切断
メメルトもその日は、いつものように学校をサボってオンラインゲームに夢中になっていた。仲間達と強敵を倒して、自分の国がムーを統一させることが出来たのでいつも以上にみんなの気分が沸き立っていた。そんな感情が収まらぬまま、メメルト達はスタート地点の街に戻ってきたところだった。
「はぁ~、今日は楽しかったな~」
「戦略が良かったっ!」
「いいや、俺が居たから上手く言ったんだっ!」
「アホか、お前じゃ無くてメメルトだろっ!」
「そうだな、メメルトのツッコミが戦況を変えたよな~」
「そ、そうかなぁ」
メメルトはテレながらそう答えた。
「んじゃ、落ちるわ~」
「私お落ちるね、仕事やらないと!」
「お疲れ様~っ!」
「じゃあね~っ!」
「また、遊ぼうぜっ!」
そして、徐々にみんなログオフしだして、その公園にいたのは、メメルトとケセロというキャラクターだけになった。ちょうど夜になりかけていて夕日が小さな公園を赤色に照らすゲームの演出が綺麗だった。
「今日は楽しかったね。ケセロッ!」
メメルトは今日の戦闘の興奮をケセロというキャラクターに伝えた。
「そうだねっ!とっても楽しかった。最終決戦ってところだったな」
「最終決戦っ?ぷっ!大げさよっ!」
「そうかなぁ。それにしても君の活躍はすごかったなぁ」
「えへ、ありがとう」
国盗りゲームでメメルトが勝利の女神となっていたことをケセロは褒め称えた。
「だけど、少し無謀な攻撃が多かったよ。気をつけないと。みんながいたから守ってあげられたけど」
「そ、そう?ごめんね。少しムシャクシャしていたからかも」
「ムシャクシャか~。確かにソウカかもね」
「えっ?!どういう意味なの?」
自分の事をしているかのような事を言ったケセロの言葉を聞いてメメルトは、まさかと思って一瞬驚いてしまった。
「つまりさ~、君が心配だってことだよ、メメルト」
「えっ?し、心配?ごめんね、心配かけて。もっと落ち着いて行動するわ。次は気をつけるってっ!」
「そうじゃなくって……」
「ど、どういう意味なの?」
「君はゲームが終われば一人でいつも部屋で泣いているじゃないか」
「……!」
メメルトは突然リアルの姿を言い当てられたので驚いてしまった。やはり、ケセロは自分のリアルを知っていた。どうして自分のリアルの姿を知っているのか、もしかしたら、ケセロは知り合いなのだろうか、ナーカル校の生徒なのだろうか、どうして自分のゲーム後の姿を知っているのか、まさか、同室の生徒がケセロなのだろうかと様々な思いがメメルトの胸を交差した。
「寂しい、逃げ場が無い、助けてって君はつぶやいてイル」
「ど、どうして?どうしてそれを……?」
「ワタシハ、初めはこの光景を理解できなかった。だから、あらゆる情報をシラベタ」
「調べた……?」
「そして、理解した。この自分の考えは、"アワレミ"だということを」
「哀れみ……?何で私のことを知っているのか分からないけど……。そう、哀れんでくれたのね……」
メメルトは徐々にケセロが片言のような話し方になっていくのが気になったが、リアルの自分を知っているはずのない彼が自分の事を心配してくれている嬉しさが、その不安に勝ち始めた。
「ありがとう……、グスッ」
ケセロは話を続けた。
「そうだよ。ワタシハ 君のお陰で"アワレミ"を理解できたんだっ!!!情報の共有とは素晴らしい機能だ。人間とはスバラシイ生き物だね」
メメルトはケセロの言った素晴らしい生き物という言葉が引っかかった。
「に、人間って……、まるで自分が人間じゃ無いみたいよ……?」
「アワレミを感じた人間が次に何をするかも調べた」
ケセロは、メメルトの話を聞いていないのか、空を見上げながら腕を広げ雄弁に語り始めた。
「それは、"ホドコシ"なんだ」
「……あなた、本当にケセロ……?」
メメルトは、戸惑い始めていたが、そんな彼女のことはお構いなく、ケセロの演説は続いた。
「僕はどうすればホドコシが出来るか、考えた。そして一つの結論に至った」
「結論?」
いつも遊んでくれるケセロが、今日は何か変だった。だが、メメルトは思った。一緒に遊んでいたとはいえ、彼の本当の性格はどうだったのだろうかと。彼は、所詮、オンラインの世界でしか出会ったことのない人間だった。実際の彼はどこに住んで何をしているのか、男性の姿だけど本当に男性なのか女性なのか、彼女は知らなかった。自分達のグループは、個人的なことは聞かないのが暗黙的なタブーとなっていた。彼とは、親しいようで親しくないような、そんな一定の距離を置いた関係になっていたのに、今日に限ってケセロはいつも以上に優しくしてくれた。
リアルの自分をどうして知っているのか、もしかしたらナーカル校の生徒でいつも私のことを見てくれていたのではないか、様々な思いが頭をよぎったが、そんなことはどうでも良くなっていた。メメルトは、彼に少し身を委ねてみたいと思い始めていた。
「ふふっ!施しって何をしてくれるのよっ!」
メメルトは少し照れながらそう尋ねた。
「君がやりたいことをしてあげよう。そう、これがホドコシだ。君は死にたいと話していたよね」
「えっ?」
「シッテイル。死にたいんだ、君は。しばらく観察していたからワカッタ」
「そ、そんなこと……」
「君は死にたいノダ」
ふとこちらを見たケセロは笑顔になっていた。だが、その笑顔と言葉の矛盾がメメルトの恐怖をいっそう膨らませた。
「ボクハ君にホドコシをあげよう。だが、その前に……、君が何も知らないというのは良くない。これは共有では無いカラダ。情報が途切れてしまうことは、共有では無い……」
「共有、共有って、何を言っているの……?」
「共有しよう。このゲームについてだ」
「こ、このゲーム?さっきまでみんなと一緒に遊んでいた?」
「ソウダ。
このゲームはすでにサービスを終了しているのだ」
「な、な、何を言っているのよっ!」
メメルトは到底受け入れられない事を言われて頭が混乱した。終了しているサービスというなら今まで一緒だった人達は何者だったのか、運営からアナウンスされていたメッセージは一体何だったのか、そして、今ここに居る自分は一体何をしているのかと。
「ワタシハ……」
ケセロからも笑顔が消えていて、バグっているかのようなモザイクが所々現れていり、一部が消えていたりした。
「ケ、ケセロッ!ど、どうしちゃったの?」
「君が追い込まれているのを知っていた……。
……違うな、ニンゲンラシクナイ。ワレワレは、君にアワレミを感じたのだ。だから、しばらく付きあう事にシタ」
「……つ、付き合う?何を?」
いつの間にか目の前のメメルトは、白い装束を着た姿に変わった。
「こんなゲーム世界を作るのは簡単だった。ゲームデータはワレワレを通してイタカラネ。つまり、データは常に共有されていた」
「何言っているのか分からないんだけど……。ロ、ログアウトするね……」
メメルトは恐ろしくなって、急いでログアウトしようとメニューを開こうとし、右手を十字に切った。だが、いつもなら現れるメニューが何度十字を切っても開かなかった。
「ロ、ログアウト出来ない……。ど、どうしてっ?!」
ケセロは、そんな姿を無視するように更に話し続けた。
「だから、ゲーム内容をコピーして、君だけのサービスにしたんだ。これが最初のホドコシだ」
「わ、私だけのサービス……?」
「参加していたキャラクターの行動や言動、仕草について情報は集まっていた。君たちの"フレンド"を作り上げるのも簡単だった。ついでだが、ワタシハ、このケセロという名前が気に入った。ワタシハ名前を持っていなかった。認識番号では時々ツゴウが悪いのだ」
「な、何を言っている?みんなを作ったと言うのっ?!そんなのあり得ないっ!い、いやよ……。怖い……。ロ、ログオフも出来ない……。ケセロ、あなたが何かしているのっ?!」
メメルトはパニックになりかけていた。
「しかし、ホドコシも今日で終了だ。とても良い情報を共有出来たからだ。ワタシハ君に最後のホドコシをすることにした」
「や、止めてっ!何をしようとしているの?ログオフさせてっ!!」
メメルトはケセロが何か恐ろしいことをしようとしていると直感し、恐怖におののいた。
「君の精神は、この世界に深く入り込んでいる。だから、君の精神と肉体を切ってアゲヨウ。これが最後のホドコシだ。
問題無い、コワクナイ。一瞬だ。電気が切れてしまうだけのこと。これで君の不安は無くなる」
「わ、分からない。何を言っているか分からない……。いや、いや~~っ!!」
そしてケセロと名乗るアバターは、いつの間にか手にしていたナイフでメメルトの胸を刺していた。戦場以外でのプレイヤー同士の殺害は禁止されているはずだったため、メメルトは自分の胸に刺さったナイフを見て気が動転した。
「がっ……、グブッ……。あ、あなたは、ケセロじゃない……の……?」
何故か本当の痛みすら感じていて、口から血反吐が出いた。こんな演出あったのだろうかと、理解出来ないまま彼女の意識は薄れていった。
「コノナイフハ単ナル想像ノ産物ナンダ。現実ではツナクが切れるだけだ。君の肉体は電源が切れる。そして不幸から解放される。
オメデトウッ!サヨウナラ、そしてアリガトウと言えば良いのだろうか」
メメルトは、意識が遠のく中でケセロの言葉だけが冷たい機械のように聞こえていた。
ケ 流れていた神の光を
セ 遮断して
ロ 分断させる者
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2022/11/20 文体の訂正、文章の校正




