忘れていた感覚
新たな身体を得たエメは、ロウアを見つけるために街中を走り回っていた。しかし、ロウアは何処にも見つからずエメは途方に暮れた。しかし、それ以上に自分を見つめている人達が気になってしかたがなかった。その数は数えきれず、ほとんどの人と言って良いぐらい、皆がエメに注目していた。
「なんだろ?私を見つめる目が多い……。だけど、モテているって感じでもないのよねぇ……」
そのため、エメは、こいつらをちょっと試してやろうと思って、スカートの裾が上がるようにわざと転んでみせた。
「い、いた~いっ!転んじゃったぁぁっ!いやんっ!下着見えちゃうぅぅっ!」
それは、エメなりの目一杯の演技だった。
「…………」
しかし、一向に誰も助けに来なかった。
何か得も言われぬ静寂が一瞬、エメを包むと彼は正気を取り戻して真顔になった。そして、コホンと咳払いをすると立ち上がって、スカートのホコリを落とし、下を向いて思い切り走り出した。
(なななっ!何よっ!誰も助けに来ないなんてっ!この色気が分からないのっ?!この街の奴らは一体どういう目をしているのよっ!全員、神官様なのっ?!)
エメは、高性能ロネントのお陰か、顔が真っ赤になっていた。
(あぁっ!!顔が火照ってるっ!私が顔を赤くするなんてあるの?!あり得るの?!)
前述通り、この街の人々は、カフテネ・ミル・フラスラに対しての憎悪が深かった。つまり、彼らは、カフテネ・ミル・フラスラが、街中のツナクを停止したのだと洗脳されていた。
そのメンバーの一人らしき女性、イツキナが街を歩き回っているわけで、自然と視線を向けずにはいられなかった。しかしながら、彼女は家政婦ロネントの格好をしているので、ロネントが走っているだけのように思えるし、ただの可愛いメイド服を着たコスプレイヤーにも思えるし、本当のイツキナに違いないと思えるし、街中の人達が彼女を見て混乱していた。
結局のところ、物珍しい女としか捉えられず、彼らは一様に声をかけて良いのものかどうか躊躇していた。
(はんっ!目立つ場所を走るからダメなんだろっ!)
仕方なく、エメは目立つのは得策では無いと考え、家々の間を縫いながら走ることにした。同時にイケガミに心の声で声をかけ続けた。
(イケガミさん?イケガミさん?何処にいますか?)
だが、全く応答が無く、一体どうしたのかと思っていた。
(変ね……。さすがにおかしいわ……。街全体を見下ろしたいわね……)
エメは仕方なく、上から街の様子を見ることにしたのだが、この街は古い町であったためか、首都にあるような空中に浮かぶ家もなく、原始的な地上に"密着している"家しか無かった。彼は街全体が平べったい構造だった事にがっかりした。
(高い建物がないなんて、ちょ~"ど田舎"ねぇ……)
エメは、平らな町並みをバカにしながらも走り続けていたが、少しすると比較的高い構造の建物を見つけた。
(あっ!あそこはまあまあ高いか)
それは、所謂、公共の団地と言える建物だった。遠くからでも三階建てだと分かる構造で、その一つ一つのフロアは区切られていて、それぞれに何か生活感のあるものが見え、何百人もの人々が住んでいることが分かった。
エメは近くまで来ると建物同士の間に入り、向かい合った壁を蹴りながら屋根の上まで登った。
「よっしっ!」
彼は登るついでに建物同士の間に干してある女性の服を奪い去っていた。
(これに着替えよう)
つまり、メイド姿では目立つと考え、普通の女性の姿になる方が良いと考えたためだった。
エメは服をおもむろに脱ぎ始めると、胸があらわになって、それをマジマジと見つめた。それがしっかりと作り込んでいたためだった。エメはホロの母親の技術力に呆れてしまった。
(ちょっと……。ここ(胸)までちゃんと作ってあるじゃない……。なんだか恥ずかしいわ……)
すると、何故かエメは女子高生だった石川來帆だった頃の感覚が思い出されて、急に羞恥心が湧いてきて顔が赤くなった。
(……えぇ、また?私が恥ずかしくなるなんて……。今日はちょっとおかしいわ……。さ、早く、着替えちゃおう)
エメは羞恥心はあったが警戒心がなく、おもむろに全裸になったのだが、その着替えをじっと見つめる少年がいた。
その着替えを見ていたのは、この団地に住んでいる12歳ぐらいの少年だった。成人女性が目の前で着替えを始めたので、声をかけるのも忘れて見とれてしまっていた。
血気盛んな思春期にさしかかった少年にはその姿が目に毒だったため、遂に彼の鼻から抑えきれなかった大量の血が飛び出してしまった。
ブシャ~
「う、うわっ!鼻血がぁぁぁっ!……あっ!」
(……はっ?!だ、誰っ?!)
エメは鼻血の音があまりにも激しかったのでその音に驚いて振り向いて、怒りのまま反射的に動くと、目の前の少年の後ろに回り込み、その首を羽交い締めにした。
「ぐ、ぐぇぇぇ」
「お前っ!何者だっ!」
「い、いえいえ……。あ、あ、あの……、ぐ、ぐるじぃぃ」
エメは、子供が話せなくなってしまったので、少し首を緩めてあげた。
「お前は何者だと聞いているんだよっ!」
「お、男の声っ?!ぐぇぇぇ……」
「着替え中に殺しに来るとはっ!お前、ケセロだなっ!」
「ケ、ケセロッ?!だ、誰だよ……」
「はんっ?違うのか……?お前は……」
エメはケセロが攻撃してきたのだと判断したのだが、あまりにも小さな背丈で、しかも、体温があったので人間だと理解した。
「僕は、イスス……。た、ただ、屋上で休んでいただけで……す……。あ、あなたが、その勝手に着替え始めて……。ぐげげげぇぇ」
「なんだ、ませガキか……」
エメは、敵意が無いと分かると首から腕を外した。すると、その少年はエメの方を向こうとしたので慌てて胸を隠して身体をかがめた。
「きゃっ!こっちを向かないでっ!」
「えっ!今度は女性?誰なんだよ……、あなたこそ……」
少年は、急いで目を隠したが、ありがちなことに隙間だらけの手の平だったため、怒りに満ちたエメは何の躊躇も無く少年に強烈なビンタをお見舞いした。
ビシッ!
その強烈な攻撃を受けて、イススは気を失った。
「あっ、またやってしまった……。手加減できなかったわ……」




