固まった心
子犬型ロネントに装着されてしまったエメは、もはや頼るものがなく、そのホヒという人物に藁を掴む思いで頼ることにした。
(ちっ!また、"ホヒ"様かよ……、偶然の一致か?まさかなぁ……)
エメは、ロネント経由のメッシュ型ネットワークを使うと、ホロのかけた電話相手を見つけた。彼は相手先のロネントに接続するとカメラをハッキングして、その映像を覗いた。そして、その不思議な縁にため息が出た。
(あ~、マジカよ……。やっぱ、お前か……。なんたる偶然……)
その先にいたのは、まさに、巨人族の島でロウアを探すのに協力してもらったケ・ヰ・ンヌ・トのトップランカーホヒだった。
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ホロは、子供の頃からいとこのホヒを兄として慕っていた。幼い頃から互いの家に行ったり、近くの遊び場で遊んだりと仲が良かった。大きくなってからもツナクトノを使ってメッセージのやり取りなどを行っていたが、しばらくすると、ホヒが、巨人族退治ゲーム ケ・ヰ・ンヌ・トでトップの成績を取ったと聞いた。ホロは、その事を自分の事のように喜んだ。
その後、ケ・ヰ・ンヌ・トで一緒に遊んだりしたのだが、何年かするとホヒと連絡が取れなくなってしまった。どうしてしまったのかとホロは心配していたのだが、彼は自分の母親を経由して、いとこの状況を聞いてみた。すると、引き籠もりは相変わらずだったが、今度は部屋からすすり泣く声が聞こえてくるようになったのだと聞かされた。やがて、食事すら食べなくなってしまったため、心配になって彼の部屋に無理矢理、入ると布団に潜ったまま独り言を繰り返すだけとなっていて、話しかけようが何をしようが反応が無くなってしまったとのことだった。ホロは一度会いに行こうと行こうと思っていたが、考える暇も無く、大陸全土が異常事態に襲われてしまった。
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エメがカメラから見るとホヒは、布団に丸まって乾ききった目で部屋をじっと見つめているだけだった。
(……んだよ、いっちょ前に落ち込んでんのか?だから、言ったのになぁ)
今度は集音装置で音を聞いてみると、彼はベッドの上でうつろな目でぶつぶつと何か独り言を言ってるようだった。
(ん?なんだ?何か言ってるのか?音を上げるか)
「僕は人殺し……。僕は人殺し……」
(……げぇ、やべぇ。ちと、やり過ぎたか……)
エメは、もっとやんわりとした教え方があっただろうと反省すると、今度は音声システムをハッキングして声を発した。
「おい、ホヒッ!」
「ひ、ひぃぃ?!なになにっ?!何処から聞こえたっ?!」
ホヒは、突然聞こえてきた声にビクッとしてその声に震えた。
「俺だぜ?」
「お、俺って?!オレオレ詐欺っ?!」
「ちげ~ぜっ!エメ様だぁぁぁっ!」
「えぇぇぇっ!!来ないでぇぇぇぇっ!」
結局、エメはやんわりと接することなど出来ず、いつもの高慢な態度で接したので、ホヒは心穏やかじゃなくなった。
「来ないでぇぇ、じゃねぇよっ!」
「な、なんでいるのっ?!ど、何処にいるのっ?!あれから姿を見せなかったでしょ?!もう来ないでよっ!!」
「質問は一つにしろっ!」
混乱気味のホヒをたしなめるようにエメはそう言うと、彼は身体を震わしながらも従順に質問を絞った。
「ど、何処から話しているのさ……」
「お前の部屋にあるロネントから話している」
「あぁ、あれかぁ……」
「しかし、お前ねぇ、落ち込んで……って……コラ、止めろっ!」
「こ、こいつめぇぇぇ」
ホヒは、そう叫ぶと、部屋の隅にいる学習用の小型ロネントをバッドで殴りかかった。
「ば、ばか、壊すなっ!ち、さすがに身体は動かねぇかっ!……ギギギ、■☆●○▼……」
エメの言葉もむなしく、そのロネントはあっけなく破壊されてしまった。
「はぁ……、はぁ……」
エメはやったぞと思ってベッドに戻ると、子供の部屋で何かが壊れる音がしたので彼の母親が心配になって部屋の前にやってきた。
「ホヒ、だ、大丈夫なのかい?!い、今すごい音がしたけど……」
彼女は、そう言いながらも、子供に酷く怒鳴られるのを覚悟していた。
「だ、大丈夫だよ、母さん……」
すると、以外にもおしとやかな声だったので逆に驚いてしまった。
「そ、そうかい?それなら良いんだよ……」
母親は、これ以上の詮索はまた怒らせると思ってリビングに戻っていった。すると、それを見計らったかのように、また何処からか耳を塞ぎたくなるような声が聞こえてきた。
「おっ!少しは母親に気遣いを見せたかっ!偉いぞ、お前っ!」
「ひ、ひぃぃぃ。まだいるぅぅぅぅ。な、何でぇぇぇ」
「ロネントは何処にでもいるからなっ!」
「ど、どこだぁぁ」
ホヒは何処ともなく聞こえてくる声に部屋を飛び出しては、ロネントを一体一体しらみつぶしに探った。母親は、自分の子供が部屋から出てきたことに驚きを隠せなかった。
「ホ、ホヒッ!?あなた……」
「ど、何処だぁぁぁ。エメェェェッ!」
「ふはは~~っ!俺は何処にでもいるぜぇぇ。無駄なことは止めろってっ!」
「ホ、ホヒ、あなた……、元気になったのね……」
母親は、変な声が聞こえているがそんなことはお構いなしで、息子の元気な姿に涙した。
母親の声が聞こえないホヒは、バッドを持って家中を走り回って声の主を探し回った。
「ど、何処だっ!何処だぁぁぁっ!」
「まぁ、待てってっ!母親が泣いてるぞ。落ち着けって」
「えぇ?えぇ?!」
ホヒは、バットを持ったまま、横で泣いている母親を見てその手を下ろした。
「か、母さん……。ど、どうしたんだよ……」
「良かった……、良かった……。元気になって……」
「げ、元気?ち、違うよ……。僕を邪魔する奴が居て……」
「良いのよ、ロネントをもっと壊して良いのよ……。あなたが元気になるなら……。うぅぅ……」
ホヒの母親は自分の息子が元気になったのだと勘違いしていたのだが、彼は、自分の母親をこんなにも心配かけていたのかと思うと急に心を痛め始めた。
「い、いや……。その……」
この地域は、神官達の力で浄化の進んだ場所だった。ホヒは、エメの計らいで小型ロネントが無効化されていたのだが、家族は全員、洗脳状態だった。洗脳が解けて、食事などを神官から配給されると、その配給品を息子のために分け与えていた。にもかかわらず、ホヒは自室に引きこもっているだけの生活で食べようとしなかった。急にそれらのことがホヒの心を襲い、彼の頑なな心を溶かし始めた。
「……か、母さん、ごめんよ」
ホヒは、たった一言しか言えなかった。だが、その一言は親子の絆を取り戻すには十分だった。
「あぁ……、うぅぅ……。良いんだよ……、良いんだよ……。うぅぅ……」
「へ、部屋に戻るね……」
「うんうん……」
「か、母さん……」
「なんだい?」
「お、お腹が空いたんだ……」
ホヒは申し訳なさそうに言ったのだが、息子が発したその言葉だけで母親の胸は厚くなった。
「うんっ!そうだ、そうだねっ!すぐ持って来るからねっ!」
「あ、ありがとう……」
母親の愛情を改めて知ったホヒを見て、エメはニコリとした。




