五日目:強い意思
長いエレベーターを使って、甲板まで登ると、目の前に外への出口が見えてきた。
「おっ!外だ~~っ!」
光が見えたと思ってアルは張り切って外に出て行った。
「ア、アルちゃん…!?」
そんなアルと見てシアムは慌てた。
外は極寒の場所だったのをアルはすっかり忘れていたのだった。
「しゃ、しゃぶぅぅ~~っ!」
案の定、思いっ切り寒い風に吹かれて身体を凍らせたアルは慌てて艦内に戻ってきた。
「…もう、上着無しで出て行っちゃうだもん…。」
「あぁ、ありがとよぉ~。中は暖かかったから忘れてたぁ~~。」
「アルちゃん、は、鼻水出てる…。」
「ジュルッ…、あ、ありがと…。」
アルは上着を着るとシアムの差し出した鼻紙で鼻をかんだ。
一同が上着を着込んで外に出ると、その甲板の広さから改めて軍艦の大きさを実感した。
広い甲板には、土が引いてあって、ちょっとした庭のような感じの場所もあり、一方では、"庭"に相応しくない、大砲が何本も見えている場所もあった。
「…広いわね。」
アマミルがつぶやくように言うと、
"……こ、ここは乗組員が運動競技を出来るようにもなっていますので。"
と案内ロネントは説明した。
確かに、周りを見るとスポーツが出来るような競技場も見えた。
"……あ、あちらの大砲の中をお見せします。"
案内ロネントに従って移動したときだった。
(お、おいっ!イケガミッ!)
調査を終えた魂のロウアが、血相を変えてロウアの元に戻ってきた。
(お、お帰り…。)
血液など流れていないはずだったが、隣人は顔を真っ青にしていた。
(…お帰りってお前…。
それいいや…。こんな酷い場所、早く出ようぜ…。)
(…酷い…?)
(あ、あんなの人間がやることじゃないっ!!
お、俺は地獄ってところも見てきたが…、あれは…、あれは全く同じだぜ…。
うっ、うぅぅ、き、気持ちが悪い…。)
魂のロウアは、気分を悪くして吐き出しそうにしていた。
(…う、うん…。)
(人が人を切り裂いて…。い、生きたままだぞっ!
し、しかも…。うっ、うぅ…。)
(……。)
(お、お前、もしかして、分かってたのか?
あ、あんな気持ち悪いところに俺を行かせやがってっ!!)
(…ご、ごめん。)
(ま、まぁ、それはいい…。
とにかく早く出た方がいいぜ…。こ、ここは軍艦なんかじゃ無いっ!
あ~、気分悪い…、身体も無いのに…。
早く出ようぜっ!さぁっ!!)
いつもは冷静な隣人が戦々恐々としていたが、ロウアは真顔になって隣人に話しかけた。
(…ロウア君…。)
(あん?何だよ…。)
(…僕をそこに案内して。)
(は、はぁっ?!)
(僕をそこに案内して欲しい。)
(…な、何言ってんだよっ!)
(僕はそれを写真に収めてムーで訴えたい。)
(写真に収めるだって?バ、バカなこと言うなっ!
お前が見つかったらどうするんだよっ!!
それに、あんなもん…。俺はもう見たくも無いぜ…。)
(だけど、無視するわけにはいかない…。)
(バカか…。ダメに決まっているだろっ!!)
(この国は人権を阻害している…。自由を奪っている…。)
(し、しかし、お前…。)
(君は魂の世界を見てきたのだろう?)
(そ、それがどうしたんだよ…。)
(神に愛された魂たちは、誰にも束縛されていない自由な世界だったはず。
神を敬って、互いを尊重して、互いに愛し合って、互いに磨き合っていたはず。)
(…それは、そうだけど…。)
(君はその逆の地獄と言われる世界も見てきたと言ったよね?)
(…お、おう…。)
(ここは一人の人間が神になった気になっている国だよ…。
その人間だけを中心に、その人間だけの考えだけが…、その人間の意思だけが重要な世界…。
僕の時代にもそんな人達は数多くいたよ。
その人達は独裁者と呼ばれていた…。
まさにここがそうじゃないか。
君も大統領の本当の姿を見ただろう?)
(……。)
(地獄という世界で、独裁者は死してもなお自分の部下達を引き連れて言うことを聞かせていたはず。
魂が自由な事を知らないこの国の人々は、事実をねじ曲げられて洗脳されてしまっている…。
死してもその洗脳は解けず、いずれあの世で独裁者に縛られ続けられてしまう…。)
(……。)
(日々、天使と呼ばれる人達は、洗脳されて地獄で縛り付けられている彼らを説得しようとしているのを君も知っているだろ?)
(…あぁ、師匠って奴がそう言ってたぜ…。)
(だけど、真実を伝えても理解してもらえないんだ…。
ねじ曲げられた真実が嘘だと言っても信じられないんだ…。)
(…らしいな…。)
(人は信じていたものは、そのままにしていたいから…。
だけど、そうなってしまってからでは遅いんだ…。)
さらにロウアは、拳を強く握ったまま、顔を上げて魂のロウアを見つめると、こう言った。
(だから、僕はこんな国を許してはおけないっ!!)
その力強く熱意の籠もった目を見て、魂のロウアはため息をした。
(はぁ~…、ったく…、わ、分かったぜ…神官様…。
だけど、お前…絶対に捕まるなよ…。
俺も周りを注意しておくけど…。)
(分かってるっ!ありがとうっ!)
(これは笑えないぜ。本当に笑えない…。)
隣人は、渋々とロウアの提言を承諾した。
(だけど、こいつらがいるのにどうするんだよ。)
(まぁ、何とかするよ。)
(何とかするって…。)
ロウアは、隣人にそう告げると案内ロネントのところに移動した。
「すいません。トイレに行きたいのですが…。」
"…え、えぇ、はい、おトイレはそちらです。"
案内ロネントの指を差した方向に向かって進み、ロウアはトイレに入った。
(お、おい、こっから隠れて移動するつもりかよ。すぐにバレるぜ?)
(まぁまぁ…。)
ロウアは隣人をなだめると、コトダマを唱えた。
<<分身を作るコトダマ ワ・ハ・ワ・ナソ!>>
すると、ロウアに重なっていたかのように、もう一人のロウアが別れてきて、やがて実体化した。
(はぁっ?!ま、また、お前はヘンテコな魔法を…。)
(名付けて分身の術っ!…もしかして忍者も同じように…?まさかね…。)
(にんしゃ?んだよ、それは…。
全くこんな時なのに、なんだか楽しそうだな…。)
(そうかい…?)
(そ、それにしても、こいつ…。)
魂のロウアはコトダマで作られた自分と同じ顔をした分身を見つめた。
「ロウア君、照れるって…。」
(なっ!しゃべるのかよっ!)
魂のロウアは、分身ロウアが照れているのを見て驚愕した。
「それはそうだよ…。」
(それはそうだよ…。少しなら意思疎通も出来るみたいだね。
僕の魂の一部を切り取ったからかな。)
分身とロウアは一部言葉を重ねながらしゃべった。
(き、切り取った?!…あぁ、もう良いよ…、もう説明は良いから次に行こうぜ…。)
魂のロウアは、これ以上考えても仕方ないと思って半分呆れてそう言った。
「それじゃ、もう一人の僕。先輩達のところに戻って欲しい。」
ロウアがそう言うと、
「うん、分かった。君も気をつけて。」
分身ロウアは、みんなのところに戻っていった。
(あ、あいつ、お前を気遣ったぞ…。なんだそりゃ…。あ、頭おかしくなりそうだぜ…。
んで、あいつはどれぐらい持つんだよ?)
(いつものコトダマの効果よりは、力を込めたから、1時間ぐらいかなぁ。)
(1時間?1時間で終わらすつもりか?)
(そうそうっ!さ、行こうっ!)
(何か張り切っているけど、ホントに大丈夫かよ…。)
魂のロウアは不安を抱えたまま、不気味な声のする場所への案内を開始した。
ワ 我は
・
ハ 別れて
・
ワ 我を
ナ 作り
ソ 固める




