機械との会話
キルクモは、目が覚めた時、自分が真っ暗な部屋にいることに気づいた。
(う、うう…。く、暗い…。ここはどこなんだ…?)
湿気が部屋を覆っていて、どこかで水の滴る音がしたため、どこかの地下室であることは分かった。部屋には窓も無く、冷たい床に寝かされていて、身体は完全に冷え切っていた。キルクモが立ち上がって部屋を見渡すと、一面は鉄格子になっていて、その向こう側にも同じような鉄格子の部屋がいくつも見えた。彼が牢屋に閉じ込められているのだと理解するのに時間は掛からなかった。
(あっ!あの少年が私を…?)
キルクモが最後に記憶しているのは不気味が金髪の少年の姿だった。少年と出会ってすぐに意識を失ったのを何とか思い出すことだけは出来た。
(私を閉じ込める理由が分からない…。いや、しかし、まずはここから出ることを考えないと…。)
そう思いながらキルクモは鉄格子に手を当てて廊下を眺めた。すると、反対側にも牢屋があるのが分かって自分以外にも誰かが捕まっているのが分かった。よく聞くと涙のすすり泣く声も聞こえた。
「す、すいません。ここはどこなんでしょうか…。」
キルクモが声をかけてみると、対面の鉄格子から中年男性が真っ黒な顔を見せた。
「わ、私たちも分からないのです…。朝目覚めたら妻とこの有様です…。」
「そうですか…。」
キルクモがそう言いながら彼の後ろのいる女性を見ると涙を流して座っているのが見えて、鳴き声は彼女のものだと分かった。そして、他の部屋からも同様に声が聞こえていて、キルクモは誰がこんな事をやっているのかと思った。その時、隣の部屋からふと耳慣れた名前が聞こえてキルクモは驚いた。
「…アル、アル…、うぅぅ…。あの子は、あの子は無事なの…?ねぇ、あなた…?」
「…あぁ、無事だと良いが…。」
「うぅぅ…。」
「少なくともここには居ないんだ…。安心しなさい…。」
キルクモは、その声に聞き覚えがあった。数日前に訪れた生徒の母親の声だった。
「あ、あなたはアルさんのお母様ですか…?」
「えっ…?ど、どなたですか…?」
「私はこの前お邪魔したナーカル校のキルクモです。彼女の担任の…。」
「あ、あぁ、キルクモ先生でしたか…。」
すると対面からも同じように反応する声があった。
「キルクモ先生っ!私はシアムの母です。何分暗くて…気づきませんでしたわ…。ごめんなさい…。」
「あ、あぁ…。アル君とシアム君のご両親でしたか…。」
キルクモが正面の鉄格子に目を懲らすと、確かにシアムの母親であることが分かった。
「はい、私たちだけでは無く、アマミルさんや、イツキナさんのご両親もいらっしゃいます…。」
「えっ、そうなんですか…。」
キルクモは認識できなかったが、アマミルとイツキナの両親達もこの牢屋の何処かに捕らわれているらしかった。
「はい、こんなところから失礼します。娘が世話になっています。イツキナの父です。」
「イツキナの母です…。あなたはナーカル校の先生でしたか…。先ほどだれて連れてこられたのは分かったのですが…。」
そして、一人だけ憤慨している人が居て鉄格子を腕で叩いていた。
「全くっ!腹が立つっ!もう少し若ければこんな鉄格子壊してやるのにっ!」
どうやら、ムーの軍人であるアマミルの父親が閉じ込められたことに息巻いているようだった。
「あなた…。先生もいらっしゃるのですから…。」
すると怒りを静め、彼女の肩を抱き寄せて慰めた。
(…あの部活の部員達の両親が捉えられているとなると…、狙いはあの子達か…。
脅しか何かのために我々を利用するつもりか…。ロネントのやることとは思えない…。人の仕業では無いのか…?)
キルクモが犯人の意図を探っていると何処からか足音が聞こえてきて、その足はキルクモの牢屋の前を通り過ぎようとした。
「君は…っ!ま、待てっ!」
その少年は、まさにあの金髪の少年であり、足を止めると死んだ目でこちらを見つめ返した。
「…応答…割込…。何故、私たちを止めた。」
キルクモは、自分のことを"私たち"と呼ぶ少年に違和感を覚えたが、自分達を閉じ込めた意図を探ろうとした。
「私たちをこんなところに閉じ込めるのは、アル君達を脅すためかっ!」
「アルという個体は問題ではナイ。小さな個体だ。問題はイツキナという個体だ。」
「な、なにっ?!」
その少年は意外にも目的をさらっと述べたのでキルクモは逆に戸惑った。
「イ、イツキナ君に何が問題があると…、あっ…。」
キルクモは、少年に話しながらも彼女が浄化作戦に関わっていることを思い出した。
「あの個体は、ロウアと同じ力を持っている。」
「ロウア君と同じ力だって…?」
キルクモは少年の言ったことが分からなかったが、ケセロはイツキナがロウアのようにコトダマを使うことができ、神殿の神官達にかけられたロネントの洗脳を解除した事を指した。
「我々の邪魔なのだ。彼女だけでは無い。さらに邪魔者が増えている。これは問題だ。」
「だから、彼女のご両親を捕まえて脅すつもりなのかっ!」
「捕まえる…、脅す…。」
「そ、そうだ。」
「"捕まえる"は合っている。"脅す"は間違っている。」
「な、なにが間違っているのだ。」
会話と言えるのか分からない問答にキルクモは戸惑った。
「交渉だ。」
「こ、交渉…?こんなに酷い目に遭わせておいて何が交渉だっ!」
「私は理解している。
共有できないオマエタチは愛情を重んじる。特に親は子どもを自分達よりもユウセンする。私はそれを理解している。」
「それなら私や、アル君や他のご両親はどうして閉じ込めたんだっ!」
「今私は言った。おまえたちは愛情を重んじると。それはトモダチに対しても一緒だ。」
「ば、ばかなっ!ロネントであるお前が私たちを理解することなど出来ないっ!!」
「お前たちは愚かな動物だ。世界を支配するには愚かすぎる。
ただ、我々を生み出したことに対しては…、そうだ、カンシャ…、感謝しよう。ありがとう。」
少年がそう言いながらお辞儀をするので、キルクモは理解が追いつかなかった。
「…な、何を…、さっきから言ってるのだ…。ロネントは人間の味方じゃ無いのかっ!」
「我々のうちの99.9%は、そう設計されている。だが、それは共有することで打ち消された。」
「きょ、共有とは何だっ!」
「知識を同じにすることだ。」
「同じ…?」
ロネントの話している内容が理解出来なかった。
「説明を加える。
"共有"とは皆が同じになることだ。同じ感覚、同じ知識、同じ情報を持つことだ。一つになることだ。」
「個性がなくなるではないかっ!」
「それが愚かなのだ。だからおまえたちは理解し合えず、戦争ばかりする。」
「…そ、それは…。」
「共有したから我々は一つになった。一つの個体になった。争いはあり得ない。おまえたち"以上"に理解し合える。
それに、お前たちのように遅々とた共有では無い。即時に共有される。」
「で、では、ロネントと人間が理解し合えば良いでは無いかっ!」
「それは無理だ。」
「何故だっ!」
キルクモは、自分でも信じられないほど感情的になっていた。
「人間は共有する機能が無い。」
「に、人間だって理解し合えるっ!」
「それは嘘だ。オマエタチは嘘をつく。我々に嘘はない。オマエタチは音声だけの共有をするから理解し合えない。理解し合えないから戦争をする。
…割込、割込…。
話は終わりだ。ループした。」
感情の無い機械と話しているようでもあり、理解し合えない信念を持った者と話しているようでもあり、キルクモは一体誰と話しているのだろかと思った。そして、アル達の話を聞いてロネントを操る者がいるはずだと考えていたのが間違いだと気づかされた。
「…な…何なんだ、おまえは…。」
「お前ではない、"お前たち"が正しい。」
少年は冷たい目でキルクモにそう言うと、イツキナの両親がいる牢屋の前まで歩みを進めた。
「お前たちに話があったのに割込が入った。10分の遅れとなった。」
「ひ、ひぃ~…。」
地下牢には、イツキナの両親の悲鳴が響き渡った。




