小さな独房
ロウアがアトランティス国に捕まってからしばらく後のことだった。
彼は、アトランティス国の軍艦に捕まって、牢屋にとらわれの身となっていた。
この軍艦は、名ばかりで実際のところは、罪人や国に逆らった者、それと身体の不自由な者を閉じ込めておく戦艦型の監獄だった。
薄暗い一畳程度の牢屋は、光がわずかに差す窓があるだけで、小さなトイレと硬いベッドが置いてあるだけだった。
暖房は、稼働しているようだったが、この国の寒さを防ぐには十分ではなかった。
ロウアは、寒さを防ぐにはあまりも薄い服と掛け布団に包まってベッドの上で震えていた。
魂のロウアは、元は自分のものだった身体を見つめ、不安そうな顔をした。
(おい…、イケガミ、大丈夫かよ…。)
(ん…、も、問題…ないよ…。)
未来から来て自分の身体に宿ったイケガミという者、今はロウアとなった者は、心の声でそう返事した。
(問題ないって、お前…。)
だが、魂のロウアは、彼の身体中の傷を見て、とてもじゃないが"問題ない"とは思えなかった。
その身体は、看守に殴られ、アザだらけであり、膿になっているところもあった。
幸い寒さによってハエのような虫はいなかったため、ウジがわくことは無かった。
しばらくすると、この監獄の看守の一人が牢の前に現れた。
「< おい、37429番、時間だ。出ろ。>」
アトランティスの言葉で、看守は、ロウアに牢屋から出ろと指示をした。
看守を含め、アトランティス国では、ラテン語の原型となった言葉を使っていた。
ロウアはムーで使われているナーカル語しか分からないため、看守の言葉は理解できない。
仕方なく、彼はマインドリーディングを使って、看守の心を読み取って理解していた。
ロウアは、ほとんど毎日のように事情聴衆と称して、取調室に呼ばれていた。
彼があの解剖部屋に居た理由を聞くためだった。
だが、その方法は、ロウアの身体を見れば分かるように暴力による詰問だった。
看守は、ロウアを引っ張るように連れてくると両手を壁に縛り付けられ、彼は壁から吊り下げられた格好になった。
ぐったりとしたロウアを看守は睨め付けた。
「(お前はどうしてあの場所にいた?)」
看守は、翻訳者を通して彼に質問した。
「(おいっ!聞いているだぞっ!答えろっ!!!)」
「……。」
ロウアが何も話さないでいると、看守は腹を立て始めた。
「(こいつ、今日も何も話さないでいるつもりかぁぁっ!)」
そして、棍棒のようなもので容赦なくロウアの左胸に振り下ろした。
「!!
グゴッ…。
ゴ、ゴ…、ゴホッ、ゴホッ…。」
ロウアの肺は、打撃されて強烈な衝撃で痙攣したようになり、痛みと共にむせたようになった。
この衝撃であばら骨も何本か折れた。
ロウアは、痛みや寒さや空腹で頭が朦朧としていたが、その痛みで意識がはっきりとし始め、看守をじっと睨んだ。
看守はその目に一瞬怯んだ。
「(…だ、大体…、大体、お前は何者なのだっ!
ムー国から来た学生だと思ったら、あの国ではすでに死んでいると登録されていたぞっ!)」
すでに看守達はムー国に問い合わせをしていたが、ロウアという国民は、すでに死んでいるという連絡があった。
「(さあっ!吐けっ!!
お前は、この国に来たムーのスパイなのだろうっ!
公園で我が国民からの情報を盗もうとしていただろうっ!)」
看守は、ロウアを完全に黒と決めつけていた。
ロウアを含めた学生数名で、アトランティス国に学習旅行で入国するという登録は、入国管理局の記録にあった。
だが、すでに死んでいる者であるにもかかわらず、入国審査が通っている。
ということは、国として何らかの工作があったのだと、その目的はスパイなのだと疑われていた。
「(貴様だけ残って他のスパイどもは国に帰しやがってっ!全くふざけた奴だ。)」
すでにロウアと一緒に入国したアマミル達もスパイの一味だと疑われていた。
実際、ロウアの行動はスパイと思われても仕方の無い行動だった。
「(さぁっ!!吐けっ!お前は何のためにここに来たのだっ!)」
看守は更に棍棒でロウアを殴りつけたのだが、ロウアは痛みすら感じられなくなり始め、朦朧となってきた。
「一旦外へ出ましょう…。」
通訳役の看守は、そう言って一旦休もうと提案した。
「チッ!」
一向に話をしないロウアに腹を立てた看守は、通訳役の看守と共に、一旦部屋を出た。
拷問部屋の横に位置する部屋で椅子に座ると、拷問役の看守は水を飲み、苛立ちを隠せず、そのコップを投げ捨てた。
そんな看守に危険を感じたのか、
「あいつを殺してしまうと、情報が取れなくなります…。これ以上は…。
それに本当に学生だった場合、国際問題になります…。」
と通訳看守は言った。
「分かっているが、あいつを吐かせればあの国への侵攻の口実になると上からの命令があるんだ。
何としても吐かせなければっ!!」
上からのプレッシャーによって、拷問役の看守は焦りを感じていた。
すでに監禁してから数日が経過していたが、ロウアの口からは、学習旅行に来ただけ、としか出てこなかったからだった。
「もしかして、本当に学生なのでは…?」
「バカなっ!死亡登録があるのだぞっ!怪しいにも程があるっ!
しかも、ムーの技術で透明化していたとあの医者は言っていたのだぞ?
あいつが手を動かすと透明になる録画記録もあるんだぞ?」
ロウアは隠れて移動していたが、監視カメラは彼をしっかりと掴んでいた。コトダマを使って透明化した瞬間まで録画されてしまっていたのだった。
「まぁ、確かに…。」
「しかもあの目つきっ!気に入らん。大体、あれだけ痛めつけて命乞いすらしないで俺を睨め付けやがってっ!
何か腹があるからに違いないっ!」
拷問担当は、そう言うと机の引き出しから注射を取り出して、ロウアのいる部屋に戻り、そのままロウアのところまで戻ると、彼の両腕に注射を打った。
「あがぁぁっ!!」
するとロウアの両腕には激痛が走り出した。
堪えきれないぐらいの痛みで、口から泡を吐くとロウアは気を失った。
「何か隠し持っているはずだ。これで両手は使えまい。」
看守達はロウアが何らかのムーの道具を隠し持っていると踏んでいた。だが、彼の両腕からは何も見つからなかった。
だが、アトランティス国の技術では分からない何かを持っていると思い込んだ看守達は、定期に腕を痺れさせる注射を打ってロウアの腕の動きを奪っていた。
「明日もやるぞ、こいつを戻しておけ。」
拷問役はロウアに唾を吐き付けると、通訳役の看守にそう命令した。
「はい。」
通訳役は、そう言うと奴隷部屋の奴隷達に命令した。
「おい、お前たち、こいつを独房に戻しておけ。急げよ、次があるんだ。」
この奴隷達は、ロウアが以前、出会った身体が不自由な子ども達だった。
その一人のヒムと数名がロウアのところに行くと、子どもの力ながら何とか彼を独房まで連れ帰った。
「お兄ちゃん…、頑張って…。」
ヒムはそう言うと、ロウアの手をぎゅっと握って、彼の上に薄い掛け布団を掛けるのだった。
(やべぇ、マジでやべぇ…。これじゃ、こいつの得意技も使えない…。)
魂のロウアは、ベッドで気を失っているロウアを見てどうにも出来ないの自分を悔しがった。




