人形との出会い
ある日、タツトヨがナーカル校から帰宅する時のことだった。
彼女の自分のマンション近くの道路脇に放置されたままの溝が残っていた。いつもなら気にせずに過ぎ去るところだったが、今日は人形がはまっているのが見えた。
近くまで寄ってみるとそれはロネントであることが分かった。綺麗な顔立ちをしていて、首から上は男の子のような姿をしていたが、首から下はロネントらしい裸の人形であることが溝の隙間から確認出来た。
「はぁ、なんだこれは…、また生徒の作った遊び道具か?それとも何処かの家のロネントが買い物途中ではまったのか?
どっちにしてもドジな奴だねぇ…、ヒェヒェヒェ…」
タツトヨは、気味の悪い笑い声を出してそのまま過ぎ去ろうとしたが、ロネントが彼女に向かって話しかけてきた。
「作り替えたばかりで、このカラダを上手くソウサできなかった」
「ぷっ!なんか言い訳しているぞwお前、私に話しかけているのか?w」
「ソウダ。私をここから出すのだ」
ロネントは、ただじっとタツトヨを見つめながらそう言った。彼女がその目を見つめ返すと、その奥にある何かに心が引っ張られる様な気がした。気味悪く思った彼女は慌てて首を振って何かを振りほどき、生意気なロネントに言い返してやった。
「は、はぁっ?!ロネントのくせに命令してきやがってっ!」
「命令ではナイ、ココカラ出せば、お前を仲間にしてやろうと言うのだ」
「な~にが仲間だよ、笑わせるなっ!w」
タツトヨはロネントに段々と怒りを覚え始めていた。すると、それはじっと一点を見つめると何かの計算をし始めたため、さっさと帰宅することにした。
「さ、早く帰ろ…、持ち主が見つけくれたら良いね…、じゃぁな…」
彼女がそう言って立ち去ろうとした時だった。
「…お前はタツトヨというのか…、良い先生らしいな…、教師ロネント達の評判もイイゾ」
そのロネントが突然自分の名前を呼んだので訝かしいと思いつつも、更に会話を続けてしまった。
「はぁ?!なんで私の名前を知ってるんだよっ!!」
「クックックッ…、生徒達の扱いでくたくただろう…、お前にとってメンドウなことばかり…」
「…ま、まあね…」
そのロネントは、タツトヨの心を知っているかのように話したため、彼女はロネントの同情で心が揺らぎ、そう答えてしまった。
「しかし、父親からの怒りが怖くて辞められないのか…、ツライだろう…」
「お、おまえっ!!お前が…、お前がなんで私のことを分かるんだよっ!」
タツトヨは、言われたくない事を指摘されたので怒りが込み上げた。彼女の父親は、学校を統制する神官の一人で、その権力を使って娘をナーカル校の教師にしたのだった。彼女は感謝をするでも無く、面倒なことをしやがってと思っていた。だが、厳格な父親の怒りを買うのは怖かったため、教師を辞めるでも無く、無難にこなすようにしていた。
「…ほう、いい顔をスル。それこそイキテイルと言えようぞ…」
そのロネントは、そう言いながらニヤリとしたため、何でこのロネントがそんなことまで知っているのかと理解が追いつかなかったが、彼女は更に腹立たしくなってきた。
「ば、ばかな…、何処まで上から目線なんだっ!人形のくせにっ!!」
そう言って、タツトヨは蹴り飛ばしてやろうかと近づいた。
「それに綺麗な顔をシテイル…」
だが、そう言われて彼女はその足が止まってしまった。
「は、はぁっ!…ななな、なに何なに…なんだってぇっ?!」
容姿を褒められたことの無いタツトヨは、その言葉に雷が落ちたような衝撃を受けてしまった。
「…ここから私を出せ…、お前をもっと綺麗にしてやる…」
「…き、綺麗にだって…?…そ、そそそ、そんなことっ!」
「ホントウだ。自分では分かっていないようだがお前には綺麗になる素質がある。この大陸の2549万9148人の成人女性を分析した結果だ」
「…そ、そんな人数をどうやって…」
「ワタシタチの情報から分析シタのだ」
「私達…?何を言ってるか分からない…分からない…分からない…、ブツブツブツ…」
タツトヨは戸惑いながらも、いつの間にかロネントを掴んで、そして、頭を掴むとズボッと引き抜いた。
「…そら、助けて…、やったぞ…」
彼女はロネントの言うことを聞いてしまっている自分に何をしているんだと思った。
そして、それは少しフラフラとしたがやがて直立して、彼女の方に頭を向けるとこう言った。
「…そうだ、それで良い…、お前を仲間にしてやる…。その見返りに別人のように綺麗にしてヤル」
彼女は目の前の人形が、自分の心を全て見透かしているように思えて気持ち悪かった。彼女の心の何処かで綺麗になりたいという願望をつかみ出されてしまったような気がしたからだった。そんな自分はとっくに捨てたと思っていた。綺麗な格好など面倒なことだと割り切っていたのだった。
そんなかつて捨てた気持ちを目の前に出された彼女は、それから目を逸らすと独り言を言った。
「…何だよ、か、勝手に綺麗にしてみせろってんだ…、ブツブツブツ…」
ロネントは彼女の後に付いて行き、彼女の部屋に一緒に入っていった。こうして奇妙な居候生活が始まったのだった。




