キホの怒り
ロウアの捕まっている商人の街でも人々は群れのようになって首都ラ・ムーへ向かって歩き始めていた。無論、その先頭にはバーチャル映像の歌姫がいた。
「さぁ、皆のものっ!神々から権限を奪い返すのだっ!」
彼女に動かされた人々は、各種武器を携えて歌声に呼応しながら歩いていた。
「我々は 平等平等平等っ!」
「全てを我々に返せっ!」
「歌姫様っ!」
「タツトヨ様っ!」
「平等を取り戻せっ!」
そんな集団から少し離れた木々の隙間からエメは、異常な熱気に包まれたこの集団を見つめていた。彼は、イススの叔母に出会うとロウアのいた公園の場所を聞いたのだった。その公園に向かう途中でこの集団に出会った。
(こいつら、首都を攻めるつもりか……)
エメは、彼らを見て自分の身体が震えるのが分かった。
(怖い……?えっ?!怖い……?!や、やべぇ、俺が怖がってるのか……?)
しかし、何故、自分が震えるのか理解出来ず、エメとキホが混沌として頭を回った。かつて大悪党エメとして労働を奪われた人々を代表して神官達にテロを起こした自分がいた。しかし、今、目の前に居る集団は、千人以上はいた。数十名で起こした自分達のテロとは規模が違った。それだけの違いだった。
(ど、どうしてだ?変じゃないか、俺が昔やったことをあそこにいる女(歌姫)がやってるだけだってのに……)
彼は自分では気づいていなかったが、かつて自分が起こしたクーデターの時は悪魔と同調していたが、今は十分に反省し、神々に回心していた善良な心が悪魔に率いられた集団を見ているから、恐れを抱いているのだった。
(そんなことより、イケガミさんを探さないと……。近くの公園に居たと聞いたわ。しかし、あれから大分時間が経過してしまっているけど……)
エメは本来の目的を思い出しロウアを探すことにして、急いで公園に向かおうとした。その時だった。
「あ……。あぁ……。そんな……」
エメは、この集団の先頭にいる男の姿を見て思わず声が出てしまった。それはまさにロウアだった。だが、その姿はあまりにも無残だった。彼は大きな棒のようなものに磔になっていた。しかも、その両手は棒の後ろに回されてクギで打ち付けられていた。よく見ると足も鉄線で巻き付けられていて、その鉄線は彼の足に深くめり込んで血が流れていた。
「りょ、両手をクギで……?酷すぎる……。あれではコトダマが……使えない……」
彼は、人々からツナクと富を奪い去ったカフテネ・ミルの知り合いであり、この混乱の先駆者として悪魔として扱われていた。イススの叔母から聞いた情報からどうなっているかと心配したが、このような形で出会うとは思っても見なかった。
(イ、イケガミさん?)
エメはロウアに心の声で語りかけた。すると、ロウアはうつろな目で、何処に居るとも分からないエメを探しながらその声に応えた。
(あぁ、キホさん……?良かった。無事だったんだね……)
(ぶ、無事って……)
それでも自分を思いやるロウアの思いにエメは胸が張り裂けそうだった。
(わ、私のことより……。イケガミさんの方が……)
(み、みんな……カフテネ・ミルが……ツナクを止めた犯人だと思わされている……)
それは、イススの叔母に聞いた内容と同じだった。
(彼女達はむしろ逆の立場なのに……。あなたが彼女達の友達だからって……。酷すぎます……)
(ま、まぁ、慣れっこさ……)
エメは聞けば聞くほど感情が抑えきれなくなっていった。
「慣れっこってっ!!こんなこと許せるわけないっ!!!」
その男女の入り混じった声は、何かを爆発させるように吐き出された。
(キホさん……。だ、だから、ここに来ちゃダメだ……。君は身体が大きいから目立ってしまう。みんなから攻撃を受けてしまう)
それでも自分を守ろうとするロウアにエメの感情は絶頂に達した。
(何故……)
(……???)
「何故、あなたはいつもそうなのですかっ!!!」
その声は心の声となってロウアにも聞こえた。
(え……)
「あの戦艦に居たときもそうだったっ!私達があなたを助けに行ったというのに、あなたは私達の命を優先してっ!!!」
(し、しかし……)
「あぁっ!あぁっ!あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!もうっ!怒りましたっ!!あの時はセウスに無理矢理連れられたけど、今日はそうはいきませんっ!!!
(な、何をしようと……)
エメを止めるものはもはや何も無かった。自分がイツキナの姿であることなどどうでも良くなっていた。怒りに任せ、飛び出すとそのまま猛スピードでロウアの居る先頭に向かった。




