散歩
アルとシアムがお見舞いに来てくれて、ロウアが海で溺れた事故を説明してくれた。
それはロウアという少年が死亡して、池上という魂がロウアの肉体に宿った話でもあった。
池上はロウアという少年のことを思うと気の毒に思えた。
どういう神の悪戯か分からないが、死亡事故で死んでしまったとはいえ、自分が肉体を奪ってしまったからだった。
そんなことをロウアが考えていると、二人がロウアを散歩に誘った。
<ロウア君、病院の裏庭をお散歩しようよっ!>
<そうだぞ、ロウア。こんなところに寝てるだけじゃ駄目だぞ>
ロウアは歩くには未だおぼつかなかったが、窓から見える景色をもっと観察したいとも思ったので、とても嬉しかった。
病院の裏側が病院に隣接する公園のようになっていて、そこはとても大きな草原となっていて、小さな川も流れている。
草木は見たことのあるものだったので、ロウアは21世紀の景色と重ねて安心した。
(あぁ、空気がとてもおいしい。
それにしても、この大地は遙か遠くを見ても平原しか無い。
起伏がほとんど見られないから人々が住むのにとても適した大地なのだろう)
だが、たまに空を車らしき乗り物が飛んでいるのが21世紀とは異なっている。
量子物理学の大学に通っていたロウアは、どんな仕組みで飛んでいるんだろうと思った。
(それにしてもムー大陸は存在していて、その文明は21世紀以上だったなんて……)
ロウアとなった池上は、空中を自由に飛び交う乗り物を見て、そんなことを考えていた。
(それに何て多様な人種なんだろう……)
この公園には、ロウアと同じように入院している患者が思い思いに歩いていた。
大人や子どもに老人に、男性に女性というのは見て分かるのだが、着ている服から肌の色まで様々だった。
髪は黒髪、金髪に銀髪まであり、肌の色は白、黄色、黒と、ここが異世界であることを知らしめていた。
(う、う~ん、尻尾の生えている人もいるし、シアムみたいに猫耳スタイルの人もいる。
コスプレが流行っているのかな……。だけど、大人の男性も付けている……)
ロウアはシアムを見ると、おもむろにその猫耳を触った。
<にゃっ!>
<やだやだやだ~~~っ!何しているのよっ!!>
(あ……、あれ……。温かい……)
アルはロウアにパンチを食らわせた。
「がっ……。痛てて……。な、何をするんだよ……」
<他人の耳に突然触るとは、何てことをするのだっ!しかも何を言っているのか分からんっ!>
<ロウア君……、な、何で耳に触るの、にゃ……?>
「耳っ?!ほ、本物っ?!」
<また分からん言葉話してっ!誤魔化そうとしても駄目だぞっ!!!>
ロウアはまさか本物の耳だとは思わず驚いてしまった。
そして二人を怒らせてしまったので頭を下げて謝った。
<ロウア……、君は昨日から何か変だぞ……>
<アルちゃん、記憶が無くなっているっていうから、ちょっとだけ変なだけだよ~。
すぐに治るって>
<う、うむ……。もう変なことしないでよねっ!>
ロウアは平謝りでうなずいた。
(猫耳が本物だなんて……。そんな人種21世紀にはいないぞ……。
あぁ……。そうか……この人種はいずれ絶滅してしまうということか……。
それにしても、このムーにはこんなにも多様な人が住んでいるのか……)
このムー大陸には日本のように単色の人種だけしかいない文明とは異なっていた。
ロウアは様々な人種が住むアメリカ合衆国のような世界に放り込まれたような気分だった。
<気分変えてアイスでも食べようか>
<えっ?ロウア君は病人だよ~っ!>
<元気そうだし大丈夫だよっ!ねっ?>
ロウアは笑顔でうなずいた。
<ほら、大丈夫だってさ>
<全く~、アルちゃんが食べたいだけでしょっ!>
<えへへっ、じゃあ、買ってくるねっ!>
<うんっ!>
アルはアイスを買いに行ってしまった。
二人きりになったが、ロウアは何も話せないので遠くを見ながら歩いた。
(色々聞きたいんだけどなぁ……)
それを察したのか、シアムから話しかけてきた。
<ロウア君、言葉忘れちゃったんだよね>
ロウアは困ったといった顔をするしかなかった。
<あのね……>
何か言いたそうな雰囲気で言葉に詰まりながら、シアムは話を続けた。
<アルちゃんと話したんだけど、私たちがしばらくの間、ロウア君がナーガル語を思い出せるようにお手伝いしようと思っているの>
ロウアは、顔を上に向けると満面の笑顔で頷いた。
<ふふふっ。色んな事を忘れていて大変だもんね>
ロウアはお礼を言えず、どうして良いか分からないのでで手を握って感謝の気持ちを伝えた。
<ロ、ロ、ロウア君……、ど、ど、どうしたの、にゃ……。ま、また突然……>
シアムは突然のことで耳が下を向いて、顔も真っ赤になってしまった。
<やだやだやだ~~~っ!!!ロウアッ!!!何してるのっ!!>
丁度そんなところに、アルがアイスを持って来た。
ロウアは、えっとした面持ちでアルを見て、手を握っている自分が実は不味いことをしてしまったのだと思った。
(しまった……。思わず手を握ってしまった……)
<女の子の手を握ったり、耳を触ったりと、このヘンタイめぇ~~~っ!>
ロウアは思い切り首を振るが分かってもらえない。
<アルちゃんっ、大丈夫よ。ロウア君は、お礼をしたかっただけなのよ>
<なぬっ?!>
シアムがロウアの代弁をしてくれたお陰でアルは怒りを静めた。
<な~んだ、そういう事かぁ。今流行のヘンタイかと思ったぞ>
(ヘンタイって何だよ……。どういう翻訳になったんだ……)
<やだ、ヘンタイだなんてっ!>
ロウアの頭の中で話し言葉が21世紀の言葉に翻訳されるので元の言葉は分からない。
<ま、いっか。食べよっか>
<そうだねっ!>
三人は大きな木の下のベンチに座りながら、アイスを食べることにした。
(カップは紙で出来ているのは同じかな。
スプーンもプラスチックのようだけど、これも似ている。
アイスの色は少し黄色っぽいな。
一緒に入っている果物のせいかな?)
ロウアはスプーンで食べたアイスの味に驚いた。
「う、旨いっ!すごくおいしいっ!!」
ロウアは日本語で思わず声が出てしまった。
ミルクを使っているのは同じだろうけど、アイスのクリーミー感が強く出ていてすごくおいしいのだ。
その濃厚なクリーミー感となめらかさは、21世紀のアイスとは比べものにならなかった。
しかも、アイスの中にちりばめられた果物は、さらにそのミルクの味を引き立たせていた。
(しかし、何だろう……、この果物は……?)
<ただのアイスを食べて、すごく喜んでいるぞ。相変わらず何を話しているのか分からんが……>
<こっちも嬉しくなっちゃうねっ!>
ロウアは、この黄色の果物は何かと指さして訪ねた。
<うん?ナフフの事?そこら辺で生えているよ?>
「ナ・フ・フ?(ナフフというのか……。えっ?そこら辺?)」
池上は病院の庭の木を見ると、バナナのような実がなっているのが分かった。
黄色い皮だったが、真っ直ぐに、しかも、バナナの2,3倍はあろうかという長さで頭上に生えていた。
(これは……、バナナじゃないよな……)
<何か知らないけど、ナフフって言葉を話したぞっ!>
<ナフフが最初に思い出した言葉っていうこと?うふふっ>
(この果物も西暦が始まる頃には絶滅していたんだ……。
このアイスを作っているミルクも気になるなぁ。
アイスの製法も同じなんだろうか、色々と共通点もあるしタイムスリップしたのかどうか信じられなくなる……)
ロウアはアイスをおいしさの余りすぐに食べ終えてしまった。
<早いなぁ、ロウア……>
<おいしかったんだよねっ!>
ロウアはうんと頷く。
<さっ、アイスも食べたし戻るかぁ>
<そうだね>
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ロウア達は病室に戻ると、アルとシアムは帰る準備をした。
<お外はどうだったんだよ?ロウア>
アルは、そう聞きながら回答できない事を思い出してしまったと思った。
<あっ、答えられないか……>
ロウアは、うんとうなずいて、感謝の言葉を表すため二人の手をおもむろに握った。
<なっ!今度は私もかっ!>
二人とも驚いたが、ロウアの感謝の気持ちだと、その笑顔で理解した。
<やだやだやだ~~~っ、ロウアァ~、らしくないぞぉ。でも、ま、分かったよぉ~>
<ロウア君、記憶がなくなっちゃったけど頑張ろうねっ!>
ロウアはまた二人に笑顔で答える。
<んじゃ、帰るね。ロウア>
<明日は退院だって先生が話してたよ。ロウア君のお家で会える良いね>
(そうなのか、身体は問題無いし帰れるのかも)
二人は手を振ると病室を出て行った。
(というか、あの二人とこのロウアという人物はどういう関係なんだろう……。
お家で会えるとって話していたけど、近所なのかな……)
それと同時に、ロウアはこれからのことが不安で仕方が無かった。
(だけど退院か……。
自分はこれから誰かに成り代わろうとしている……。
言葉も生活様式も事なるこの時代でうまく生活できるのだろうか……。
この肉体の持ち主だった魂はどこに行ってしまったのだろうか……)
ロウアは疲れてしまったのか、そのまま眠ってしまった。
ロ 光りが集まりながら
ネ いくつもの流れとなり
ン その中を駆け巡る
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ト 様々な知識にて作られた物体
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ナ 植物の意味
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フ 循環する光りが一つになる
フ (強調の意味)
2022/10/08 文体の訂正