一人の女性
少し前の時間、陣痛でシアムの母親が苦しんでいるときだった。彼女を看病する女性達の部屋とは別の部屋に一人の女性が入り込んでいた。
「へ、へへへ…、鍵がかかってない…。い、今のうちだ…」
その部屋はアマミル家の部屋だった。黒いローブのようなものをまとったこの女は部屋の奥に入ると、黒いビー玉のようなものを見つけて、自然と笑みがこぼれた。
「は、は、はぁっ!こ、これだっ!」
自分の声が大きすぎたのに慌てて、彼女は小声になった。
「や、や、や、やった…、一つ目の部屋で見つけるとは…!」
これはロネントの演算装置の中心部分に存在するビー玉のような形をした装置だった。先代のムーの女王によって開発されたもので、人の魂を引き寄せる能力を持っていた。
「あの地下にこいつが無いから何処にやったかと思っていたんだ…。
この村で奴らを見つけたら案の定だ…へ、へへへ…」
このビー玉によって、ロウアはかつてその能力を奪われたことがあった。魂を引きつける能力の副作用のためか、彼の力をも吸収してしまう能力もあり、ケセロに利用されたのだった。
「はぁ…、はぁ…、…ら、らしくないぐらい興奮している…、ブツブツブツ…」
ロウア達は、ケセロを破壊した後、このサタンの魂の宿った演算装置をそのままにしていてはおけないと考えた。そのため、ケセロの身体から抜き出していたのだった。ただ、この玉はロウアのそばに置いておけないためアマミルの父親に預けていた。
「…お前に会いたかった…」
この女はそう言うとビー玉を胸に抱いて、そそくさと部屋を出て行き、そのまま宿を後にした。
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彼女の名前はタツトヨ、キルクモと同じナーカル校の教師を務めていた。かつは、ホスヰとロウアのクラスの担当教師、また、霊界お助けロネント部のアイドル活動への指導を行った事もあった。
彼女は、教師らしからぬ姿をしていたため、学校ではいつも生徒から距離を置かれていた。黒いローブをまとい、髪はボサボサで猫背で歩いていたためであり、生徒達の間では"魔女"と呼ばれていた。
こんな姿でも教師ロネント達からの評価は高かったため、進学校のナーカル校でも教師として過ごすことが出来た。
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タツトヨは、太陽を空かすようにビー玉を見るなどしてみたが、何か濁った黒い水のようなものが流動しているだけで、魂が宿っているようには見えず、まして彼女が求める魂が宿っているかどうかなど分かろうはずも無かった。
「…でも分かるよ、お前を感じるんだ…」
しかし、何故かその中にケセロが居るという確信だけはあって、そのビー玉をギュッと握ると胸に当てて暖めてみたり、また、じっと見つめたりしては、ケセロの思い出を胸に浮かべていた。




