五日目:アルの部屋で
アルの部屋に集まった部員は、何も言うでも無く座るでも無く、立ち尽くしたまま、みんな黙っていた。
「わ、私のお母さんどうしちゃったんだろうね…?…ははは…。」
しばらくしてアルはそうぽつりと言ったが、アマミルはじっと腕を組んだまま何か考え事をしていて、他の部員は、どう答えて良い分からず、沈黙が続いた。
すると、シアムは身体を震わせながら
「み、みんな…、私怖い…にゃ…。」
と言った。
「カミが捕まってしまって、そしたら、カミの家から誰も居なくなってしまって…。
カ…カミは…、あの海の事故で死んでしまったって事に…。
アルちゃんのおばさんは、それが当たり前のように…。
もしかしたら、私のお母さんも…?」
「…う、う~ん…。」
アルもそうかもしれないと思って、何も答えられなかった。
「アルちゃん…、ねぇ?…何が起こっているの?一体、何が起こってるのっ!!」
シアムはアルに迫りながら、そう言った。
「シ、シアムゥ…、私も分からないよぉ~…。」
アルは当然の答えを返したが、
「わ、私たちだけ別の世界に来たみたい…にゃ…。
私、怖くておかしくなりそう…。
み、みんな…、カミは居たよね…?カミは…カミは居たのよね?
イケガミって人が魂だけが未来からやって来て、ロウア君の身体に宿って…。」
絶望に包まれたシアムは、そう言うと頭を抱えてうずくまってしまった。
「彼は…本当にいたの…?あれは本当のことだったの?
一緒に学校に通っていたのは、誰だったの…?
私をロネントから救ってくれたのは誰だったの…?
私たちと一緒にコンサートをしたのは誰だったの…?
横で…いつもいつも優しく…、見守ってくれた人は…誰だったの…?
私は…、私は一体、誰を好きになっていたの…?」
「シ、シアムゥ…。お、落ち込まないでよぉ…。」
アルは、親友にどんな声をかけて良いか分からなくなってしまった。
すると、アマミルは、
「シアムちゃんっ!しっかりしなさいっ!」
動揺しているアルにピシッと言った。
そして、シアムの前にしゃがみ込むと、彼女の頬を両手でしっかりと押さえて、じっと目を見つめた。
「……。」
涙を流すシアムは、その目を見つめることが出来ず、目を逸らした。
「少なくとも私たち四人は彼の存在を知ってるっ!!そうでしょっ?」
アマミルにそう言われて、シアムはもう一度、目の前の力強い瞳を見つめた。
「…うっ、うっ…。アマミル先輩…。うぅぅ…、あぁ…、カミィィィ…。」
シアムは、愛した人を失ったしまった事を涙した。
やがて、アマミルはすくっと立ち上がると、
「みんな…、カミ君は存在した。
カミ君は、死んだわけでは無い。
そうでしょ?」
そのたくましい声に皆、力強く頷いた。
「それに、他の人は覚えているかもしれないわ。」
「そ、そだよね。まだ、アルちゃんのおばさんだけにしか聞いていないしね。」
イツキナが補足するように言った。
「シアムちゃん、このあとお家でも確認してちょうだい。」
「…は、はい…。グスッ…。」
「それと、学校はまだお休みだけど、明日、マフメノ君達を部室に呼びましょう。彼らにも確認するの。」
「だね。あと、保安部(警察)にも連絡しないとっ!」
「そうね。それは食事を頂いた後、私とイツキナで行きましょう。」
「確か、派出所が寮に帰る途中にあったよねっ!」
シアムは、これらを聞いて落ち着いてきた。
「ごめんなさい…。み、皆さん、力強い…。
私ったら、動揺してしまって…。しっかりしなきゃいけないのに…。」
「そうだよっ!そうだよっ!しっかり者ってのがシアムだよ~~っ!」
「ありがとう、アルちゃんっ!…グスッ。」
「彼氏が待ってるぞぉ~~っ!」
「(ボッ)も、もう…。」
シアムは顔を赤くして照れた。
やがて、みな床などに座って少し落ち着いた頃、イツキナは立ち上がるとニコッとして話し始めた。
「ふふっ!我々のところに力強い味方が現れたぞ~~っ!」
だが、みんなは意味が分からず首をかしげた。
「み、味方ですか、にゃ?ロウア君のことですか?」
「彼もだけど…、え、え~っと…。」
<<ワ・キ・ヘ・キ・ミル~ッ!>>
「…だっけかな…。」
イツキナがコトダマを使ったのでみんな驚いてしまった。
すると、一瞬、目の前が眩しくなったため、みんな目をつむってしまった。
しばらくして目が慣れると絵画でも見ることの出来るような天使のような姿をした大きな翼を持った髪の短い女神と、小さな羽の生えた女神が現れた。
<…イツキナすご~いっ!>
<…コトダマが少しぐらいなら使えるようだね…。>
「師匠とメメルトだよ~。みんなに話があるって~。」
イツキナは二人を部員達に紹介した。
<こんばんは。初めましてかな?>
<こんばんは。アマミル久しぶりねっ!>
その透き通るような声と美しい姿に、イツキナ以外の部員達はビックリしていた。
「おぉ~、おぉお~~、は、はじめまして~~。
髪の短い女神様って聞いていたから、師匠さんってすぐに分かりました~。
メメルトさんも初めまして~~っ!アルと申します~~。」
「は、初めまして…。すごく綺麗です…、にゃ…。
あっ!シアムです…。」
<あははっ!お前達の事は知ってるって。弟子を通してね。>
<私ももちろんですよ。事情はアマミルから聞いてますよ~。>
「…お二人ともお手紙ありがとうございました。」
アルは、以前記憶を無くす病気にかかった時の事を言った。
二人ともロウアを通して、アルのノートに色々とアドバイスや応援の言葉を残したことがあった。
<手紙…?あぁ、あんたが記憶を無くしたときか。>
「そうですっ!とても嬉しかったですっ!師匠さんっ!」
<元に戻って良かったね~。>
「はいっ!!みんなのお陰ですっ!
メメルトさんも、お手紙ありがとうございました~~っ!」
<ふふっ!>
メメルトは、アルからの感謝の気持ちが嬉しくて微笑んだ。
「メメルト、あんた羽が生えたのね。それって出世なのかしら。
ちょっと輝いているし…。」
<やだっ!アマミルッ!師匠の元でまだ修行中よ。羽なんて…、えっ!は、生えてる~~っ!
ちっちゃいけど生えてるよ~、師匠っ!!>
アマミルからの指摘で自分の背中に手を回して驚いているメメルトだった。
「…あ、あなた気づいていなかったの…。ま、まぁ、良いわ…。」
<あはは~っ!自分でもビックリッ!>
すると、髪の短い女神は、メメルトの頭をコツンと叩いた。
<い、痛いっ!>
<お前…、浮かれている場合じゃ無いだろ…。>
<ご、ごめんなさい…。みんなと話せて嬉しくて…。>
<それは分かったけどさ…。
え~、コホンッ!
んで、イケガミ様のことなんだけど…。>
ほっとした雰囲気だったが、髪の短い女神は真剣な顔になると、みんなが聞きたいことを話し始めた。
<ロウアから聞いているかもしれないけど、彼は今アトランティスで捕まっている…。>
事実を突きつけられた部員達は、真剣な面持ちに戻った。
<言付けだよ…。
「僕のことを探しにこの国に来ないで欲しい。この国は、自分に関連する人も容赦しない。
今、入国するとみんなも危ない。」>
「あぁ、カミ…。そんな…。」
シアムはその言葉を聞いてまた泣き出しそうになった。
「カミ君は来るなって言うけど…。はぁ~…。
だけど、師匠、助けに行けないとなると…、カミ君はこの後どうなるの…?」
すると、髪の短い女神は、また別の事実を伝えた。
<今、イケガミ様は力を失っている…。>
「えぇ~~、やだやだやだ~っ!」
「ど、どうして、にゃ…。」
「それなら師匠…、もしかして…。」
<そうだ、私たちも見えない…。声も聞こえない…。お前たちの声も届けてやれないんだ…。>
「うぅぅ…、カミ…。そんな、そんな…。」
それを聞くとシアムは顔を手で覆って泣き出した。
「シ、シアムゥ…。」
アルはシアムのそばによって肩を抱いて上げた。
「…そ、それと、師匠…。
さっきも話しましたけど、カミの家に誰も居なくて、アルちゃんのお母さんは引っ越したって言うんです。
何かご存じですか…?」
イツキナは霊的な会話で事情を説明していた。
<これについては、私たちも分からない。
私たちは地上にずっと居るわけじゃないから…。すまないね…。
恐らくあんた達がムーを出た後に何か起こったんだと思うんだが…。>
「…そうですか…。」
<少し調べるから…、何か分かったら連絡するよ。>
「師匠、ありがとうございます。」
師匠と呼ばれる女神はそう言うと、シアムに近づいて耳元でそっと別の伝言を伝えた。
シアムはそれを聞くと、
「!!!」
驚きの顔になって、さらに悲しみが深くなった。
「あぁ、あぁ…。カミィィ…。
め、女神様…。
私も、私もあなたを思っていると伝えてください…。うぅぅ…。」
<ごめんよ、今は…。>
「…そ、そうでしたね、力を失って…。うぅ…。うぅぅ…。
会いたい…、会いたい…、カミィ…。」
<直ったら伝えるから…。元気出すんだよ。>
「は、はい…。グスッ…、グスッ…。」
そして、女神と女神候補生は手を振りながら空に昇りながら消えていった。
「う~ん…、師匠達も全てを把握しているわけじゃ無いのかぁ…。」
イツキナがそう言うと、
「なぁに?力強い味方でしょ…、女神様"達"なんてね…。
カミ君の伝言も伝えてくれたわけだし…。」
「そだけね~…。」
すると、
「アル~ッ!!!食事が出来たわよ~~っ!」
一階からアルの母親から食事が出来たことを伝える声が聞こえてきた。
「あっ!忘れてたね…。」
「せっかくだから頂きましょう…。
シアムちゃん、大丈夫?」
「シック…、シック…、は、はい…。ウッ…ウゥゥ…。」
「食事はしっかりと取りなさい。カミ君が悲しむわよ…?」
「は、はい…。」
アルはシアムを抱えるようにして一緒に一階に降り、アマミルとイツキナは、その後に続いた。
一同は、アルの家で遅くなった夕食を取った。
食事はムー特有の魚料理で久々の郷土料理のはずだった。
だが、味わうほどの心の余裕が部員達には無く、静かに食事は進んだ。
静かな食事の後、それぞれがそれぞれの思いを持って帰宅の途に着いた。




