ンミルト
川にむかう道は、男も女も子どもの頃によく通った道だったが夜に訪れたことは無かった。
この道は、昼は静かな道だったが、夜になると恐ろしげな獣たちの声が聞こえ不気味に変わった。
女は、男の腕をがっつりと掴み、怯えながら男の後について歩いた。
「あの子、心配…。」
男はその声に頷くと、黙って周りを警戒しながら森を進んだ。
やがて二人は川沿いの小さな水汲み場にたどり着くと自分達の子どもを捜し回った。
「どこっ?!ンミルト~~~っ!!」
「ンミルト~~っ!」
男の女は子どもの名前を叫んだが、その声は森の中に消えていくだけだった。
二人は、子どもが川沿いには居ないことを知って絶望した。子どもが川に落ちて溺死した可能性もあったし、獣に捕まってしまった可能性もあった。
「う、うぅぅ…。」
女が子どもを心配して涙を流し始めたので男は、彼女の肩を抱いた。
「まだ、探す。森の神に祈ろう。」
女はうんと頷くと涙を拭いた。
二人が持ってきた松明は数本しか無く、男はこれが切れた時点で自分達の命の保証も無いと思った。そして、慎重に別の松明に火をつけると、二人は森の奥へと入っていった。
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二人が獣道をしばらく歩いていると、普段は狩りの休憩所でしか使われない掘っ立て小屋が見えてきた。
掘っ立て小屋は川からは少し離れた場所にあったのだが、子どもと来たこともあったので、もしかしたらと二人は思った。
「あそこに居る?」
女は少し希望が持てたのか、期待を込めて男に聞いた。
「分からない。分からないが調べる。」
男は慎重に答えた。
二人がその小屋に近づいていくと、扉が自然と開いて聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おとうさ~んっ!おかあさ~んっ!お~~いっ!!」
すぐに自分達の子どもだと分かって、二人は互いの顔を見て安堵の表情になった。
「わ~~~いっ!」
子どもは、そう言いながら飛びつくように母親に抱きついたのだが、その瞬間、父親から強烈なゲンコツが頭に飛んできた。
「う、う、うぅぅ…。」
徐々に痛みが頭に響いてきた子どもは、みるみるうちに目に涙が溢れ出てきた。
「うわ~~~んっ!いたいよぉ~~~っ!
ごめんなさ~~いぃぃ…っ!
ぐぇぇぇぇ~~~ん。」
その痛みも強烈だったが、子どもは親を不安にさせてしまったことを酷く後悔した。
父親は殴った後は、特に何も言わず再び周りを警戒し、母親は子どもを慰めてあげた。
しばらくして、二人は子どもを連れて村に戻ろうとしたのだが、子どもは何故か二人を掘っ立て小屋に引っ張ろうとした。
「どうした?帰らない?」
母親が理由を聞くと、子どもは涙が流れたままで、その理由を話した。
「グスッ、グスッ…。
だってぇぇ、びょうきの人がいるぅぅ…。
かえったら、しんじゃうぅぅ~~。」
二人は、村に病気の者が居たとは思えず、しかも村の者がここに居るとは思えず、全く理解出来なかった。
だが、あまりにも子どもが強く引っ張るので、二人は仕方なく掘っ立て小屋に向かった。
何があるのだろうかと思って小屋に入った二人は、中に居るものが自分達よりも小さな人間だったため、ギョッとして顔を見合わせた。
「ねぇっ!わたし、おかあさんの言ったこと、守った。この人を助けた~っ!
えらいっ?!えらいっ?!」
子どもは無邪気に褒めて欲しそうに母親の顔を見つめながらそう言った。
母親は子どもの頭を撫でたのだが、男と同じように困った事になったと思った。
無論、彼らは小人族を見たことなど無く、実際に居るとも思っていなかった。村の長からは、小人の村がどこかに存在するということと、そこから四本腕の化け物がやって来ることがあるという話だけだった。しかものその四本腕の化け物は、自分達を殺す悪魔の使いであると説明されていた。
その恐ろしい小人が目の前に居るので、二人は、四本腕の化け物がすぐにでもやってくるのでは無いかと恐れおののいた。男は、いっそう右手の槍で殺してしまおうかとも思ったが、彼らの血の臭いで四本腕の化け物が現れるのではないかと思うとその手が止まった。
ただ、目の前の小人達は、どう見ても子どもでしか無く、しかも、腕無かったり、足が無かったりと不自由をしているように見えた。だから、こんなにも弱々しい者がどうして四本腕の化け物と関わっているのか男は全く理解出来ないでいた。しかも小人たちは自分達を見て、怯え、震えている。何か叫んでいるだけだった。
そんな小人たちを男が見つめていると、女はいつの間にかそっとしゃがみ込み、小人たちに手を差し出していた。
「お、おいっ!」
男は女を静止しようとしたのだが、すでに女の指を小人の女の子がぐっと掴んでいて、そのまま女に抱きつき、自然、女も小人を抱きしめていた。
これを見た他の小人たちも次々と女に抱きついて、涙を流している小人もいた。しかも、自分の足にも抱きつく子まで現れて男は、どうしたら良いのか分からなくなった。
「…この子達…、親居ない…。可哀想…。」
やがて子どもの感情を理解した女は、涙を貯えながらそう言った。
「…どうしてここに…。」
男はそれを理解したのだが、小人たちがどうやってこの場所にたどり着いたのだろうかと思った。
「あっ…。」
だが、その時、男が昼過ぎに狩りに出ている時、聞いたことも無いような大きな音がなったのを思い出した。
その時は、狩りに出ていた時間だったのだが、仲間達とそれを聞いて恐ろしくなったので急いで村に戻ったのだった。村に戻り、自分の家で女が安全がどうか確認した時、子どもが戻らないと聞いて、急いで捜索に出て、それどころでは無くなったのだった。
「あの音と関係?」
しかし、結局のところ、あの音とこの小人たちとの関係は全く分からなかった。
男が疑問に思っていると、やがて小人の一人が奥で苦しそうにしている少し大きな小人を指差した。
女は指差した先に居る子を見るために立ち上がると汗を流して苦しそうにしていた。
「この子、可哀想…。」
「…助けるな。帰るぞ。」
女が同情したのを見た男だったが、これ以上関わるのは危険と感じ、すぐにでも村に帰ろうと言った。
ところが女と子どもは、彼の目をじっと見つめて、病気の小人を助けたいと訴えたため諦めざるを得なかった。
「…知らないぞ。」
やがて男もその小人を見つめると、
「…そいつ、やまいか?」
と男が女に聞いた。
「多分、寒さ病。」
女は冬に時期になる風邪だろうと判断してそう答えた。
「薬作る。ついてきて。」
そして、男を連れて、女は小屋の周辺にある薬草を集め、病に冒された小人に大きな葉っぱの上で煎じた薬を飲ませた。
すると、病の小人の顔が少し安らいだので女と子ども、そして、小人たちも笑顔を取り戻した。
「おかあさん、お腹空いた。」
子どもが空腹を訴えたので、男は外に出ると槍を使って小さな草食動物を数匹捕ってきた。
女は、それを掘っ立て小屋に隣接する調理場で調理して、子ども達に振る舞った。
二人は、村の者達に連絡をしなければと思ったが、すでに松明は切れていたため掘っ立て小屋で一晩を過ごすことにした。




