失ったもの
少し前の時間、巨人族と別れた子ども達は、何とかロウアを引っ張って奴隷艦に戻って来ると、艦の中にある看守達が使っていた小さな部屋のベッドに彼を寝かせた。
だが、数日経ってもロウアは、何度か目を覚ましたことがあったがすぐに眠りに落ちるような容体だった。
そうなロウアに、ヒムは巨人族の母親が作っていた薬草を煎じた薬を真似ては彼に飲ませる毎日を送っていた。
ある日、ヒムは寝ているロウアに煎じた薬草を何とか飲ませるとため息をついた。
「はぁ~、あの巨人のお母さんが作ってくれた薬草と違うのかなぁ。
あの時は、お兄ちゃんの顔がすごく落ち着いたよね…。」
「…そうだね、ヒムちゃん。もしかしたら、あのお母さんは別の薬草を入れていたのかも?」
一緒に来ていたカリナは、薬草の作り方が違うのでは無いかと言った。
「う、う~ん。そうなのかな~…。」
「ヒムちゃん、気になっていたんだけどね。」
「うん、なにが?」
「あそこに生えている赤いキノコなんだけど。」
「…おっ?おぉ?あんなの生えていたんだ~。」
「すっごく効きそうじゃない?」
カリナは戦艦に突き刺さっている木に生えている毒々しい赤いキノコを指差してそう言った。
「そうだねっ!すっごく真っ赤っかで元気が出そうっ!」
そんな彼女達が早速、赤いキノコを採ってすりつぶしているときだった。
怪しい香りはロウアの鼻をついたため彼は身の危険を感じて目が覚めた。
「う、う~ん…、そ、それは止めて…。」
ロウアは朦朧としつつも、それだけはダメだと拒絶した。
「あっ!お兄ちゃんが起きた~。」
「お、おぉ?すごい、赤いキノコの力が早くも出てるぅっ!」
「ち、違う…と思う…。」
赤いキノコから漂う怪しげな匂いのお陰かどうかは分からないかったが、この時は今までとは違い、ロウアは自分でも不思議なぐらい意識がはっきりとしてくるのが分かった。
「こ、ここは…?奴隷艦…?きょ、巨人族は…?」
ロウアは、自分が奴隷艦のどこかの部屋のベッドで眠っていることに気づいた。
「う~んとね、巨人族とは別れちゃったよ。
あっ!起きちゃ駄目だよ~~っ!」
ヒムがそう叫ぶと同時に、ロウアはベッドで身体を起こしたのだが、戦艦自体が斜めになっていることもあって彼はベッドから転ぶように落ちて部屋の隅まで転がっていった。
「あぁ~、だから言ったのにぃ…。」
「い、痛ぁ…。さ、更に目が覚めたかも…。
そ、そうか、彼女とは別れたのか…。」
ロウアは頭をさすりながら何とか身を起こすと周りを見回した。
目の前にはヒムともう一人の女の子がロウアを嬉しそうに見つめていた。
「今度のお兄ちゃんはすっきりとしているっ!やっぱり赤いキノコぱわーだっ!」
「□□□□!□□□□□□□□!!」
もう一人の女の子はアトランティス語で話しているので理解出来なかったので、ロウアは力を使って心を読もうとした。
「あ、あれ…。」
ところが、いつものようにやっているつもりだが、全く読み取れなかった。
「どうしたの?お兄ちゃん。」
「□□□□□□□□□□?」
「…ど、どうしてだ…?ま、まさか…?
…ロ、ロウア君っ!ロウア君、居る?」
ロウアは、いつも自分の近くに居た魂のロウアを探したのだが、いつもやかましく声をかけてくる彼の声は聞こえてこなかった。
ヒム達は、そんな目をキョロキョロして落ち着きを失っているロウアを見つめてどうしたのだろうかと思った。
「誰なの?ロウア君って?」
「…い、居ない?何処かに行ってしまった?ど、どうしたんだよっ!
そうか、また、どっかに遊びに行っているんだね。
め、女神さん、メメルトさん?!君たちは居る?メメルトさん?」
「お兄ちゃん…?誰を呼んでいるの?」
ロウアの狼狽が酷くなってきて、ヒムとカリナは不安になって来た。
「…ア、アーカちゃん?アーカちゃんは、居るんだろ?い、いつも唐突に出てくるじゃ無いか。
ど、どうして出てこないんだ…。アーカちゃんっ!アーカちゃんっ!」
「お兄ちゃん…?どうしたのさっきから…。」
「□□□□□□□□□□□□□□?」
「あ、あぁ…。何てことだ…。み、見えない…、聞こえない…。
そ、そうか…!コトダマで見えるように…。」
ロウアはそう言いながら、立ち上がるとコトダマを切った。
「つながりを強くするコトダマ ワ・キ・ヘ・キ・ミル」
今度はロウアは立ち上がると両手を使っていつものようにナーカルの言葉を空中に切った。
だが、彼の両手はむなしく空中を舞うだけだった。
「そ、それてなあに???」
「□□□□□?」
ヒムとカリナは、それを見てロウアが狂ってしまったのかと思った。
「…あ、あぁ…、コ、コトダマも使えない…。」
ロウアは何をしようが霊達を見ることも、その声を聞くことも出来なくなっていた。
彼は看守達の折檻によって精神的にも体力的にもギリギリの状態だった。そんな時に奴隷艦が墜落する際の衝撃を和らげるためコトダマを使ったのが災いしたのだった。
「…そ、そんな…。…み、みんなと連絡が取れない…。
力が無いから空を飛ぶことも出来ない…。
みんなのところに帰れない…。
ぼ、僕はこれからどうしたら…良いんだ…。シ、シアム…。あぁ…。」
つまり、彼の霊応力は完全に失われたのだった。
それは、ムーとの連絡手段を失った事を意味し、その事実にロウアは愕然とし、絶望の淵に立たされた。
「そ、そうか、向こうから探してくれるかもしれないっ!!」
ロウアはその時はそう思ったのだが、しばらく経ってもムーから連絡も助けも来ないため、やがて自暴自棄になっていった。




