オンラインゲームの真実
かつてイツキナの身体を奪って逃げ回っていたエメが、改心してロウアの助けに巨人族の島までやって来た。その姿は禍々しかったが、霊力を失ったロウアでさえ、彼が改心していることを感じ取ることが出来た。
"あぁ、そうだっ!…すいませんけど、ちょっと力をお貸し下さい…。私の背中の蓋を開けて命令を入れて欲しいのです。"
エメは話が一区切りつくと、何かを思い出すようにそう言って背中を指差した。
「えっ!背中?命令?」
"自由に動けなくて困っているんです…。"
「あれ…?しかし、君はさっきまで自由に動いていたじゃないか…。」
"違います…。私が動けるのは、ムーに居るホヒという人のお陰なんです。彼が私を動かしてくれているのです。"
「それじゃあ、君自身は動けないでここまで来たと…。」
"そうです。背中のコンソールから命令を打ってもらえれば自由になれると思います。自分ではどうにも出来なくて…。"
「なんと、そうだったのか…。う、うん、分かった。」
ロウアはそう言うと、ロネントの後ろに回り、足を踏み台にして背中の蓋を開けた。
「あぁ、これか…。なんか懐かしいな…。」
ロネントの背中には細かい命令を入れるためのコンソール画面が装着されていた。ロウアはその背中の蓋を開けるとコンソール画面を開いた。
「命令はどうすればいい?」
"えっと、まず、サーバーとの通信と私の動作を制御する通信の2つを切って下さい。それから、演算装置と身体との通信をつなげて下さい。"
「うん、分かった。えっと、通信部分を切ってと…。身体と演算装置をつなげてっと。演算装置を使わずに身体を動かしていたってこと?はぁ~。」
"そうです。操作する側の演算装置で遠隔操作するように出来ているのです。"
「なんで演算装置を付けているんだ…。よく分からないな…。」
"いずれ、この化け物達を操作するつもりだったのかもしれません。"
「…まさか、ムーで…?」
ロウアは、この化け物がムーで暴れ回る姿を想像して恐ろしく感じた。
"…未だ分かりません。あっ!"
ロウアが操作を終えるとロネントが一瞬、眩しく輝いた。ロウアはその眩しさで目を閉じてしまった。
「うっ…。」
やがて目を開けると、大きく腕を上げて伸びをしているロネントがいた。
「はぁ~~、やっと動けた~~…。助かりました。
ケセロの奴がこの身体に私を埋め込んだものだから、動けなくて困っていました。
あ、あ~~、声も出ていますよね…。少し、調整していますが…、大丈夫かな…。」
エメは、声の調整をしたのか、今までとは格段に声の質が良くなった。
「ケ、ケセロ…?君はケセロと何か関係が…?」
「はい…。
そうだっ!急いでムーに戻らないとっ!ロネントをここまで運ぶ船があります。それに乗ればすぐに帰れます。」
「えっ!えぇっ!そうか、帰れるのか…。」
「どうしたんですか?嬉しくないのですか?」
「帰れるのは嬉しいけど、生徒達が…。アトランティスから戦艦で一緒にここまで来た子ども達が居るんだ…。」
「なるほど。
…ん?ちょっと、お待ちください…。ホヒが話しかけて来ました。」
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これらの会話を聞いていたホヒだったが、自分が操る守護者が女性の声になっていることを理解出来なかった。
「ちょ、ちょっと、守護者…。君はキホという名前だったの?というか、女性だったの?」
その声を聞いた守護者は、カメラの方向に自分を向けた。
"あ~、悪かったな。俺は俺であって、…私でもあるのよ…。"
「と、途中で音声が変わった?」
守護者の声が途中で女性の声に変わったのでホヒは理解出来なかった。
"まあ、良いじゃないっ!"
「良いじゃないって…。それってどういうこと…?」
ホヒは呆れてしまったが、もう一人、守護者が探していた人物も映像に映っていた。
彼の自室の立体映像に映っていた青年は、自分より少し年上に見えた。イケガミという名前なのは分かったが、それ以上のことは分からなかった。
「そ、それと、あなたは…一体、どなたなんですか…。」
"声しか聞こえないけど、君がホヒなんだね。"
「えぇ、そうです…。」
"僕はムーの人間で、イケガミって言うんだ。"
「イケカミ…?そうですか…。確かに守護者もそう言ってましたが…。
あ~~、だめだ…。どうして本当の人間がゲームにいるのか理解出来ないっ!
そうか、ケセロという人が作った会社の社員さんですか?」
"ゲーム…?そうか…、君たちは、これがゲームだと思っているのか…。だから、あれだけのことが…。"
ロウアが悲しみに包まれた顔になったので、ホヒはどうにも理解出来なかった。ロウアの代わりにエメが話し始めた。
"自由に動けるようになったからシステムも触れるようになったな…。よしっ!"
「守護者がシステムに…?」
"ホヒ、ここまで案内してくれた事、感謝するぜ。"
「な、なんだって…?」
ホヒは、今まで自分の事を散々使ってた守護者が、急に自分に感謝の言葉を使ったので驚いてしまった。
「そ、そんな…、ど、どういたし…まして…。
そ、そ、そうだ…、あ、あの…、ど、動画は…?」
"もちろん、公開なんてしないさ~。"
「よ、良かった…。」
ホヒは、秘密動画が公開されないことに安心したが、すぐに次の言葉で顔を青ざめさせられた。
"しかし、巨人族達を殺すなって言ったのに、最後にやらかしやがって…。"
「…あ、あれは…その…。」
"いいか。お前らがやって来たことって~のを今からよ~く見せてやる。覚悟して見るんだぞ。"
「なになにっ?覚悟って?」
画面上の守護者がそう言って、指をパチンと鳴らすとホヒの部屋に移された立体映像は一瞬で入れ替わり、リアルな巨人族の村を映し出した。
「えっ!な、なんだ映像が変わっ…、あ、あぁ…あぁぁぁぁ…。」
それを見たホヒの顔はさらに青ざめていった。
そこに映っていたのは、自分達が殺した巨人族の無残な姿だったからだった。その映像を見て今まで自分がやったことがリアルで映し出されて、ホヒは身体が震えだした。
「こ、これは…?う、嘘だろ?嘘だよね…?これはゲームでしょっ?ねぇ?守護者?エ、エメだっけ?嘘だよね?だって、巨人族を倒せば、消えちゃうだろ…?」
"はんっ!これは、本物だぜ?死体は画像処理で消されているだけだ。"
「ほ、本物…?これが本当…のこと…?ち、違うよね?君が何かの絵を映しているんだろ?」
"映像の証明書を確認すれば分かるぜ?"
「しょ、証明書って…。…あ…。」
この時代の立体映像はリアルと見間違うほどだったので、映像にはその映像が本物がどうかを証明するファイルが付いていた。ホヒは、それを急いで確認すると、第三者認証局の証明ファイルが添付されていた。
「…ほ、本物…、本当の映像…。これは本物だっていうのか…。こ、これは…ただのゲーム…だよ、ね…?
う、うぅ、うっ、うっ…。」
ホヒは自分自身に問いかけるようにそう言ったが、自分を中心にして映し出されている映像からは、燃えさかる村の匂いや、死臭が匂ってくるように感じられて徐々に吐き気を覚えていった。
"これはな、偽装された殺人ゲームだったんだ。お前らはケセロっていう奴に騙されてたんだよ。"
「そ、そんなバカな…。ゆ、有名な開発者じゃないの…?!」
"ちげ~って。だ・か・ら!殺すなって言っただろっ!巨人族だって知性を持った立派な人間なんだよっ!"
「あ…、ありえない…。」
"お前がやっていたのは大量殺人だ。"
ホヒはそう言われて身体の震えがさらに激しくなっていった。
「さ、さつ、殺人…?僕が…?僕が人間を殺したっていうのか…。」
"いいか?お前が死んだ後、彼らの恨みと怨念、そして、何よりお前自身の良心の呵責で天国には、すぐには戻れない…。しっかりと理解するんだ。"
ホヒは、何もかも信じられなかった。だが、目の前に映っていたのは、死して内臓が飛び出した巨人族や、焼き焦がれている巨人族、老人や、子どもの死体も目に入った。その全てがホヒのやった事だった。彼らだけでは無い、自分が今までトップランカーとして倒してきた巨人達、それら全てが同じような姿になっていたのを思うと全身の血の気が引いた。
「う、うぅ…、ぐぇぇぇ…。」
やがて、ホヒは、吐き気を覚えて窓まで向かうと胃の中身を吐き出した。
「う、うっ…、うげぇ~~…。ゲホッ、ゲホッ…。はぁ、はぁ…。そんな、そんなぁ…。あぁ…。
ゲホッ、ゲホッ…。うそだ、うそだ、うそだ…。
あぁ、あぁ…、あぁぁぁぁぁぁぁ…。
ぼ、僕は何てことをしてきたんだぁぁぁ…。
ごめんなさい…、許してください…。ごめんなさい…。あぁぁ…。ぼ、僕はただゲームをしていただけ…。」
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「…イケガミさん、行きましょう。」
「う、うん…。」
いつまでもホヒの謝る声が聞こえていたが、エメはその音声を切断した。
「こんな反吐の出るゲームがムー国で流行っています…。」
「…ケセロ…。」
ロウアは、その犯人の名前を吐き捨てるように言った。彼は、これもケセロがムー国民に仕掛けた罠なのだと思った。いくらゲーム画面でフィルターされていたとしても殺害を繰り返した事実は変えられない。
現在でもボタン一つで何千人もの人を殺すミサイルを放つことは出来る。ボタンを押した人は、命令に従ったまでだと思うだろうが、殺された人々からの怨念は、ボタンを押した者に降りかかる。まして、こころの奥にある純真な魂は、その罪に耐えきれず、自ら地獄へと向かうことになることなる。これと全く同じだった。
ケセロが作り上げたものは、人々をその落とし穴に落とす最悪のゲームだった。ロウアは怒りを抑えて、一旦、自分の家に向かった。




