黒い水晶玉
この時代のインターネット回線であった"ツナク"を使ったメッセンジャーアプリは、各人が装着、もしくは、身体に埋め込んでいた"ツナクトノ"にインストールされていたのだが、その他にもバーチャル空間を使ったメッセンジャーアプリもあり、その空間上で友達と会話するのも流行っていた。
ツナクトノでログイン操作をすると天井などに設置された装置がバーチャル空間を立体映像として表示した。その立体映像は、自在に拡大・縮小表示させる事が出来たので、小さな箱庭のようにして見ることも、部屋を目一杯使って表示させることも出来た。ちなみに、立体映像を作る装置が近くに無い場合は、自身のツナクトノの上に表示される小さな立体映像を使う事になり若干利便性が下がった。
立体映像上に作られたバーチャル空間では各自がアバターとなって行動した。これは現在のメタバースと同じだった。しかし、異なっているのは、自分の思いをダイレクトにアバターに伝えて操作する点だった。アバター達は、現在でいうインターネットの掲示板のような単位で会話用の"部屋"を作って会話を楽しんでいた。現在の掲示板のROMのように会話したく無ければ部屋の外から会話を眺める事も出来たが、ほとんどの人は趣味趣向の合う人と自動的に出会えるシステムによってどこかの部屋に所属しては会話を弾ませていた。
ツクは学校では孤独であったが、ツナクでは自分に合う部屋を探しては会話を楽しんでおり、今日も自分に合う"部屋"を探していた。
(どっか楽しい部屋ないかなぁ……。それにしても、あぁ~~っ!何かムカつくっ!イケカミを何とかしたいっ!!あんな独り言を言う人間は絶対ヤバい奴だよっ!アル様と一緒に居るなんて許せないっ!)
彼女は、アルに付きまとっているロウアに対する嫉妬心が収まらなくなっていた。そのため、彼をどうにかアルから引き離せないか考えるようになっていた。彼女はロウアとアルが親しげに話している姿が目に浮かんではイライラとしてしまった。そのような感情は、ツナクのアバターにもダイレクトに伝わり、ツナクの照合システムが彼女を自動的にとある部屋へと導いた。
(あぁっ!イライラしていたから変な部屋に移動しちゃったよ……。ん?この部屋……)
ツクが部屋の看板を確認すると、そこには"【呪】邪魔者を呪う部屋【怨】"と書いてあった。
(何てぴったりな部屋なのかしらっ!この部屋に入れば何か良い考えを持っている人に出会えるかもしれないっ!)
ガチャッ!
ツクは、その部屋のタイトルに恐れを抱くよりも先に扉を開けてしまっていた。掲示板を開いたときの演出として扉が開いた音が鳴り、ツクのアバターがその部屋に入った。
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│し、失礼します…… │
└───────────────────┘
ツクがよそよそしく入ると、その部屋で待ち受けていたのは黒いカラスのような姿をしたアバターだった。このアバターは椅子に座り表情もなく彼女を見つめていた。通常の部屋であれば複数のアバター達がわいわいと会話を繰り広げていたのだが、ツクはどうして一人しか居ないのだろうかと疑問に思った。
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│コンニチハ…… │
│ヨクキタネ…… │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│こ、こんにちは…… │
└───────────────────┘
ツクは恐る恐る挨拶を返すと、カラスは意外なことを言って彼女を驚かせた。
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│良くこの部屋に気づいた │
│その心、良くミセルノダ │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│こ、心って? │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│まずは手を出してココに手を乗せるノダ │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│手?手を出すの?占いみたい…… │
└───────────────────┘
心を見せると言いながら手を出せとはどういう事かとツクは理解出来ずにいたが、カラスの言う通り、自分の手を怪しげな水晶の上に乗せてみた。
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│おお!! │
│オマエハ、ロウアをシッテイルのか!! │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│すごいっ!何で分かるの?! │
│あなたもあいつを知っているの?! │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│ロウアは本当に酷い男だ │
│あいつはこの世から消さなければならない│
└───────────────────┘
ツクはロウアのことを知っているこのアバターに対して疑うどころか、親しみがわいていた。しかも、ロウアを消し去らなければならないと自分が願っていることを代弁するように言った。だから、ツクは初めて会ったにもかかわらず、自分の思いを何の躊躇も無くそのまま伝えた。
┌───────────────────┐
│わ、私もこのイケカミ……、いえ、ロウア│
│を消し去りたいのよ!! │
│そうすればアル様を守れるもの! │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│おお、同士よ! │
│しかし、こいつはワレワレの知らない │
│能力をモッテイテ厄介なのだ │
└───────────────────┘
カラスは不思議な事を言ったのでツクは何のことだろうと思った。
┌───────────────────┐
│えっ?能力? │
│それって何なの? │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│それはワレワレも認識デキナイのだ │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│う、うん? │
│そ、それでどうすれば……? │
│どうすればアル様を守ることができるの?│
│私はあいつを消す方法を知りたいの! │
└───────────────────┘
思いをダイレクトに伝えるツナクトノ特有の機能によって、ツクのロウアに対する憎しみが何の躊躇もなく出ていた。
┌───────────────────┐
│ふっふっふっ…… │
│しかし、ワレワレはあいつの能力を吸収 │
│する装置を知っている! │
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┌───────────────────┐
│能力を吸収……? │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│ソウダ、能力が無くなれば気力が無くな │
│り普通の生活が出来なくなる! │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│お、おぉ!そうすれば! │
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┌───────────────────┐
│ソウダ、お前の"欲"の望んだ世界が │
│オトズレルだろう │
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┌───────────────────┐
│素晴らしい!その装置は? │
└───────────────────┘
ツクは、彼の話す"欲"という言葉の意味を解さないまま、ロウアをアルから引き離すことが出来るということに気分が高揚してしまった。
┌───────────────────┐
│これだ │
└───────────────────┘
そう言うと、カラスは黒い不気味な水晶をツクに見せた。
┌───────────────────┐
│綺麗な水晶玉……、これがさっき話した │
│思考を吸収する装置……? │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│明日の朝、お前ににワタソウ │
│これをロウアに渡すノダ │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│わ、渡すって、それだけ?? │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│ソレダケダ │
└───────────────────┘
カラスは、不思議な水晶をロウアに渡すだけで良いと言った。ツクは疑問に思いつつも受け入れた。
┌───────────────────┐
│わ、分かったけど、それをどうやって │
│受け取るの?ここはツナクの仮想空間よ?│
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│慌てるな、今、手配した │
└───────────────────┘
┌───────────────────┐
│手配って……? │
└───────────────────┘
黒いカラスのアバターがそう話すと、その部屋は自然に消えて無くなり、いつの間にかツクのアバターだけが残っていた。
┌───────────────────┐
│部屋が消えちゃった…… │
│あの人は一体誰だったのかしら…… │
└───────────────────┘
ツクは自分の気持ちをくみ取って何かを準備しようとしている見知らぬ人に恐怖心を抱き始めていた。しかも、彼は仮想空間で見せた物体を自分の渡すと言ったのだった。
「あの水晶玉をどうやって渡すのかしら……、あっ!ヤバい、もうこんな時間……、どうりで眠いわけだ……Zzz」
彼女は、ときどき機械のような声を発したカラスアバターに半信半疑だったが、やがて眠気に誘われて眠ってしまった。
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(ふわぁ~~……)
翌日の朝、ツクはいつものように目が覚めた。
(え、えぇっ!!!ま、まさか、これ……ってっ?!)
すると枕元に何かが置いてあるので驚愕した。それは仮想空間で見たあの黒い水晶玉だった。
(あ、あの部屋で見た水晶玉……?!実際に存在していたという事……?どうやってこれを置いたのよ……)
ツクは自分のベットの周りをキョロキョロしたが当然誰も居なかった。つまり、自分が寝ている間に誰かが忍び込んで自分の枕的にこれを置いたということだった。
(こ、怖い……)
彼女は何者かが自分の部屋に侵入したと思うと怖くなってベッドの上で震えた。しかし、彼女の興味は徐々に恐怖を上回りはじめ、水晶玉に目線を移した。
(……だけど、この水晶玉があれば……)
それは朝日にあたって怪しく輝いていた。彼女はそれを恐れながら手に取ってみた。
(意外と綺麗……かも……?)
ツクはそれを手に取って中を覗こうと目を近づけた。すると何かが渦巻いているのが分かり、その吸い込まれるような渦巻きに集中していると、自分の心が吸い込まれてしまいそうになった。
「……ひぃっ!」
ツクは自分が無くなっていくような気がして恐ろしくなり、布団の上にそれを投げ捨ててしまった。
「……何なの、これ……?で、でも、これをあいつに渡せば、もしかして……?」
水晶玉の恐ろしさもあったが、これを使えば、ロウアに呪いをかけることが出来るのではないかとツクは思い始めていた。
"お嬢様、朝です。起きてください。ご飯の用意が出来ています"
部屋の外では、家政婦ロネントが彼女を起こしにやってきていた。
「わ、分かったってっ!今、行くからっ!」
彼女は急いで身支度を整えると鞄の奥にそれを入れて学校に向かった。
"いってらっしゃい、お嬢様"
彼女を見送ったロネントの目の奥で何者かがほくそ笑んでいたが、ツクはそれに気づくことはなかった。
2023/08/23 文体の訂正、文章の校正




