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妄想はいにしえの彼方から。  作者: 大嶋コウジ
見えない鉄格子
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三日目:深夜:上空から見えたもの

ロウアがレポートを書き終えた頃、魂の隣人が声をかけてきた。


(おい、行くんだろ?)


(あぁ、行くよ。空から様子を見たい。)


(外は寒いぜ?厚着しろよ。)


(分かってる。ありがとう。)


(彼奴らを起こすなよ。)


(分かってるって…。)


そう言いながらロウアが身支度をしていると、横の部屋で寝ているシアムが、その音で目を覚ました。


(あれ…。カミ兄さん、どこかに行くのかな…?)


シアムが、男子部屋と女子部屋を区切っているパーティションを見ていると、そっと開くが分かった。


(にゃっ!)


急いでシアムは布団に隠れて、そばを通る足音に耳を集中していると、その音はやがて扉を開けて外に出て行くのが分かった。


(あっ、やっぱり外に…?カミ兄さん、どこへ…?)


シアムは、不安に駆られて、こっそりとロウアの後をつけることにした。

無論、隣人が先に気づいていて、ロウアに伝えていた。


-----


シアムは、廊下を歩くロウアをそっと付いて行った。


(兄さん、どこに行くんだろ…。)


やがて、ロウアが廊下の端にある扉から外に出て行くのが分かった。


(そ、外に…?だから厚着に…。)


シアムは見失わないようにするため、早歩きになるとロウアと同じように扉を開けた。


「…シアム。」


「にゃっ!!」


すると、ロウアの声が急に耳元で聞こえたので、シアムは飛び退いて、そのまま倒れてしまった。


「ご、ごめん。驚かしちゃったね…。」


シアムの浴衣から下着が見えそうになったのでロウアは目を逸らしながらそう言った。


「…い、いえ…、カミ兄さん、何処かに行くのですか…?…クシュンッ!」


「ちょっとだけね。…さ、身体が冷えてしまうよ。」


ロウアはそう言うと右の真っ白な手を出して、シアムを立たせてあげた。

シアムは、その手の温かさにほっとしたが、心配する気持ちは完全には消えなかった。


「…あ、あの…、えっと…。」


モジモジとしているシアムを見て、ロウアは彼女の気持ちを察した。


「すぐに戻るから安心して。この国を空から見たいだけなんだ。」


「空…?お空からですか…にゃ?

あぁ、お空を飛べるんでしたよね…。

で、でも、寒いですから気をつけ…」


と言いかけた時、ロウアは彼女の背中に手を回すとそのまま引き寄せ、彼女を強く抱きしめた。

突然の行動にシアムは驚いたが、ロウアの暖かい胸に抱かれて安心して、


「…カミ…。」


と始めて敬称を付けずに呼ぶと、彼の愛に包まれるのを感じて自然と涙がこぼれた。


-----


しばらくして、ロウアはシアムから離れると、涙を拭いてあげた。


「少し見てくるから部屋で待ってて。その格好だと風邪を引いてしまう。」


そして薄着のままの彼女を心配した。


「う、うん…。だ、だけど、無理をしないで…ください。」


「分かったよ。ありがとね。」


ロウアはそう言いながらシアムのおでこに軽くキスをすると、空へと飛んで行った。

顔を真っ赤にして、おでこを指で触っているシアムが小さくなっていく頃、


(ちっ、恥ずかしいところ見せやがって。何だかんだ言って気があったんじゃないかよっ!)


今まで目を背けていた隣人は、急展開を見せたロウアに向けて皮肉交じりでそう言った。


(彼女の思いは分かっていたから…。)


(んなのに、知らないふりをしていたってか?ったく…。)


(……。)


(ま、良いけどさ…。シアムも嬉しそうだったしなっ!)


魂となったロウアは、皮肉を言いつつも幼馴染みの幸せそうな顔を見て少し嬉しそうな顔をした。


-----


やがて、宿が小さくなった頃、二人は上昇する速度を落とした。


(おい、こっからなら全体が見えるぜ。)


魂のロウアが言うまでも無く、眼下にはアトランティス大陸が広がっているのが見えた。


冷たい風がロウアに吹いていたが、寒さを気にしていられないものが、その大陸の姿と重なるように見えて驚愕した。


(…こ、これって…。これって何なんだ…。)


ロウアが霊の目で見たのは、巨大な蜘蛛の巣が張り巡らされたアトランティス大陸だった。


(…蜘蛛…?蜘蛛の巣…?)


(やっと気づいたか?)


(…何だよ、これ…。)


(これが自由を失った国のなれの果てだぜ?)


(…つ、つまり、これは国民から自由を失わせるという強い悪意が具現化した姿…。

こんなものの下でみんな暮らしているというのか…。)


蜘蛛の巣の中で国民は、何事も無いかのように過ごしていた。

学生達は大きく笑い、成人は仕事に専念し、それが終われば家路につき、家族と過ごした。

そんな日常をあざ笑うかのような悪意がどこかに存在していた。


(こ、これを張り巡らせたものって…。)


(…あそこだぜ。)


そう言いながら魂のロウアが指を指したのは、政治の中心地であり、数時間後には訪問する予定の国会議事堂だった。


(国会…?政府…の…、ま、まさか…、大統領…、アトランティスの大統領が…蜘蛛の親玉だというのか…?)


ロウアは大統領制度であるアトランティスの政治を思い出した。

同時に、その大統領が、この蜘蛛の巣を張り巡らした張本人だと悟った。


(大統領さまの周りに小さな蜘蛛がいて、親玉の言葉に沿って動いているんだ。

さらに小さな蜘蛛はそれに従って、その巣をさらに大きくしている。

つまり、大統領が作り出した蜘蛛の巣で政府は一つになっている。

それが奴らの住処なんだ。)


(…全体で一つ…?全体…主義…?)


(全体主義…?お前たちの時代はそう呼ぶのか?的を得た言葉だな。

その全体主義っていう蜘蛛の巣を剥がそうとする奴が現れたり、逃げようとする場合は一斉にたたき殺すってわけさ。

…準ツナクを使ってな。)


(ツナクを悪用するとこうなってしまうということなのか…。

こ、こんな世界…。天国には存在しない…。

あぁ…、あぁ…、悪魔…。悪魔…。そんな…。

蜘蛛の姿をした悪魔がこの国を牛耳っているのか…。)


ロウアは、身体が震えのを感じた。それは寒さのためでは無かった。

何か恐ろしい者が国を支配しているということ、21世紀の世界で太田町を破壊した巨大な悪の根源がここにもあったということに震えたのだった。


(…ここから…?ここから、あの地獄世界は始まった…?)


-----


ロウアが絶望のまま戻ると、シアムが部屋の前で座っていた。


「シ、シアム…、寝ていなかったのかい…?」


ロウアは、シアムが彼の帰りを待っているとは思っていなかったので、当然、驚いてしまった。


「だ、だって…、心配だったから…。」


「だからって…。寒かっただろうに…。」


シアムは、ロウアと同じように厚着になっていたが、いくら宿の廊下が暖かいといっても、大陸の寒さは厳しく、相当寒かっただろうと想像した。


「カ、カミ…、こ、これを…。」


ぎこちなくロウアの名前を呼びながら、シアムは彼の身体に毛布をかぶせた。


「あぁ、あ、ありがとう。」


「…温かいお茶を持って来ます。少し待ってて下さい。」


「い、いや、みんなを起こしてしまうから…。」


「はい。で、でも冷え切ってるから…。

…あっ…。」


とシアムが言いかけたが、ロウアはシアムの手を握ると、そのまま再び外に出て行った。

魂の隣人は、勝手にやってくれと言わんばかりに手を振って、二人を見送った。


そして、二人は、宿の外にあるベンチに座るとシアムが持って来た毛布で丸くなった。


「…ほら、温かいだろ?」


「はい、温かいです、にゃ…。」


そう言いながら、シアムはロウアの肩にもたれかかった。


ロウアが空を見上げると、空にうっすらと掛かる蜘蛛の糸が、国会の方から放射線状に広がっているのが見えた。


(この糸…。)


ロウアは糸をキッと睨んだが、同時にシアムの優しい匂いと暖かいぬくもりに包まれるのを感じた。


(…今は…、今は忘れよう…。)


ロウアは、シアムの手を握ると、ゆっくりと目をつむり、二人だけの時間に身を任せた。


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