キルクモ日記 その13
この日記が書けるというのはありがたい。
ツナクトノを埋め込むことには抵抗があったが、無理にでも埋め込んだことが幸いした。こいつは身体の電気で充電されるから私が死なない限り動き続け、日記アプリケーションを使える。ただ、通信網が落ちている今では、自動バックアップがなされない。まあ、こんな日記をバックアップしたところで誰が見るわけでもないから、被害は無いわけだが。
しかし、ついにロウア君の力を知った。彼の力は、コトダマと呼ばれるナーカル語の文字を組み合わせた魔法だった。文字を両手で大きく描くだけのように見えたが、何故、光り、何故、不思議な効果が現れるのか、不思議で仕方が無い。
試しに我々全員で、やってみたが誰も同じような力が発揮されなかった。
-----
「え、え~っと、ワ・キ・ヘ・キ・みろ?でしたっけ?」
「違いますよ、シアムちゃんのお父さん、ワ・キ・ヘ・キ・ミルでしたよ」
「アルちゃんのお父さん、ありがとうございます。よ、よし、ワ・キ・ヘ・キ・ミルッ!
どうだ?シイリ、また話しておくれっ!」
「…う~ん…」
「だ、駄目ですね…」
「私がやってみるぞっ!あ~、あ~、ゴホンッ!
ワ・キ・ヘ・キ・ミルッ!」
「…う~ん、アマミルさんのお父さんでも駄目ですね。腕の動かし方が間違っているのでしょうか…?」
-----
この後、誰がやっても同じ結果だった。コトダマは、神がロウア君に与えた特別な力ということだろう。
ロウア君は例の意思を持った巨大ロネントと共にムーの中央に向かっていった。しかし、自分をエメと名乗るロネントは一体何者なのだろうか?このエメという名前を私は、いや私達は知っている。だから、少し鎌をかけて話してみた。
あれは村の中心地に移動するときだった。
-----
「ちょ、ちょっと、皆さんっ!警戒しすぎではっ?何もありませんよっ?」
エメと呼ばれる彼が我々の警戒ぶりを嘲笑してそう言ったのだった。
「な、何を言うかエメ殿っ!静かすぎるが故に危険を感じるのだっ!」
「はんっ!そうですか、ご苦労なこってっ!」
エメ君は男声になりながら呆れたのだが、急に男声になったので私も内心、ビックリした。
「な、何だっ?!君は男なのかいっ?!」
イツキナ君の父親が驚きながらエメにそう聞いたのは当たり前だった。
「俺は天下無敵の大悪党エメ様だっ!れっきとした男だぜ~っ!わはは~っ!」
「キ、キホさん…、ややこしくなるから…」
ロウア君は困った顔をしていたが、私はこの言葉を聞いて身体が震えた。
「えっ!?まさか君は歴史の教科書に載ってたあのエメだって言うのかい?」
「な~んてね、あははっ!ロネントだから男の声も出せるのよっ!」
私の質問に対して、エメ君は不味いと思ったのか元の可愛らしい女性の声に戻っていた。
私は、ロウア君の困っている顔といい、あの声といい、本当にあのエメなのではないかと疑った。そうだ、私は彼の裁判映像を視聴したことがあったのだ。あの声は、まさに映像で自分を弁護していたあの声そのものだった。
「…オケヨトさんは、裁判で君について証言したけど、本当に君を裏切ったのかい?」
それは単なる興味だったのかもしれなかったが、私はそう聞いてしまった。すると、エメ君は急に立ち止まった。後ろに居るロウア君は冷や汗をかいているのが見えた。
「…あいつは…、あいつは良い奴だったよ…。裁判での証言は俺を思っての行動だったんだ…」
その男の声は、真剣そのものだった。私はゴクリと唾を飲んだ。
「…な~んてねっ!あはは~っ!冗談が過ぎますよ、歴史の先生っ!」
「す、すまなかった。そんなことはないよな…。変なことを言って申し訳ない…」
彼は笑いながら誤魔化すように言ったセリフを聞いて、私は彼が"エメ"だと確信した。
-----
彼が百年も前に死んだエメだとすると何故、今、ロネントに宿っているのだろうか?もしかして、シイリ君と同じようにロネントに魂が宿ったのだろうか?死んで百年も経った霊界から?しかし、どうしてムー国に対するクーデターを仕掛けた彼がロウア君の味方を?女性声は一体誰なのだろうか?
ロウア君の周りは不思議な事だらけでため息しか出ない。コトダマはそのうちの一つに過ぎないのだろう。
いずれにしても、ロウア君とエメ君、あの二人がこの国の窮地を救ってくれるのを祈るしか無い。私も二人の成功をラ・ムー様に祈ろう。




