小さなプライド
しばらくして、ホヒ達はレベル制限エリアの端までたどり着いた。
"おい、どうした?この先だって。"
守護者は、ホヒが歩行を止めたのでどうしたのかと声をかけて来た。それもそのはずで、ホヒの自室では、その立体映像にレベル制限を示す文字が表示されていたからだった。
┌───────────────────┐
│レベル制限 熟練者エリア │
│(あなたのレベルでは移動できません) │
└───────────────────┘
「だ、だってさ…、画面上には移動できないって文字が出てるよ?このまま移動しようとしても見えない壁みたいので移動できないんだよ…。」
"平気だって。ほら、動かせよ。"
「う、う~ん。」
ホヒが疑いながらも、守護者を目の前のレベル制限エリアに守護者を移動させると、意外にも何の抵抗も無くすっと進むことが出来た。
「あっ!ほんとうだ…。えっ、どうしてなんだろ…。」
彼が驚くようにこのエリアは、高ランクレベルの者しか入れない特別なエリアだった。
「レベル1でここまで来ちゃったよ…。」
今までは平原エリアだったり、川沿いのエリアだったり、洞窟のエリアなどがあったが、ここは木々がおどろおどろしく生い茂っている薄暗い森のエリアだった。ここの巨人族は、より強力になっていて、破壊力のありそうな棍棒を持ち、鎧を着ている者もいるエリアだった。そして、ここは、トップランカー達がそのランキングを競っている場所でもあった。
ホヒもメインキャラクターで上位を狙っていたときは、ここで狩りを繰り返したのだった。つまり、かつて先を争ってこの場所に来ては、熾烈な争いをした場所であり、ホヒにとっては緊張する場所でもあった。
「うへ~、相変わらず気味の悪い森だなぁ…。」
"ん?ここは…。あ~、お前にはこんな風に見えるのか…。ったく、あいつも懲りやがって。"
守護者がどう見えているのかなど、ホヒにはどうでも良かった。だが、ホヒはあいつと呼ばれるクリエーターに会えば、ゲーム開発業界に就職できるかも知れないと期待していた。
"あ~、あの村はどうだ?行ってみようぜ。"
「えっ?!」
"どした?未だなんかあんのか?"
「い、いや、何でも無いよ…。」
"はん?何か変だぞ、お前?"
ホヒは、その村に行くのは気が引けたが意を決して移動した。
┌───────────────────┐
│熟練者憩いの村 トトムラス │
└───────────────────┘
画面上には、村の名前が表示されていた。
"ん?巨人族の居ない村か…。つまり、休憩所みたいなところか。そりゃ、無駄な殺生が無くていいわ。ん?お前な~んか嫌そうな顔してるな~。"
「そ、そうかい…?」
二人がそう話していると、どうやら討伐に向かおうと準備している別の守護者三名がホヒを見つけた。その中のリーダーらしき者は、ホヒの操る守護者の装備が貧弱であることに驚いていた。
<うっほっ!えっ!何、お前っ!なんつ~装備だよっ!あり得ね~っ!>
そう言いながら、彼はエリア内の守護者リストのレベルを確認し、ホヒのレベルに更に驚いた声を上げた。
<な、なにぃぃ~~。レ、レベル1だとぉぉ?!よ、よく、そのレベルでここに入れたなぁっ!>
<えっ!あ~、ほんとだ。チートか?>
<何かのバグを使ったんだろ、運営に訴えようぜ。>
他の二人もホヒの守護者があり得ないレベルで、熟練者のエリアに入っていることについて驚きの声を上げた。
「ち、違う、な、何故か入れちゃったんだよ…。な、何でだろうな~…。」
ホヒは慌てて適当に答えた。
"おい、面倒くさいから先に行こうぜ。ったく、暇人共が…。"
ホヒの守護者は、もういいやと思って移動を彼に促した。
「う、うん…。」
どうやら、ホヒの守護者の声は聞こえていないようだった。
<あ、あれ、お前…、も、もしかして、あのホヒ?!トップランカーのっ?!>
<ほ、ほんとだっ!すげ~っ!ま、まじか~~っ!>
<なっ!なんでこんなとこにっ!うわ~、スクショ取っていいですか?!>
ホヒは、気づかれたくないことを指摘されてしまったと思った。キャラは代えているが、操作しているアカウント名は消すことが出来ず、遂にトップランカーだった事に気づかれてしまった。
「あ、あはは…。」
<この頃、ランキングに居ないって話題になっていたんですよ。こんな事やっていたのですか~。>
<も、もしかして、バグ使ってここまで移動しちゃった、みたいな動画を撮っているんですか?>
<これは俺達も映ってしまうのではっ!良いのでしょうか?>
彼らは、ホヒがトップランカーであると気づくと急に敬語を使い始めた。
「そ、そうそう、試しにレベル1で何処まで行けるかな~って。こ、このレベルで来ることを想定していなかったのかもね…。あはは…。」
<そうなんっすか~。新しい挑戦ってやつですね。>
<すげ~っ!>
<だよなぁ、エリア2でふつー死ぬでしょ。>
「ま、まあね…。」
<ここまで何回死んだんですか~?大変だったんですよね?いや~時間があればやってみたいなぁ…。>
<だよな~、俺も学校が無ければもっと遊べるんだけどな~。>
<いや、ほんとに。新しい装備欲しいけど時間が無いわ~。>
「…は、ははは…。」
何気ない彼らの会話だったが、ホヒに取っては心に突き刺さるものがあった。彼らは意識はしていないだろうが、学校に行ってるないホヒには、劣等感を感じるのに十分な会話だった。
<お、そうだっ!ホヒさんにも手伝ってもらおうぜ?>
<おぉ、そうだなっ!それは良いっ!!>
<そうしてもらおう。どうですか?>
「えっ!手伝うって討伐を?」
<そうですよ、レベル1でもホヒさんなら大丈夫でしょ?>
<お願いしますよっ!一緒に遊べたら学校で自慢できますんでっ!>
<ホヒさん、是非、お願いしますっ!>
彼らから出てくる言葉は、トップランカーと一緒に遊べることが嬉しいという喜びの声だった。それはホヒにとって気持ちの良い言葉であって、それを断る理由が見つからなかった。
「…そ、そうだね。」
"お、おい、お前…。"
<さ、そうと決まれば行きましょうよっ!>
<だな、行きましょうっ!>
<今、討伐クエストを受けてきますからっ!!>
「う、うんっ!分かった~っ!回復薬を準備するね。」
"ば、ばか、止めろってっ!何言っているんだっ!!あ、あ~~っ、くっそ、動かせねぇ…っ!"
ホヒは、自分がどうして彼らと巨人族討伐に向かうことにしたのか、はっきりと説明出来なかった。
学校に行かず暇を持て余す日々への劣等感だったのか、トップランカーを走っていたプライドだったのか、それのどちらかも分からなかった。ただ、自分を欲する人達から自分を讃えてくれる言葉をもらって嬉しいだけだったのかも知れなかった。




