ラ・ミクヨの像
その日の夜、アルの部屋を調べる会ならぬ、女子会が開かれることになった。
ロウアとマフメノは"嫁"と呼んでいる手作りロネントを通して参加する事を許された。嫁ロネントは、女性陣と一緒にアルの家に移動し、男性陣はロウアの部屋でロネントから通して女子会を監視することにした。
「ぐぇっふ……、ぐぇっふ……、ロウアァ、楽しみだねぇぇ~」
マフメノは、嫁を経由して表示されるアルの部屋を見回して怪しげな笑い声を上げた。
「わ、笑い方が変だよ……、マフメノ……」
「あのカフテネ・ミルのアルちゃんの家に行けるなんてぇっ!僕は何てぇ幸せなんだろうぅっ!!ぐぇっふぅっ!ぐぇっふぅっ!」
興奮しすぎているマフメノを見てロウアは何故か不安を感じた。
「い、いや、行くんじゃなくて、見るだけなんじゃ……?録画装置は壊されちゃったけど」
「何を言ってるぅっ!見るだけでもすごい価値のあることなんだよぉっ!君はぁ幼なじみだから入ったことあるかもしれないけどぉ、あのっ!カフテネ・ミルのアルちゃんの家なんだぞぉっ!」
「う、うん」
「し、しっかもぉ、女子だよ、じょ~しっ!女子の部屋なんだぁぁぁぁっ!!」
「……そ、そうだけど」
ロウアはマフメノに呆れるしかなかったが、その時、魂のロウアが"そんなにしょっちゅうあるかよ"、ってマフメノに突っ込んだような気がした。
(……やっぱり聞こえないか……)
しかし、力を失ったままのため、その声は聞こえなかった。
(だけど、視線って……。アルの気のせいであれば良いんだけど……。いざとなったら踏み込んで助けるしかない……)
ロウアは、力を失ったままで部活のみんなを守る事が出来るか不安だった。しかし、そんな不安など気にすることなく、太っちょ君は興奮し続けていた。
「お泊まり会はどこに座って録画しよう……、ぐぇっふ……、ぐぇっふ……。ア、アルちゃんの近くか、シ、シアムちゃんの近くか、それともホスヰちゃんの近くか……」
「あ、あれ?今、録画って言った……?装置は壊されたよね?バキッと……」
マフメノの嫁は、その頭の横にそれと分かる録画装置が付いていたが、アマミルの強引な外し方によって失ったはずだった。ロウアは彼が何を言ってるのだろうかと思った。
「ぐぇっ、ぐぇっ……、ロウアく~ん、僕がそんなバカに見えるかいぃ?ぐぇぐぇ……」
マフメノは更に怪しげな声を発した。
「な、何のこと?……というか、カエルみたいな声になってきたんだけど……」
「録画装置だよぉ、録画装置のことぉっ!」
「ううん?」
「あれは表の録画装置であって、嫁の内部には別の録画装置があるんだよぉ~~~っ!!二重で録画装置を付けているなんて僕は天才かっ?!ぐぇっふっ!ぐぇっふっ!」
「な、何だって……?!というか、天才というより、ヘンタイだよね……」
「きみぃはぁ~、カフテネ・ミルの二人と幼なじみだから余裕があるのだよぉっ!この機会を無駄にするなんてあり得ないぃっ!!!ぜぜぜ、絶対にせせせ、せいこーぅ、させるぅぅっ!!ぐぇっふ……、ぐぇっふ……、ぐぇっふ……、ぐぇっふ……」
「無駄にしないって……、まあ、分からなくはないけど……って、ともかく録画は駄目だってばっ!」
さすがにアルの部屋を録画することは駄目だろうとロウアは思った。
「ぐぇっふ……、もう遅いのだ……。ぐぇっふ……、ぐぇっふ……、げほっ、げほっ」
マフメノは変な笑い方しすぎてむせていた。
「だけど、その映像をツナクに公開とかしたら……僕は許さないからね」
ロウアが怒り気味でそう言ったので、さすがにマフメノも怯んだ。
「……ぐ、ぐぇ……、も、もちろん。こ、個人で楽しむ、だ、だけさ……」
「個人で楽しむ……?!全く君って奴は……」
「さ、さぁ、そんなことよりぃ、へ、部屋に入ったよぉっ!ほほ~~いっ!!」
マフメノは変な喜び方をして映像を見ていたので、ロウアは、もしかしたらこいつが犯人じゃないかと思ってしまった。
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マフメノの嫁が映した映像には、アマミルが部屋に入るところを移していた。
「さすが可愛い部屋ねっ!」
彼女は、アルの部屋に入ると、その可愛らしい部屋にらしくなくはしゃいだ。
「可愛いなぁ。な~んか若い女子の部屋って感じだねぇ、アマミル」
「そうよねぇ」
「やだやだやだ~っ、アマミル先輩もイツキナ先輩もまだまだ若いじゃないですか~っ!」
「いやいや、五つも違うとこんなにも部屋が違っちゃうのかなぁ~って思ったわ」
イツキナは部屋を見回しながら感心するようにそう言った。アルの部屋は家の二階にあって、部屋の壁紙は、少し薄いピンク色になっていて、ベットは薄い花柄のシートになっており、枕も薄いピンク色をしていて、枕元には色々なぬいぐるみが飾ってあった。
「ぐひょひょ?!あ、あれは~~っ!!」
イツキナはとある物を見つけて大声を上げた。彼女が見つけたのは勉強机の上に置いてある女性の像だった。それは、ラ・ムーの神官の一人、愛の体現者と言われたミクヨの像だった。
「ぶひょっ!あ、あれは、ツナクの歌唱大会で優勝したときの像ではっ!」
「イ、イツキナ、興奮しすぎよ……。大丈夫なの?」
アマミルはイツキナが興奮しすぎているので心配してそう言った。
「平気、平気っ!ほら、アマミルも見てみなよ~っ!」
「……確かに、あの像よね?」
アマミルも歌唱大会を見ていたので、目の前にあった像を見たことがあった。
「はい、そうです。てへへっ」
アルは、頭をかきつつ照れ笑いをした。
「ということは、シアムちゃんの部屋にもあるのかな?」
イツキナがそう聞くと今度はシアムが答えた。
「はいっ!二人で取りましたからっ!」
「どひぇぇぇ~、本当にアイドルって感じだなぁっ!」
「イツキナ、興奮しすぎだってば……」
「分かったって~。ほら、ホスヰちゃんもじっと見つめてるぞ……って、ホスヰちゃん?」
イツキナがホスヰに声をかけると、彼女は何かに魅入られたかのようにじっとミクヨの像を見つめていた。
「あうん、あんまり似てないかもでっす」
「えっ、そうなの?」
「あ、そうだっ!この像って、もしかしてアレが出来るの?」
アマミルは、ツナクの歌唱コンテストでカフテネ・ミルが優勝したときの映像を思い出してそう聞いた。
「あ、見てみますか?」
それはアル達が像を授与されたときの映像だった。アルはそれを察すると像に近づいてそっと手を触れた。
「わぁ……」
「……!」
「あうんっ!」
するとアルの部屋を一瞬にして別世界にする演出が始まった。
ミクヨの像は急にキラキラと輝き出し、彼女自身が像から飛び出してきた。もちろんそれは、単なるホログラフのような立体映像だったのだが、荘厳な衣装を着た彼女は、ここに居る部員達を魅了するのに十分だった。
しばらくすると、ミクヨは、光と共にきらびやかな踊りを空中で舞い、美しかったと言われる歌声を披露した。その透き通るような声は、心を穏やかにさせ、部員達を感動させた。
この映像は、ミクヨが貧しい子ども達の面倒を見るボランティア活動をしていた頃の話を映像にしたものだった。苦しい生活の中でラ・ムーと出会った時のことを演出していた。
ラ・ムーは、子ども達に対するミクヨの愛を励ました。やがて、ミクヨは、ラ・ムーに恋をし、彼は王になった。そして、貧しかった子ども達も豊かになり、大人となった彼らはラ・ムーとその王国に貢献したという物語だった。
やがて歌と踊りが終わると、ラ・ミクヨは元の像に戻った。
「……す、すごかったわ……」
「ア、アマミル、予想以上だったわね……」
アマミルとイツキナは、圧倒されて言葉を失ってしまった。
「あうん、やっぱりちょっとお顔が似ていないかもでっす」
「当時の画像から作った立体映像だからかもね~。はぁ~、でも実際に目の前で見ると凄すぎて何と言って良いのか分からないわね……。ありがとうね、アルちゃんっ!」
ホスヰは相変わらず顔が似ていないと言ったので、イツキナはフォローするようにそう言った。
「言葉を失うってこういうことなのね……。ありがとう、アルちゃん」
アマミルは放心状態だったが我を戻すとアルにお礼を言った。
「い、いえいえ。いつ見ても素敵だよね、シアム」
「そうだねっ!」
すると、ホスヰがアルの袖を掴んだ。
「ん?ホスヰちゃん、どうしたの?」
「アルお姉ちゃん、もう一回見たいでっすっ!」
「あぁ、ごめんね。また、ウムルで充電しないと……」
※ ウムル:太陽の光を集めるピラミッド型の装置、この時代の発電機みたいなもの
「あうん……、お顔をもう一回見たかったでっす……」
充電を待たねばならないと聞いてホスヰは肩を落としたので、アルは彼女の頭を撫でて上げた。
「ごめんね……」
「大丈夫でっすっ!ミクヨのお歌が聴けて良かったでっすっ!」
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一方のロウア、マフメノもロネントを通してこの映像を見ていたが、同じように言葉を失っていた。
「いやぁ、綺麗だったね、マフメノ……、って、マフメノ?!」
ロウアは、マフメノが下を向いて泣いているので驚いてしまった。
「ど、どうしたの……?」
「僕は……、僕は……、僕は何て汚い人間なんだ……。女子の部屋を盗撮しようだなんて……、うぅぅ、ぐぇぐぇ……」
「と、盗撮って認めた……。反省したの……?お、恐るべきラ・ミクヨの像」
ロウアは、マフメノの反省している姿を見て、ラ・ミクヨの力を見せつけられたような気がした。そして、彼は、もう良からぬ事をしないだろうと思って安心した。
2023/08/03 文体の訂正、文章の校正




