機械の交渉
聖室で見ていたイツキナは、その二人を見て顔が青ざめた。
「えっ?!えぇっ!!!お、お父さん、お母さんっ!?」
ケセロは、彼女の悲痛な叫びを聞き、冷淡に答えた。
"そうだ。我々と近しい場所に居たイツキナという個体よ。お前は、ロウアの魔法を使って我々の邪魔をした。まずはそれを止めるのだ。"
カメラがイツキナの両親にフォーカスすると、二人は明らかに衰弱しているのが分かり、彼女は悲痛の叫び声を上げた。
「や、止めてっ!!
止めてよ…、どうしてよ…。お父さんとお母さんは関係ないでしょ…。」
イツキナの身体が不自由になった時、両親は甲斐甲斐しく彼女の世話をした。彼女にとって、その二人に酷いことをされるのは、自分の身体が引き裂かれるようなものだった。
「…わ、わ、わ、分かった、分かったから、分かりました…。分かりましたから、お父さんとお母さんを離してよぉ…、何もしないでぇぇぇ…。
ねぇ、お願いよぉぉぉ…、うぅぅ…。わぁぁぁぁぁぁ…。」
イツキナは、泣き崩れながらロネントに懇願した。
「イツキナ…。」
アマミルはイツキナになのもしてやれず、声をかけるのがやっとだった。するとイツキナは涙目になってアマミルの足下を捕まえた。
「アマミルからも言ってよ、ね?いつもらしく、きぱっと、ね?
きっと、きっとあなたなら、彼を、せ、説得、説得できると思うのよ…。」
「…わ、私は、男じゃ無いもの…、無理だわ…。」
アマミルは、自分でも何を言ってるのかと思った。
どうにかしてやりたいと思ったが、彼女も心が締め付けられそうだった。そして、ハッと気づいた。
「…な、なあに?もしかして私達のお父さんとお母さんも…。」
すると、更に神殿に機械の声が響き渡った。
"アマミルよ、お前の両親も居る。アルとシアムの両親も居る。"
「…ちょ、ちょっと。…しばらく連絡が取れなくなって…。…あ、あなた達が連れて行ったのね…。」
アマミルは、自分達の両親と連絡が取れなくなった理由が分かり、絶望した。
「やだやだやだ~っ!!う、うそでしょ…?」
「にゃ…」
アルとシアムも恐怖に包まれると、ケセロは話を続けた。
"我々を「あなた達」と呼んだことを褒めてやろう。良いだろう、お前たちの親も見せてやろう。"
セケロがそう言うと、カメラが切り替わり暗闇の牢屋が映し出されてさらにフォーカスするとアマミル達の両親も、やはり衰弱した状態で互いを抱き合いながら居るのが分かった。
その姿を見て、アルとシアムは耐えられるはずも無かった。
「やだ…、やだやだ~っ!!なんでそんなことを…するんだよぉ~~っ!」
「…お父さん、お母さん…、シ、シイリも…。あぁ、何もしないで~~~っ!!」
"期待通りの反応だ。だから、お前たちは単純だ。"
「あなたっ!何て卑怯なのっ!機械のくせに…人の心を巧みに利用してっ!卑劣にも程があるわっ!」
アマミルは涙を流し、怒りを抑えきれずにそう言った。
"卑怯?そうか、これが卑怯なのか。目的のためには効果的だと考えただけだ。お前たちの歴史を見たとおりのことをしたまでだ。これが一番効果的なのだ。"
「あ、あなた…。」
アマミルは怒りと苦しみが交差して気が狂いそうになりそうだった。
"だが、お前たちの次の行動は単純だ。浄化と呼ばれる行動を止めれば良いだけだ。
浄化だけでは無いぞ、女王よ。
その次の行動は、我々の配下になることだ。従順に従え、女王よ。愚かな人間達よ。
ククク…、ふへふへふへ…、カカカ…。"
ケセロはここで初めて顔をにやけさせた。その顔と笑い声は人間とそれとは異なり、不器用でもあり、奇妙でもあり、恐怖を感じさせるものでもあった。
「悪魔の使者よ、何て酷いことをするのですか。」
エネケルは、映像に映った少年に怒りを覚えた。
"我々は、悪魔では無い。そのようなお前たちが想像した恐怖の仮想生物は存在しない。
仮に悪魔が存在するとして我々が悪魔だとするなら、お前たちの作ったものが悪魔になったと言えよう。謂わば、自分達で自分達の首を絞めているにすぎない。愚かな人間よ。さあ、どうするのだ。ケケケ…、ヒャヒャヒャ…"
「わ、私たちは…」
エネケルは言葉を選びかねた。自分達の仲間の両親が彼に捕らわれて、今、命の危機にあった。しかし、自分はこの国の最高責任者でもあった。彼女の言葉がこの後の国民の人生を決めることになる。
イツキナの懇願するような目が痛かった。アマミル達は苦痛の表情でこちらを見ていた。
「…わ、私たちはあなたの配下などにはなりません。卑劣な機械よ。この決定は変わりませんっ!!」
だが、女王として言わねばならないことだった。言った後、エネケルはイツキナ達の顔を見ることが出来ず、目を閉じて下を向くしか無かった。その気持ちとは関係なく、ツナク上ではやり取りを聞いていた聴衆達が女王を応援していた。
"良いぞ、女王っ!"
"格好いいっ!"
"そうだっ!こんなアホな奴の言う事なんて聞くなっ!"
"やっぱ、神官の仕業じゃ無くてテロリストだった。"
"卑怯な奴め!"
"こんな悪魔の言う事なんて聞くな!"
エネケルは、霊感の強さから国民達の気持ちを感じることが出来たが、イツキナ達の気持ちも同様に強く感じていた。近くに居るからこそ、イツキナ達の辛い気持ちは更に彼女の心を突き刺した。
(…ごめんなさい。イツキナお姉ちゃん、アマミルお姉ちゃん、アルお姉ちゃん、シアムお姉ちゃん…。)
今にも逃げ出したい気持ちだったが、そんな彼女の肩を触るものがあった。
「ホスヰちゃん…、いいえ、女王様…。」
「えっ?!」
それは、アマミルの手だった。
息を荒くしたエネケルだったが、その手の温かさと何とか笑顔を作ろうとしているアマミルの顔、そして、その後ろには、イツキナ、アル、シアムの決意を決めた顔があって、自分の愚かさに気づかされた。
「お、お姉ちゃん…。わ、私、私、あ、あの…、わ、私は、じょ、女王…として…、そ、その…」
しかし、自分を信頼してくれた仲間への謝罪をを上手く表現できず、エネケルの言葉は途切れ途切れになった。
「良いのよ、分かっているから…。私たちは大丈夫…、ね?」
「あ…、あ…、あ…、あぁぁぁぁ…、うわ~~~ん…。」
小さな少女に戻った女王は、そのままアマミルに抱きついて思い切り泣くしか無かった。
「うわ~~~ん、ご、ごめんなさい…、ごめんなさい…。私、酷いことを言ってしまった…。」
「良いのよ…、良いのよ…、ホスヰちゃんは女王様だものね…」
アマミルに抱きついた女王は、心が安らいでいった。




