ロネント談義
どんな時代でも学校の放課後では、生徒達は思い思いに過ごしている。教室にいて話をしている者、部活に向かう者、帰る準備をしている者、これらはよく見られる光景だった。
そんな騒がしい中でロウアは歩きながら、かつて一度だけ経験した霊的な声の聞こえない状況に感慨にふけっていた。
(それにしても静かだ……)
普段は見たくもない霊体が見えたり、聞きたくもない霊体からの声で静かに過ごすことが出来なかったロウアだった。それが生徒達で賑やかな放課後を静かだと感じていている自分を不思議に思っていた。
ロウアは、少女からラブレターをもらってから何故か"力"を失ってしまったと感じていた。
(まさか、あの子に何かされた……?)
ロウアは、彼女の事に何をされたのかを思い出そうとしたが、スカートがめくれて見えた下着を思い出してしまった。
(い、いかん……。で、でもあれから力が無くなったわけだし……。もしかして性欲が出ると力が出なくなるのかな……。えぇ……、まさかなぁ……。でも、神様からもらった力っぽいからあり得るかも……?あっ、そうだ、手紙……。この手紙に何か秘密が……?)
ロウアは、廊下の隅で手紙開いてみたが、真っ白な紙の真ん中にミミズが這ったような小さな文字で"好きです"と書いてあるだけだった。
(こ、これだけ……?もうちょっと熱意を伝えても良いのでは……)
告白してきた彼女を応援してしまうという意味不明な気持ちになって、ロウアはもどかしくなった。
(う~ん、この手紙は普通の紙に見えるんだけど……。僕の力を失わせる原因とは思えないなぁ……。というか久々に紙を見た……ちょっと感動……。ここに居ても仕方ないか……。アマミル先輩に見つかる前に部室に行くか……)
ロウアはラブレターを鞄の底にしまうと、部室に向かって歩き出し、"霊界お助けロネント部"という派手な看板の部室の前に着いた。相変わらずネオンサインのような派手な看板だったが、ロウアにはこの看板ですら静かだと感じた。
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ロウアが部室に入ると、アマミルが早速、彼に声をかけて来た。しかし、彼の異常さも感じたのか心配そうな顔をした。
「なあに?どうしたの?ロウア君、何だか元気ないんじゃない?」
「い、いえ、元気ですよ……(さすが鋭いなぁ……)」
「う~ん?どした?恋の悩みなの?お姉さんが聞いてあげるぞよ?」
イツキナも茶化しながらも心配そうにしていた。
「イツキナ先輩、だ、大丈夫です。恋の悩みではありません」
「えぇ、そうかぁ……って、んじゃ、何の悩みじゃっ!」
晴れて部員となったアルとシアムも心配そうに見ていた。
「なんだ?イケカミどうしたんだ?」
「大丈夫?イケカミ兄さん?」
「だ、大丈夫だよ。それよりも二人はキタクブアイドル部は休みなんだね」
ロウアは自分の話をそらそうと二人に質問を投げた。
「うん、しばらくお休みだから、こっちに来たのだ。ね、シアムゥ」
「ちょっとだけなんだけどね……」
休みになった言ったが二人はあまり嬉しそうではなかった。
「短いよねぇ。もうちょっと学生ってやつを楽しみたいなぁ。アイドルとはいえ、麗しき乙女なのだっ!」
「うふふっ!アルちゃんったらっ!」
二人は忙しいアイドル活動の合間に学生生活を充実させたくて部活動に来ていた。
「ロウア、クルノガオソイですわ」
マフメノの自己制作ロネントもロウアを見つけて話しかけてきた。言葉を話すのは得意ではないのか、ロウアの家にいる家政婦ロネントのような片言になっていて、更にその口調は上から目線の女性のようだった。
「あれ?少し女性っぽい話し方になってる……?」
ロウアはマフメノの嫁が少し女性らしくなっていることに驚いたが、その嫁さんと遊んでいたらしいホスヰが嬉しそうに叫んだ。
「おぉっ!おヨメちゃんがロウアお兄ちゃんに話しかけた~~っ!えらいっ!!」
「褒められたワッ!マア、当たり前ヨネッ!」
お嬢様口調で話すマフメノの嫁だったが、身体は硬直したままだったので何だか変な感じだった。
そして、そんなホスヰを見たマフメノは、顔をにやつかせてホスヰをおだてた。
「ホスヰちゃんの学習のおかげだよぉ」
どうやら、ホスヰがマフメノの嫁と会話をして学習能力を上げていたらしかった。
「あうんっ!そうかなぁ、マフメノ兄ちゃんのおヨメちゃんがすごいのでっすっ!!」
「ホスヰちゃんの方が、可愛いよぉ~、可愛いよぉ~っ!」
「あ、あうん、えへへ~……。そ、そうかなぁ……」
さすがのホスヰもロネントを褒めているのに自分が褒められたので少し引いてしまっていた。
「マフメノ、君のお嫁さんは賢くなったみたいだね」
「うん、いつも話しかけたりして勉強させているからね。ちょっとずつだけど賢くなってきてるよ」
(あの声はいつでも自分を観察していると言っていた……)
マフメノは自分の愛するロネントの演算装置は成長していると説明したのだが、ロウアは、マフメノの嫁を見ていると相変わらず殺人者の影が見え隠れするようで少し気味が悪かった。
「そうだっ!君のロネントはどうやって作ったの?」
「あれぇ、忘れちゃったんだっけ……?」
マフメノは、ロウアが記憶喪失だったことを思い出してそう言った。
「しょうが無いなぁ。君のロネントを元に作ったんじゃないかぁ……。あ~、そうかぁ、そう言えば君のロネントは、どっかに行っちゃったんだっけ?」
「う、うん、そうだね」
マフメノが話した"逃げてしまったロネント"については、魂のロウアから聞いていていた。
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数年前、魂のロウアがまだ肉体を持っていた頃、この部で持ち前の知識を使ってロネントを作り上げた。しかし、そのロネントは思考回路が壊れていて、勝手にどこかに行ってしまったのだった。その逃げ去ったロネントは位置情報の装置が付いていなかったので、居場所も分からなくなったとのことだった。
(せっかく苦労して作ったやつだったけど、どこに行っちまったんだか。ま、燃料切れで動かなくなっているだろうけどな?あれ、太陽エネルギーにしてたか?忘れちまったぜ)
その時、魂のロウアがそんな愚痴をこぼしていた。
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「うん……。ごめんね。色々と忘れてしまったから……」
ロウアがそう言うと、アイドル二人組はニヤニヤとしながら互いの顔を見た。
「ヒソヒソ……(だってね~)」
「ヒソヒソ……(あれだもんね~)」
「そ、そこのアイドルは、ヒソヒソしないように……」
アルとシアムはロウアの正体を知っているので、二人でヒソヒソ話で盛り上がっていた。
「ねぇ、マフメノ、ロネントについて教えてよ」
「はぁ~、本気かい?記憶喪失ってのは大変だねぇ」
マフメノはロウアの記憶喪失を哀れんでそう言った。
「はいはいっ!私達も知りたいですっ!」
「私も知りたい、にゃっ!」
しかし、アイドル二人組も知りたいと言ったので、マフメノはフンと鼻息を荒くすると、ロネントについて説明を始めた。
「え~っとね……。ロネントの頭脳には、汎用的な演算装置が入っているんだ。人間の脳には及ばないけど、動かす内容、つまり、作業内容を絞ればある程度は人間のように動かすことが出来るんだ」
彼は、空中ディスプレイにロネントについての説明資料を表示してそう言った。
「学校にいる用務員ロネントや家にいる家政婦ロネントのように……?」
「そだね。その演算装置は仕事の内容に合わせて区分けされているんだ。
例えば、仕事を家政婦に絞れば家政婦用の演算装置、工事現場であれば工事現場用の演算装置といった具合にね。そして、ロネントが得た知識(センサーが集めた内容)と経験(人間が教えた内容)は首都ラ・ムーの神殿にある中央演算装置に集まる。知識と経験が集まれば集まるほど、その業種のロネントの作業精度が向上するってこと」
「その集まった知識はロネント達に配信される?」
「そうだね。中央演算装置に集まった情報から演算装置が作られるからね」
(つまり、ロネントのデータ方向は下から上(ラ・ムーの中央演算装置)への一方通行だってことか……)
ロウアが見たロネント達は話し合い、そして、何よりロネント自身が誰かに操作されているように動いていた。
「ロネントが自動的に動く事なんてあるのかい?」
「あるわけないだろっ!」
(どういうことだ……。シアムを襲ったロネント達は勝手に動いたということはないと……?つまり、メメルトさんのような霊体が宿ったロネントだった?)
「そんなすごいロネント見たこと無い……。い、いやこの前見たけど……。あ、あれは例外だっ!例外、例外っ!」
マフメノはそう言いながら夜の学校で出会ったロネントを思い出した。しかし、それは例外であると自分に言い聞かせた。
「例外は置いといて……。ロネントは誰でも購入することは出来るけど、値段相応に演算装置に制限が施されてしまうんだよねぇ。だから僕の家にいる家政婦ロネントも、君に家にいる家政婦ロネントも成長することなく頭が悪いまんまなんだよ。うまく話すことも出来ない」
「そうだね……」
ロウアは自分の家にいる家政婦ロネントが片言で話しているのを思い出した。
(だとすると……)
ロウアはメメルトの魂の記憶を読んだ時に見た光景が思い出される。
(あのケセロという人物がロネントの縛りを解いてしまったのか……?そんなことは可能なのだろうか?でも、今までの事を振り返るとそれしかあり得ないような……)
ロウアの疑問はますます深まるばかりだった。
「それなら、ロネントの演算装置は、どうやって作られるの?」
次にロウアは、ロネントに高度な動きをさせる演算装置がどうやって出来ているのか気になった。
「実は分からないんだよねぇ」
「えっ?!分からない?」
ロウアはその答えに衝撃を受けた。
「そうなんだ、この演算装置は秘匿性が高いんだよ……。神官が作っているとは聞いているけど……」
「えっ?人が作っているの?こんなに大量に?ほ、本当に?」
「どうやって作っているのかも僕たちは知らないんだ。あれ?"この時代"って今言った?」
「あ、いや……。あははっ……」
「ヒソヒソ……。(だってね~)」
「ヒソヒソ……。(あれだもんね~)」
アイドル二人組は、マフメノの難しい話はさっぱり分からなかったが、ロウアの秘密事項にはきっちりと反応した。
「こ、こらこら……」
マフメノは話を続けた。
「要するに演算装置は、知識の高さに応じた物が売っているだけって事しか分からない。それと、後から販売されたロネントほど優秀なんだよ」
「より知識と経験が集まった演算装置になっているから?」
「そうそう、さっすが~」
「マフメノの奥さんは、どんな演算装置を使っているの?」
「段階2の演算装置だよ。この段階だと集約知識は無いから、使う人が色々と教えてあげる必要があるんだ」
マフメノは、そう言うと空中ディスプレイに人工知能の知能段階を表示した。それには5段階あって、こんな感じだった。
段階1:家電、監視カメラなどにごく簡単な機能に搭載、おもちゃなどにも搭載されることがある
段階2:汎用的ではあるが学習には時間が掛かる。この段階から二足歩行可能
段階3:ここから専門性が高くなる。農業、林業、漁業、加工業務で使われる他、家政婦の作業も可能
段階4:より高度な判断が可能、医療、経済、映画、軍事、レーサー
段階5:高高度人工知能、自分の思考を使い新しい制度、物を作ることが出来る。
政治家、神官をサポートする他、官僚として働く事もある。裁判官も含まれる。
「段階2だと、この学校の一階生ぐらいかな?"奥さん"じゃなくて、子どもぐらいなんじゃ?」
「そうなんだっ!つまりっ!!!ロウアの言うとお~り、この子は僕の子どもってことだっ!だから、成長がとっても楽しみなんだよっ!これから僕好みの、僕だけを愛する嫁に成長させるんだっ!……はっ!」
マフメノは話に没頭しながら、自分の過ちに気づいた。
「ヒソヒソ……(シアムゥ……、ちょっと聞いた?マフメノ君って普通の女性と付き合えない人かな……)」
「ヒソヒソ……(……ア、アルちゃん、そんなこと言っちゃ……)」
「ヒソヒソ……(マフメノ兄ちゃんって……もしかして変な人?)」
「あぁ~っ!現役アイドルに嫌われた~っ!ホスヰちゃんにも嫌われた~~~っ!!せっかくお近づきになれたのに~っ!ロウア、恨むぞ~……」
「えぇ……、どちらかというと自滅したんじゃ……」
「うが~っ!……いいよ、いいよぉ~。嫁を育てるからぁぁぁ……」
「ヒソヒソ……(はぁ~、やっぱり女性と付き合えない人だね)」
「ヒソヒソ……(あうん?アル姉ちゃん、じょせいとつきあえない人って、どういう意味なの?)」
「ヒソヒソ……(ふ、二人ともっ、それぐらいにしてあげて……)」
マフメノは大きな声のヒソヒソ話を聞いてさらに落ち込むのだった。
「う~ん……」
ロウアは、マフメノに聞いても疑問は晴れなかった。そして、殺人者のことを考えていて自分の力が失われてしまっていることを忘れかけていた。
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そんなロウア達の会話を聞いていたアマミルはイツキナに話しかけた。
「イツキナ、ロウア君はマフメノ君のお話を聞いて楽しそうだったよね?ちょっとは元気になったのかなぁ?」
「というより余計に悩んでいるように見えるけど……」
アマミルとイツキナは、考え込んでいるロウアをもう一度見た。
「でも、部室に入ってきたときよりは、良いかも?」
「そうかもね」
マフメノが自滅したロネント談義は終わったが、ロウアの中には疑問だけが残るのだった。
2023/05/28 文体と文章の修正




