揮発メモリー
次の週の初め、部員達はダンス練習室にいつものように集まっていた。
「シアムお姉ちゃんっ!見てみて、すごいです、にゃっ!!」
シイリはそう言いながら、くるりと回ったり、前転をしたりとすごい動きを見せていた。
その手足は見た目は以前と変わらないように見えたが、カウラによって刷新されていて、動きが俊敏になっていた。
生まれ変わったシイリを部員達は、歓喜と拍手で迎えた。
「シイリ、すごいわっ!これなら、アルちゃんも満足のはずっ!」
「はい、お姉ちゃんっ!!」
ロウアのロネントも本体の動きとタイムラグが発生していたが、カウラの調整で"本体"とほとんど同時に動けるようになっていた。
「それにしても、アルちゃん、来ないわね…?」
イツキナが言ったように、アルは放課後になって30分近く経過したが、ダンス練習室に現れなかった。
リーダーが現れないので、部員達は、練習が始められず、時間を持て余していた。
「どうしたのかしら…。」
アマミルも張り切っていたアルが現れないので不思議がった。
「アルは、うちの担任に仕事を頼まれていたんですよ。」
ロウアは、担任だったキルクモに日直だったという理由で何か仕事を頼まれた事をみんなに知らせた。
「なぁに?そうだったの?」
「はい、だけど確かに遅いですね…。」
「ロウア君、教室に迎えに行ってくれる?」
イツキナは、アルを心配し、ロウアを迎えにやることにした。
「はい…、アルの奴、仕方ないなぁ…。」
憧れだったキルクモに仕事を頼まれて、アイドル活動の練習をすっかり忘れているアルにロウアは憤慨した。
ロウアが練習室を出て行った後、
「…う~ん、おかしいなぁ~。先生に頼まれたといっても、アルちゃんがお仕事がらみで遅れるなんて…。」
シアムは、仕事には厳しいアルが、いくら練習とはいえ遅れている事を不思議に思った。
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「アルゥ~、早く来いよ~っ!」
ロウアは、教室の扉を開けながらそう言うと、
「アルちゃんなら、さっき出て行ったよ~。」
「今日も部活だ~って張り切っていたよね。」
「うんうん。」
教室に残っていた女生徒達が、アルはすでに教室を出て行ったことを知らせてくれた。
「あれっ?そうなの?ありがと~。」
部活に言ったと聞いたので、もしかしてと思って、ロウアは、霊界お助けロネント部の部室の扉を開けた。
「あっ!いたっ!何やってるんだよっ!」
すると、逆に頬を膨らませて怒っているアルが扉のところにいるロウアの方を向いた。
「やだやだやだ~っ!ロウアッ!おっそ~いっ!
今日は、だ~れも来ないんだもんっ!先輩達も居ないし、みんなどうしたのよっ!」
「…遅いって…。アルの方が遅いんじゃないかっ!もう、みんな集まっているっていうのにっ!
…ん?ロウア…?…まいっか。」
ロウアは、自分の事を"ロウア"と呼んだことに一瞬、不思議に思ったが、アルがただ呼び間違えたのだと思った。
「へっ?集まってる?」
アルは、部員達がすでに集まっていると聞いてキョトンとした。
「当たり前だろ、全く…。」
「あ、当たり前…?…ど、どこに集まってるの?」
「どこって…、さっきから何を言ってるんだよ…。
さぁっ!練習室に行こうぜ。お前がいないと始まらないだろ?」
「ふえ…?練習室?」
アルとの会話がさっきから噛み合わず、この時、ロウアはアルがまたとぼけているんだと思っていた。
ロウアが部室を出ると、アルは、不思議に思いながら後をついていった。
そして、練習室に到着すると、部員達が動きやすい格好になっているので驚いてしまった。
「…あ、あれ、みんな運動着を着てどうしたの…?」
逆に部員達は、制服のままのアルを見て驚いていた。
「あ、あれ、アルちゃん、制服のままね…。今日は練習はお休み?」
シアムが不思議に思って聞くと、
「練習…?何の…?」
部員達は、頭にはてなマークを付けていたが、アルは話を続けた。
「よく分からないなぁ…。
そうだっ!聞いて欲しい事があるのだよっ!」
「何をだよ?」
ロウアは、今度は何を言い出すのかと思った。
「おほんっ!
えっとね、部員みんなで、アイドル活動をして欲しいと思っているのだ~っ!
ほら、この前の陸上部の応援の時に、みんなで簡単な踊りを踊ったでしょ?
ゴ~ッ!ゴ~ッ!って言いながら~っ!
あの後、みんなならアイドルを出来るんじゃないかって思ったんだ~っ!!
ゴ~ッ!ゴ~ッ!ってのを歌に変えるだけで、アイドル活動は出来ると思うんだよね~~っ!!」
良い提案をしたんだと自信満々で、胸を張っているアルの言葉に、部員達はキョトンとしてしまった。
「…んっ?んん…っ?なぁに?アルちゃん、どうしたのよ?」
「…えっ?アルちゃん…?」
アマミルとイツキナは首をかしげた。
「…ア、アルちゃん…?」
シアムは、親友のおかしな言動に青ざめ始めていた。
「あ、あれ?ダ、ダメ?そっか~、急に言われても困るよねぇ~~。あはは~っ!
でも、私は諦めないぞぉ~っ!みんなには、いつか一緒にアイドル活動をしてもらうぜ~~っ!」
アルは、部員達が同意してくれないと思って、自分は諦めないと宣言した。
「い、いや、ダメとかじゃ無くって…。今更何を言っているんだよ…。」
ロウアは代表するようにアルに問いただした。
「今更…?なになに?あれ…?今私は初めて言ったんだよ?」
「な、何の冗談だよ…。みんなアイドル活動の歌や踊りを練習するために集まっているってのにっ!」
「えっ!あっ!あぁ…、は、話が早いなっ!さすが我が部っ!」
アルは調子よく合わせたつもりだったが、部員達はアルの異常さに気づき始めた。
「…ア、アル…、おまえ…。」
ロウアは、その次の言葉が出なくなってしまったので、シアムは代弁するように話を続けた。
「アルちゃん…、お、覚えていないの…?
先々週、アマミル先輩達の女子寮に集まった時の事を…。
その時、アルちゃんがみんなをアイドル活動にお誘いしたのよ…。」
「へ…?」
「次の日に、ロウア君達を誘って、男子じゃアイドル出来ないからって、カウラお兄ちゃんに女性型のロネントを借りたでしょ…?
先週から練習を始めたのよ…?」
シアムの説明を聞けば聞くほど、アルは混乱してきた。
「…え。れんしゅう?あ、あれ???あれ、あれれ…?
ロネント?借りた…?ありゃ…?あぁ、あの青髪君は、そうか、ロネントかぁ~~。
そ、そうだった~、そうだった~…。」
アルは、ロウア用のロネントを指差したが、指は空中を舞いながら、あらぬ方向を指し始めた。
うつろな目になり気を失ってしまったからだった。
「あっ!アルッ!!」
幸い、ロウアが近くに居たので、抱きかかえることが出来て、頭から倒れるのを防ぐことが出来た。
部員達がアルを名前を呼ぶ声の中、彼女は完全に気を失っていた。
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その後、ロウアは、アルを背負って保健室に部員達と共に移動したのだが、保健室のベッドに寝かすとスヤスヤと眠っているだけで、特に問題は無いように見えた。
「アルちゃん、どうしたのかしら…。
…記憶を無くしてしまったようだったけど…。」
アマミルが問いかけるが、誰も答えを持っていなかった。
「気を失ってしまうなんて…。」
イツキナも理解できずに、首をかしげた。
「…分かりません、にゃ…。朝や授業中は特に変なところは無かったのに…。」
「そうだよね…。」
シアムとロウアは、アルと一緒に登校し、一緒に授業を受けていたが、特に変わったところはなかったことを思い出していた。
「シイリ、何か知っている…?」
「…わ、分からないです、にゃ…。アルお姉ちゃん…。」
シアムの問いにシイリも答えようも無かった。
「アル先輩ぃ~~っ!!うわ~んっ!!先輩ぃ~~っ!!」
ツクは、かつての憧れだったアルが倒れてしまったことに気が動転し、彼女の手を握りながら泣き出してしまった。
ホスヰはベッドの横でソワソワとしていて、ツクと一緒に泣き出しそうになっていた。
「…シアムちゃん…、アルちゃんのご両親を呼んでくれる?」
アマミルは、アルの両親を呼び出すようにシアムに指示した。
「はい…にゃ…。」
「シイリちゃん、それとロウア君は、ご近所さんだから残ってくれるかな…。
他の人達は、解散としましょう…。明日からの活動は様子見ね…。」
続けて、アマミルは部員達に解散するように指示した。
「アマミル…、あなたも残るんでしょ?私も残るわ…。私たちは寮も近いから…。」
イツキナもアマミルと同じく残ると言った。
「私も残りますぅ~~っ!!うわ~んっ!!せんぱ~~いっ!!」
ツクも頑なに残ると言ったが、
「ツクちゃん、ありがとう。だけど、ご両親が来たらお家に帰るだけだから大丈夫よ。ね?」
「うぅぅ…。アル先輩ぃぃぃ~~っ!!」
アマミルは涙でくしゃくしゃになっているツクを優しく説得した。
「マフメノ君も…。ツクちゃんとホスヰちゃんを連れて行ってあげて…?よろしくね。」
「は、はいぃ…。分かりましたぁ…。」
マフメノは、ツクとホスヰに付き添うように保健室を出て行った。
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その後、アルの両親が学校に現れると、アマミルは部長として部員の健康に気づかなかったと言って頭を下げた。
イツキナはフォローするようにアルの様子を説明したので、アルの両親も特に怒ることも無く、逆に恐縮してしまうのだった。
アルの様態については、保健室に常駐する医療ロネントの検査でも異常は見つからず、経過観察としてアルは両親とロウア、シアム、シイリと共に帰宅の途に着いた。




