無力さ
その日、セソは、夕方の定時報告が地上の神殿から届かなかったので不審に思った。
「あれ?定時報告が上がってないわ。変ですね…。地上の神殿で何かあったのかしら?」
そんな事を言いつつ、冗談半分のつもりでムー大陸を一望できる窓から地上を覗いたのだが、その光景に驚愕した。
空中神殿が雲に紛れてしまい、地上が見えにくくなる事はあったが、その日は、地上が大きな霧に包まれていて大陸のほとんどの場所が見えなくなっていたからだった。
高さが1,000mほどの地上の神殿は、頂上の部分を残して、そのほとんどが霧に隠れてしまっていた。
「ラ・モヱっ!!ちょ、ちょっとこっちに来て下さいっ!!ち、地上が…、地上が見えないのですっ!」
急いで同僚のモヱを呼んだのだが、彼女はセソが何を慌てているのか分からなかった。
だが、顔を真っ青にしている同僚を見て、ただならぬ事が起こったのは分かった。
「えっ?地上が見えないのですか?ここが雲に包まれているからではなくて?」
「ち、違うのですっ!見て下さいっ!!」
言われるがままモヱが窓から地上を見ると、セソと同じように驚き、腰を抜かして尻餅をついてしまった。
「そ、そんな…。地上が真っ白になってしまっている…。た、大変っ!
ラ・サクルにご報告しなくてはっ!」
セソも、モヱも、何が起こっているのか全く理解出来ず、上司のサクルに急いで報告した。
その霧自体は、半日もすれば消えてしまったのだが、風通しが良く起伏の少ないムー大陸でこれだけの霧が籠もってしまう事は理解しがたかった。
それから数日間は、地上の神殿との連絡が途絶えてしまった。
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朝の会議は重い雰囲気のまま続いていた。
「私たちはこれからどうしたら良いのでしょうか…。
一旦、地上に降りた方が良いのでは無いでしょうか?
政治部から、この聖域を地上に降ろして欲しいという懇願書も多数寄せられていますし…。」
しばらく地上との連絡が途絶えたのだが、地上神殿の政治部から懇願書が上がって来ていた。
事務を中心に担っているセソは、それをサクルに伝えた。
「昨日も言ったとおり、この聖域を地上に降ろしてはなりません。
そのような事はあってはならないし、この聖域まで巻き込まれてしまいます。」
サクルは立ち上がると、二人に毅然とそう言った。
「直接、政治部の人と話はしたのですか?」
さらに、確認するように聞くと、
「い、いえ…、こちらから連絡を取ってもつながらないです…。」
セソは地上との連絡は、一方通行である事を伝えた。
懇願書は、政治部の他にも様々な部署から送付されて来ていた。
更に、国民からも異常な数量の懇願書が送付されていて、王室部はパンク状態になっていた。
「…やはり、異常だと言わざるを得ません…。」
サクルはため息しながらそう言った。
「霊界もざわついていて、地上の人と話が出来なくなっていると言っています。」
モヱは、自身で話が出来る霊人の言葉をサクルに伝えた。
更に、
「しかし、この懇願書の量を見る限り、地上では混乱状態になっているのでは…。
地上神殿と連絡が取れないのも、そのためかもしれません…。
だから一方通行な連絡手段になってしまっているのかも…。」
と地上神殿が混乱に陥っているのでは無いかと不安げに言った。
「…霊人達の話は私も聞いています。
女王を守る霊人達も危険を伝えてきています。
ですが、この懇願書は敵の罠です。
簡単に悪に騙されてはなりません。」
サクルもモヱのそれ以上に霊力も高く、霊人達の声はすでに聞いていた。
「で、ですが、政治部からの懇願は信頼に足るのでは…?」
セソは付け加えるように言うと、サクルは立ち上がった。
「二人とも…。
気持ちは分かりますが、女王から伝えられたラ・ムー様からの啓示を信じなさい。
数々の神官達から選ばれたあなた達でさえ不安を覚えるのですから仕方が無いかもしれませんが、今こそ心をラ・ムー様と女王様に心を向けるべきです。意志を強くしなさい。」
サクルも二人の不安な気持ちを理解しつつ、女王への敬服を二人に求めた。
「は、はい…。申し訳ございません…。」
「はい…。」
二人は、それ以上は何も言えなくなってしまった。
「ラ・セソ…、気持ちを強く持ちましょう…。」
モヱはサクルの言葉を受け、自分と同じように不安そうにしているセソを気遣うようにそう言った。
「そ、そうね…。私は霊人の声は聞こえないから…。余計に不安になってしまうのかも…。」
「いくら聞こえると言っても私だって不安です…。これから何が起こるのか、霊人でも分からないと言いますから…。」
「そうなのね…。分かったわ…。
地上にいる私たちがしっかりしないとね…。」
「そうですね…。」
二人はしっかりと気を持たないと思って、改めに女王からの啓示を思い出した。
高位の霊、つまり、ラ・ムーと話の出来る女王は、啓示をすでに受けていて、この事件を"敵"の仕業であると見抜いていた。
女王が受けた啓示は以下の通りだった。
「地上の悪魔に惑わされるな。
この霧は悪魔の吐いた息である。
この霧によって人々は、悪魔に操られてしまっている。」
「…そうです。二人とも気をしっかりと持ちなさい。
さあ、ラ・ムー様にお祈りを捧げましょう。」
三人は、ラ・ムー様の肖像画に合掌して、これからの事を強く祈った。
「ラ・セソ、食事の備蓄は、あとどれぐらいですか?」
祈りの後、サクルは現実的な問題としてどれぐらい"籠城"できるのだろうかと思って聞いた。
「…あと一ヶ月ぐらいです。」
「そうですか…。」
女王からの啓示があったとはいっても、聖域で生活するためには食事の備蓄も必要だった。
サクルは、食事が尽きたときが最後だと覚悟を決めていた。
(それまでにどうにかしなければ…。
この場所を守らなければ…。
ラ・ムー様の啓示を受けられる女王様とこの場所を…。
ここが無くなれば、ムー国は…。)
サクルは、ムー国と女王を守る身として、自分達の力の無さを歯がゆく思うのだった。




