記憶改ざんの原理
泣き崩れたエメは落ち着きを取り戻すと、自分"達"の行ってきた事を赤裸々に話し始めた。
エメは聞かれた事に対しては淡々と答えた。
それは、天使達が自分を囲み、嘘を言っていないかチェックされるからという理由では無かった。
心底、反省した者は、自分を守る事など考えない。
エメはすでにそんな心境になっていた。
加えて、エメから赤裸々に発せられた言葉は、神官達や部員達、それとこの場に居る天使長と呼ばれる者達を驚かせるのに十分だった。
「えっ!じゃ、じゃぁ、あの霧は目に見えないような小さなロネントを広げるためのものだったのっ?!」
イツキナが驚きつつ、エメの話を繰り返してそう言った。
「あぁ…、そうだ…。」
「な、なぁに?そして、その小さなロネント達がみんなの記憶を変えてしまったと…?ほ、本当にそんな事出来る…」
「そこのアホ顔の女も一時的に記憶を無くしていただろ?」
エメは信じられないと言った顔をしていたアマミルの話を遮るようにして、その"実績"を話した。
「あ、あぁ…。」
アマミルもそうだが、部員達はすぐにその実績を理解した。
「そうか、アホな顔をしている女がいるよねぇ~…、って、私の事かぁ~~~いっ!!
私の名前は、アルだってば~っ!エメちゃん、いい加減に覚えろよ~~っ!」
アルは自分の事を言われてボケツッコミのような回答をしながら、エメを指差して憤慨した。
「ククッ、ア・ル・ちゃ・んっ!お前はからかうと面白いな…。」
「…ぬ、ぬぬぬ…、エメめぇぇ~~っ!!」
アルはからかわれたと分かって更に腹を立てた。
「…ともかく、あいつはお前で記憶操作の実験をしたんだ。」
「アルちゃんで…。どうして?
どうして、アルちゃんだったの?」
シアムは、アルに代わるように聞いた。
「どうもあいつは、人間観察が好きな奴で、特に落ち込んだり、苦しむ奴に興味があるらしい。
お前らのグループは、ずっと目を付けられていたんだ。
誰かが心に隙が出来るのを狙っていたんだろう。」
「…それでアルちゃんが苦しい時に…。」
「許せないわね…。」
アマミルとイツキナも怒りがこみ上げてきた。
「奴は、実験体としてアルを利用した。
その結果、記憶を失わせる事に成功した。
何故か元に戻っちまったがな。」
「…だけど、どうやってアルちゃんが落ち込んだ事を知ったのよ…。」
イツキナは、不思議に思って聞いた。
「お前らは油断しすぎている。俺達の目は何処にでもあるってことだ。
ロネントはもちろんだが、監視カメラ、テレビ、街中の動き回る車、そして、お前ら全員が装着しているツナクトノ…。
あらゆる電子装置は、情報を取りこんでいる。
俺達はそれらを"共有"しているんだ。なんでも筒抜けだと思った方がいい。」
メメルトは、淡々と話すエメの話に"共有"という言葉が出てきてドキッとした。
自分が生きていたときにその言葉を発した者が居たのを思い出したからだった。
「これらの情報は何も考えずに集めているんだろうが、人間が善人である事を前提にしているだろ?
もし、お前らの中に悪人が現れれば、盗聴されまくりって事だ。」
「で、でも情報は圧縮して、そして、暗号化されて保存されているはずでっすっ!
取り出せたとしても簡単には解読できませんっ!」
ホスヰは、らしからぬ知識で情報を抜き取ったとしてもすぐには内容が分からないと指摘した。
「それも油断の一つだってことだ。俺達の演算装置を総動員すればあっという間に解除できてしまうんだ。
この国に何体のロネントが居ると思っているんだ?」
「あう…。」
エメの回答にホスヰは言葉を失った。
「話を戻すぜ?
つまり、霧の中に目に見えないような小さなロネントを混ぜて、人間に取り憑かせて記憶を改ざんしたってことだ。」
「小さいってどれぐらいよ?」
アマミルが聞いた。
「人間の顔には目に見えないような虫が居るが、それぐらい小さなロネントだ。
そいつらをお前らの耳の中に住まわせて、脳に影響をおよばせるような音波を発生するんだ。」
「な、なんだと~~っ!
やだやだやだ~っ!
シアムゥ~~、ちょっと見てよぉぉ…。」
エメの話を聞いて、アルは顔が青ざめた。
「わ、分かった、にゃっ!」
そして、慌てるようにその耳をシアムの前に差し出して調べさせようとした。
「分かってると思うが、記憶は脳には無くって魂が記憶している。
人間の脳は、魂の記憶を仲介しているだけだ。
魂に刻まれた記憶は改ざんできないが、中間装置の脳は改ざんが出来る。
つまり、魂から掘り起こされる記憶を、中間装置で消してしまえたり、変えてしまえるってことだ。
記憶していた事でも、"うまく"思い出せなくなるんだ。」
エメは、慌てふためいているアルとシアムを見て、
「安心しろ、そいつにはもう居ないぜ?
それに、居たとしても小さすぎて目では見つからない。」
と言った。
「ほっ!」
「良かったね。」
「まぁ、これが記憶改ざんの原理だ。
魂を信じていないあいつはその原理が分かっていないみたいだけどな。」
「お、恐ろしい事を…。そ、それでは、神官達には何をしたのですか…?」
サクルは音信不通となった神官達の安否を不安に思って聞いたのだが、その答えを聞くのは恐ろしく思えた。
「彼奴らには子どもになってもらった…。」
「こ、子どもですってっ?!
つ、つまり、大人の記憶を…消して…しまったと…。
…何て酷い事を…。」
エメの答えにサクルは顔から血の気が引くのを感じた。
「そういう事だ…。それと、こっちの思い通りにも動いてもらっている。
女王を呼び寄せる懇願書が飛んで来ているだろ?
アレは俺達が女王を呼び寄せるための仕掛けだ。」
「…な、何という事を…。」
「俺は、いくら待っても女王が降りて来ないから、こっちから来てやったってわけだ。」
「…あ、あなたっ!!!
ひ、人を何だと思っているのですっ!!
そ、それに、ラ・ムー様のおつくりになれた神官組織になんという事をしたのですっ!!
神々を冒涜した罪を償いなさいっ!!」
さすがに温厚なサクルもこれらの話を聞いて落ち着いては居られなかった。
「あぁ、そのつもりだ…。
だが、実際にはあいつがやった事で、俺は見ていただけだ…。」
「そ、それだって、知っていて止めなかったという事ではありませんかっ!!」
「……。」
サクルの鋭い指摘にエメは何も言えなくなった。
「ア、アルちゃん、シアムちゃん…。大丈夫…?」
アマミルは、二人を気遣うように聞いた。
案の定二人は不安そうな顔をしていた。
「どうされたのですか?」
サクルも何があったのかと聞いた。
「二人のお父さんは、神官なのです…。」
「えっ!あぁ…、なんて事でしょう…。
二人に謝りなさい、エメとやらっ!そして、早く神官達を解放するのですっ!!!」
サクルは、エメを叱るようにそう言った。
だが、エメはそれを聞いて、じっと一点を見つめると
「…責任は取る…。」
とだけ言った。




