真剣モードなアル
霊界お助けロネント部は、アイドル活動をやることになってから、ランニングをしたり、筋肉トレーニングをやったりと、運動部のような活動が続いていた。
今日は、少し広めな教室を借りて、基本的なダンスのステップを練習していた。
リーダーとなったアルは、みんなの動きを見ながら逐一、指摘を繰り返していた。
「ひぃっ!ふぅっ!みぃっ!よぉっ!ひぃっ!ふぅっ!みぃっ!よぉっ!」
アルは手を叩きながら、声を出してみんなの動きを合わせようとしていた。
「イケガミィッ!何度言ったら分かるのっ!!みんなから遅れてるよっ!」
アルの指摘にロウアは、慌ててしまった。
「あわわ…。ごめん。
…少し遅れるのを計算しないと合わせるの難しいな…。」
ロウアは、ロネントを動かすため、自分自身も動いていた。
だが、ロネントは、若干だが身体との連動が遅れて、他の人と少しだけ遅れてしまっていた。
「イケガミ兄さんっ!
身体の動きは合っていますっ!始めての踊りなのに上手です、にゃっ!」
シアムは、ダンスの経験がないはずのロウアが意外にも上手いことに驚いていた。
「そ、そうかい?ありがとう。」
ロウアは、肉体的な訓練をしていなかったが、ムー文明に来る前に浮浪者のJさんに身体を徹底的に鍛え上げられたのを思い出した。
(あの時にダンスのような動きで柔軟性を鍛えていたのが効いてるのかなぁ。)
「イケガミィッ!なに、ボーッとしているのっ!動くっ!動くっ!」
ロウアが考え事をしていると、アルからピシッとした厳しい言葉が飛んで来た。
「はいっ!!すいませんっ!!」
ダンスの練習が始まってからは、人が変わったようなアルの"しごき"が始まっていて、必死にみんなついていっていた。
「イツキナ先輩、右腕の動きがみんなと違うっ!」
「ありゃ、ごめんっ!前から見てると何か逆になっちゃうんだよねぇ…。
昔と違って、操作が難しいなぁ。こんな激しい動きをしたことないからなぁっ!あははっ!」
イツキナは、身体が完全に治っていないのでリモートコントロールでロネントを操作していた。
ベッドからロネントを操作していた頃とは違い、目で追いながら自分のロネントを操作していた。
「後ろに回って操作しないといかんか…。でも、本番はどこで動かすんじゃいな…?」
目の前にあるロネントを操作すると右手と左手が逆転してしまうこともあったので、イツキナはロネントの後ろに回って操作しようと思った。
「先輩、舞台の横で操作できるように準備していますよ。画面も準備していますから安心してください。」
シイリは、ロウアとイツキナのために操作できる場所を準備中であることを教えてくれた。
「おっ!そうなのか~。出来れば舞台の後ろから映してくれるとありがたいっ!」
「はい、にゃっ!舞台の人に伝えておきますっ!」
「ありがとっ!」
そんな練習を繰り返していた部員達だったが、アルはシイリの動きを特にピリピリとしながら見ていた。
「ちょっと、シイリッ!全然ダメじゃないっ!イケガミよりも動きが悪いっ!」
「は、はいっ!ご、ごめんなさいっ!アルお姉ちゃんっ!」
シイリは必死に練習をしていたが、どうにも身体の動きが上手くならず、ぎこちない動きになったり、動きも音楽に合わせられなかったりしていた。
(むっ…、僕よりって…。)
ロウアは比較に出されてちょっとムッとした。
「音楽に動きが合ってないっ!どうしたのよっ!!」
「ごめんなさい…。」
アルの厳しい指導にシアムは、今にも泣きそうになっていた。
「アル、シイリの身体はロネントなんだから、そんな無理を言うなよっ!」
「イケガミィッ!何言ってるのっ!!時間が無いのよっ!!
三ヶ月後には、ステージに上がるんだからっ!!気合い入れてっ!!
さっ!みんな最初っからやり直しっ!!」
「全く…。」
ロウアはアルのしごきっぷりに呆れてしまった。
しばらくして、アルの合図で休憩時間となったが、部員達は一様に疲れ切ってしまい、バタリとその場に倒れてしまった。
「ちょっと、飲み物を買ってくるねっ!」
アルは、そう言うと教室を出て行った。
ロネントのメンテナンス担当になったマフメノとツクは、みんなに水を配ったり、タオルを渡したりした。
「ゴクッ!ゴクッ!はぁ~っ!み、水が上手いっ!」
「あうんっ!はぁ…、はぁ…。」
ロウアが水を飲んだ後にそう言うと、ホスヰが自分もそうだと言わんばかりに頷いた。
「ホスヰ、大丈夫かい?」
ホスヰもかつては病弱で、よく学校を休んでいた。
ロウアのお陰で体力は戻ってきたとはいえ、12歳になったばかりのホスヰの体力で付いてこれるのか、ロウアは心配になった。
「大丈夫っ!イケガミお兄ちゃんっ!はぁ…、はぁ…。
アルお姉ちゃんの厳しさにも耐えて見せますっ!」
「ぷっ!ホスヰちゃんったら。でも、あんまり無理しないようにね。」
アマミルも汗を拭きながら姉貴分らしくホスヰに声をかけた。
「ありがとうっ!アマミルお姉ちゃんっ!」
ホスヰがそう言うと、アマミルはホスヰの頭を撫でてあげた。
「ホスヰちゃんは、えらいっ!えらいっ!」
「あうんっ!」
そんな休憩のさなか、シイリはさっきまでの動きを反復していて、何とかしてみんなに追いつこうとしていた。
「シイリッ!少し休んで…。身体を壊してしまうわ…。」
姉であるシアムが、妹の頑張りを心配していると、
「そうよ、ロネントを操作しているだけでも集中しているから疲れてしまうもの。少し休んだ方が良いわ。」
イツキナもシイリを心配した。
「…だ、だけど、私だけ上手く動けなくて…、足手まといになってしまってるから…。」
「シイリちゃん、みんなの言う通り。関節が壊れちゃうから無理しちゃダメ。」
ロネントのメンテナンス担当であるツクもシイリの身体に無理が掛からないか気になっていた。
「ちょ、ちょっと、見てみようかぁ?さっき、変な音が鳴ったんだよねぇ…。」
マフメノもシイリの身体を不安に思ったのか、調べたいと申し出た。
「…は、はい…。」
シイリは、そう言うと座り込んでマフメノに身体を預けた。
マフメノがしばらくシイリの身体を調べていると、急に真面目な顔になった。
膝の関節が壊れかけているのが分かったからだった。
「あぁ、膝の関節にヒビが入ってるぅ…。このままだと壊れちゃうよぉ…。
元々、踊り用のロネントじゃないからなぁ~。」
ところが当人が、これには当惑してしまった。
「あぁ…、練習しないといけないのに…。」
シイリは下を向いてガックリと肩を落とした。
「関節は、もうちょっと柔軟な奴に変えないとぉ。
ロウアとイツキナ先輩のロネントは、さすがだなぁ。最新式で全然、壊れそうに無いよぉ。
高い部品を使っているんだよなぁ。」
マフメノが最新のロネントと言うとツクもよだれを垂らしていた。
「ほ、欲しいですぅ…。関節も、皮ふも、筋肉組織とか、動力も私たちじゃ買えないような高いやつだしっ!」
マフメノとツクは、すでにロウアとイツキナのロネントを色々と"物色"済みのようだった。
「そ、そうなのかぁ…。」
ロウアは、さすがロネント専門家のカウラと思いつつ、ロネントオタク達のマフメノには付いていけなくなっていた。
「シイリちゃん、関節を直させてぇ。今、部品を部室から持ってくるからね。ツク、手伝ってぇ」
「はいっ!喜んでっ!行きますっ!行きますっ!」
そう言って、マフメノとツクが、ダンス練習室から出て行くと、
「そ、そんな…、休んだら練習に追いつけないですぅ…。」
ツクは膝を抱えて、泣きそうになりながらつぶやいた。
「シイリ、まぁ、そんなに焦らずに…。」
ロウアがツクを励ますようにそう言うと、丁度、アルが部屋に戻って来た。
「さっ!始めよっ!」
「アル、ちょっと待ってくれ、シイリの身体が壊れそうなんだ。」
ロウアがそう言うと、アルはキッと怒った目になった。
「えっ!!そんなっ!…全く、使えないなっ!!」
そんなアルの冷たい一言に、一同はさすがに言い過ぎだと思った。
「アルちゃん、それは言い過ぎよ。」
アマミルは、代表するようにアルに言った。
「……。」
アルはさらにムッとして黙ってしまった。
そんなアルを見て、シイリは涙を流していた。
「…ご、ごめんなさい…、私がこんな身体だから…。うぅぅ…。ヒック…、ヒック…。」
そう言うと、シイリは教室を出て行ってしまった。
「シ、シイリ…!」
シアムは、シイリの後を追いかけていった。
「アルッ!言い過ぎだよっ!シイリだって頑張っているのにっ!!」
ロウアもアルの言い過ぎた言葉に叱るように言った。
「…じ、時間が無いのっ!中途半端じゃ見ている人達は納得してくれないのよっ!
どれだけ練習しても足りないぐらいなんだからっ!!
わ、私は…、見ている人達の事を考えて、そう言ったの…。」
アルは、適当な仕事の結果を知っているようにそう言った。
アイドル活動のような派手やかな仕事をするために、裏で苦労をしていた自分達のことを分かって欲しいということでもあった。
「私は…、私は…。」
そんな空気の張り詰めたダンス練習室の扉が開いて、修復用の工具を持って来たマフメノとツクが戻ってきた。
二人は、さっきまでと空気の異なった練習室に違和感を感じた。
「戻ったよぉ~っ!関節を探すのに時間が掛かっちゃったよぉ。…ん?」
「あ、あれ…。どうしたんですか…?シ、シイリちゃんは…?」
静まり返った教室には、部員達が沈黙のまま立ち尽くしていているだけだった。




