの二人を呼ぶ声が聞こえた。


「アルちゃん、シアムちゃん、リハーサル始めます~っ!準備良いですか?」


「は~いっ!!今行きま~~すっ!」


 アルはスタッフに答えたが、焦点の無く一点を見つめるシアムを心配した。


「シアムゥ、立てる?疲れているなら、もう少し休む?」


 シアムは、未だ不安が残っていたが、無理矢理笑顔を作った。


「う、うん、大丈夫っ!行く、にゃ」


「おうっ!良かったっ!このツアーは、君の考えた企画でやるんだから倒れたら駄目なんだぞっ!」


「うんっ!そうだねっ!!」


 二人はツナクトノでアイドル服に着替えると、鏡で髪を整え、扉を開けて控え室を後にした。


 アルは後ろからついてくるシアムをちらっと見ると、本当に大丈夫かなと思った。


(いつもと違う気がするんだよなぁ……)


 リハーサル会場に向かう廊下は暗く、シアムはさっき見た夢を思い出してしまっていた。しかし、今度はアルが目の前を歩いていて不安は無く、夢で出会った少女を冷静に考えることが出来た。


(あの子は私をお姉ちゃんだと言っていた。最後はとても怖い顔だったけど、どこか懐かしい声だった……)


 夢での出来事とはいえ、実感があった。自分をお姉ちゃんと呼んでいたその子は、どこかで会ったような気がしてならなかった。


(でもこれから大事なライブのリハーサルだし、みんなを笑顔にするお仕事を頑張らなくっちゃ)


 シアムは明日集まるファンのことを思い、仕事に集中しなければと自分に言い聞かせた。


「さ、がんばろっ!アルちゃんっ!!」


「おうっ!シアムッ!!そう来なくっちゃぁっ!」


 シアムは仕事顔に戻ると、夢の事は忘れることにしてリハーサル会場に向かった。アルはシアムが強がっていると思ったが自分が支えてやらねばと思うのだった。


2022/12/28 文体の訂正、文章の校正


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