それやっちゃう?やっちゃうのっ?!
動かなくなった清掃用のロネントを目の前にして、ロウアや、イツキナはマフメノを待っていた。
「君、どっかで会ったことある?」
イツキナは暇を持て余したのか、妖精に声をかけた。
「会ったことあるも何も…」
だが、そう言いかけた時、マフメノがやって来た。
「イケガミィ、どうしたのぉ?動かなくなったロネントがあるって聞いたよぉ~。」
「マフメノ、こっちだよ。このロネントだけど、調べてくれない?」
マフメノは呼ばれるままロネントに近づき、調べ始めた。
「う~ん、特に問題ないと思うよ。ただの燃料切れだね。太陽光に当てないと。」
「そっか、それなら外に出そっか。」
「勝手に動かして大丈夫かなぁ…。それに、もうすぐ夕方だよ?」
「なんとっ!急ごうっ!」
「もう、僕は知らないからね…。」
マフメノは勝手に持ち出して問題にならないかと思いつつ、ロウアと一緒にロネントを競技場の中に運んだ。
外は、夕方になり始めていて、競技もほとんど終わった状態だったので選手達も帰り支度を始めていた。
ロウア達は、日当たりの良い場所にロネントを連れてきた。
「よし、ここなら光が当たるね。」
「そ、そうだねぇ、はぁ…、はぁ…。つ、疲れた…。」
マフメノがそう言った時、早くもロネントの目が光った。
「あっ、動けるところまで充電されたみたいだ。」
「はぁ…、はぁ…。う、うん…。」
ロネントは充電がある程度溜まったのか、すくっと立ち上がった。
<おぉ~~っ!やった~っ!やった~っ!>
友達が動き始めたので妖精は大喜びだった。
やがて、その"清掃員"は、任務を思い出したように動きだして掃除を始めた。
<元気になって良かったね~~っ!>
イツキナは、諸手を挙げて飛び回っている妖精を見ると、
「…イケガミ君、このロネントって?」
と、ロウアに尋ねた。
「特に魂も宿っていない普通のロネントですね…。」
「そうなのね…。どうしてこの"よーせい"さんは、動いて欲しかったのかしら。」
「分かりません…。」
するとキミル達ナーカル校の陸上部員達も集まってきた。
「イツキナ、今日はありがとねっ!すごい応援だったわっ!」
「キミルッ!お疲れ様っ!」
そして、キミルはイツキナ達が競技後の掃除までしてくれるのかと勘違いし、
「さ、さすがに掃除までしなくても大丈夫よ。掃除は、ここの用務員に任せれば…。」
と言った。
「ち、違う、違うっ!」
もちろん、イツキナは強く否定した。
「で、でも、清掃用のロネントよね?」
「そうなんだけどね~っ!う~ん…。えへへっ!」
イツキナは、やがて説明も出来なくなって笑って誤魔化すしか無くなった。
「ぷっ、何よそれっ!あなた達って本当に理解不能だわ。でも、今日はみんなね…。」
キミルが選手達の結果を報告しようとした時、掃除を始めていたロネントは、競技場のトラックに入った。
すると、ロネントは機能を停止したようにピタッと止まった。
「ん?あれ、止まっちゃったわね…。ロウア君、また、燃料切れ?」
「う~ん…どうでしょう…。あ、あれ…?」
すると清掃用のロネントが、スタンディングスタートの姿勢を取りだした。
<おぉ~~っ!走る?走っちゃう?キャ~~ッ!!>
清掃用のロネントの周りを飛び回っていた妖精は、さらに、大喜びだった。
「なっ!」
「へっ!」
「うそぉ!」
「えぇ!」
これには一同ビックリした。
<よ~~しっ!!>
妖精が片腕を上げて、
<開始っ!!>
の声と共に下げるとロネントは急に走り出した。
「なっ!走ったわっ!!」
イツキナは走り出したロネントを見て驚き、
「はぁ、あ、あり得ない…。何だよぉ、この子はぁ…。イ、イケガミィ…、どういうことだよぉ…。」
マフメノも信じられないといった顔をした。
「えっ、僕に聞かれても…。」
両腕が清掃用具だったが、スプリンターらしい動きを見せて、颯爽と走った。
突然、清掃ロネントが走り始めたので、キミル達陸上部員達は大騒ぎとなった。
「あははっ!!清掃ロネントが走った~~っ!」
変な子っ!よしっ、私たちも一緒に走っちゃおうっ!!!」
「あはっ!部長、良いねっ!」
「ゴー、ゴー、ナーカルッ!だっけ?」
「そうそう、ゴー、ゴーッ!」
ナーカル校の選手達は、悪ふざけもあり、最後の凱旋の意味もあり、ロネントに並んで走り始めた。
<あっ!みんなっ!久々ねっ!ありがとうっ!!>
妖精も感謝していたが、無論、ナーカル校の選手には聞こえなかった。
「えっ?久々?」
ロウアは妖精の言った"久々ね"という言葉が気になったが、イツキナが、
「ほらほら、私たちも走ろうっ!私は車椅子だけどっ!!」
自分達も走ろうと言い出した。
「えぇぇ…。」
「あははっ!私たちも行きましょうっ!イケガミ兄さんっ!!マフメノさんもですよっ!」
シイリもノリノリになって、ロウアとマフメノの背中を押すと、陸上部員達の後ろを走り始めた。
「えぇ、む、無理だよぉ…、あの子を運ぶだけでも疲れているのにぃ…。」
「ほらほら~~っ!!頑張ってくださ~~いっ、先輩達ぃ~~っ!!」
清掃用ロネントを囲んだランナー達がわいわいとトラックを走り始めたので、自然と注目が集まった。
すると、ナーカル校以外の生徒達も集まり初めていつの間にか、大団体のランナー集団になっていた。
<あはははははははっ!!!嬉しい~~~っ!楽しいよぉ~っ!みんな~~、ありがと~~~っ!!>
妖精はその姿を上から見ながら嬉しそうにして回っていた。
「な、何だこれは…。」
ロウアは自分が何をしているのか訳が分からなくなっていた。
応援席にいたアマミル達もロウア達が何をしているのかと思った。
「イツキナ達、何しているのかしら…。壊れたロネントを直すとか言っていたら走り始めたわ…。」
「やだやだやだ~っ!イケガミ達が走り始めた~~っ!」
「でも、楽しそ~~っ、にゃっ!!」
アルとシアムは、嬉しそうにランナー達を見ていた。
「マ、マフメノ先輩…、だ、大丈夫かしら…。」
「あうん、マフメノ兄ちゃん、死にそうな顔している…。」
ツクとホスヰは、死に体で走っているマフメノを心配した。
そんな大団体のランナー達の先頭を走っていたロネントだったが、トラックを一周する頃、急速に速度が落ちてきて、やがて止まってしまった。
「あら、止まっちゃったっ!」
「お疲れっ!」
「お掃除のロネントだったのね~。」
「この子、可愛いわねっ!」
「ほんとっ!気に入っちゃったっ!」
ランナー達は、ロネントの背中をぽんと叩いたり、頭を撫でたりした。
すると、
"ア…リ…ガト"
と話す機能も無いはずだが、合成されたような声でお礼を言ったので、みんな驚きつつ感謝を言った。
「な~っ!お礼言ったわっ!」
「こちらこそっ!アリガトねっ!」
「あはは、楽しいロネントッ!」
「ありがと、ありがとっ!」
そして、ランナー達は、良くも分からず走っていたのもいたが、最後の凱旋が終わると同じ陸上で競い合ったことを互いに讃え始めた。
「あははっ!ナーカル校って楽しい人達っ!今日はありがとね~っ!」
「こちらこそ~~っ!また走りましょうねっ!」
「うんっ!うんっ!」
「最後に楽しかった~っ!」
「今日はありがとね~~~っ!」
「また、良い勝負しましょうっ!」
そんな大騒ぎの中、ロネントの目から輝きが消えた。
「はぁ…、はぁ…、ぜぇ…、ぜぇ…、く、苦しい…。
じゅ、充電切れ…みたいだね…、ぜぇ…、ぜぇ…。」
完全に運動不足だったマフメノが追いついて、そう言うと、
「あっ!」
ロネントが一瞬、大きく輝くと中から一人の少女が現れて、それが飛んで行くのがロウア達に分かった。
その輝きと少女が見えたのは、霊視能力を持つ、ロウア、シアム、そして、イツキナだけだった。
少女の姿は、妖精と同じような陸上選手の服を着た小さな女の子だった。
「えっ!な、何かが出来てきたっ!!ど、どこに行くんだ?」
ロウアが少女の行方を追うと、
「きゃっ!!」
少女が自分のところに飛んできたので、イツキナは驚いて目をつむってしまった。
<あらっ!イツキナが戻ったわっ!>
それを見た妖精は、同じように輝き出した。
その瞬間、妖精の前髪が揺れて、その顔が見えたのでロウアは驚いてしまった。
その顔がアマミルとそっくりだったからだった。
「えっ!!ア、アマミル先輩っ!?」
<…んじゃ、私も戻ろっとっ!>
そう言うと、妖精は、応援席からこちらを見ていた元の持ち主であるアマミルに戻っていった。
「な、なんだっ?!も、戻っていった…?妖精はアマミル先輩に…、清掃用ロネントは、イツキナ先輩に…?」
(んだよ、これは…。)
次にロウア達が驚いたのは、イツキナが二本足で立っていることだった。
「はっ!?」
(お、おいおい…。)
「あ、あれ、何か飛んできたから逃げたら立っちゃったっ!」
これには応援席のアマミルも驚愕した。
「イ、イツキナ~~~ッ!あ、あなたっ!!」
アマミルはそう叫ぶなり、なんとそのまま二階席から飛び降りてきた。
これを見てロウアは、
「なっ!!!何をしているんですか~~~っ!!」
と叫ぶなり、心に思ったままとっさに両腕でナーカル語を描きながらコトダマを唱えた。
<<ヰヰ・ケ・コ!>>
するとアマミルの落ちる速度は落ちて、無事地上に降りることが出来た。
だが、さすがに腰が抜けたように座り込んでしまった。
「アマミル先輩、あ、危ないじゃないですかっ!!」
ロウアはアマミルに駆け寄ると叱るようにそう言った。
「ご、ごめん…。イツキナを見たら飛んじゃってた…。」
「飛んじゃってたって…、むちゃくちゃだなぁ…。」
ロウアは頭を抱えたが、アマミルはイツキナを指差すと、
「そ、そんなことより、イツキナ、あなたっ!!」
と言った。
「てへっ!」
当のイツキナは、テへ顔で答えた。
「それやっちゃう?やっちゃうのっ?!
ち、違~~~うっ!!やってる場合じゃないでしょっ!あなた立ってるのよっ?!」
アマミルは立ち上がって、イツキナのそばに寄っていったので、イツキナもよろよろとだが何とか歩いてアマミルに近づいていった。
「ちょっとは歩けるわねっ!やったねっ!あわわ…。」
だが、すぐに力を失ってしまったのか、アマミルの方に倒れてしまい、そのまま友人に抱きかかえられてしまった。
「やったね、じゃないわよ…。バ、バカねっ!…グスッ…。」
すると、ナーカル校の選手達にも奇跡が起こった事が分かったのか、駆け寄るようにイツキナのところに集まって来た。
「イツキナッ!すごいじゃないっ!!あなた歩いたのよ?」
「すごいっ!すごいっ!」
「やったわっ!」
「きゃ~~っ!!」
「うぅぅ…。」
「わ~~~んっ!!」
他校の生徒達も目の前で起こった奇跡に驚愕せざるを得なかった。
「えっ、この子、歩けるようになったの?」
「う、うそでしょっ?!」
「車椅子の子が歩けるようになったって~~~っ!」
「すご~~~っ!」
「奇跡だ~~っ!」
応援席にいた部員達も、いつの間に競技場に降りてきていた。
「やだやだやだ~っ!やった~~~っ!」
「イツキナ先輩が立っています、にゃっ!」
「あうんっ!あうんっ!」
「シアムお姉ちゃん、先輩が、先輩がぁ~~っ、うわぁ~~~ん、嬉しいよぉ~っ!」
ナーカル校や、他校の生徒達が、みんな喜んだり、涙を流したり、イツキナの手を握ったり、抱きしめたりと、しっちゃかめっちゃかだった。
「み、みんな…ありがとう、ありがとうねっ!うぅぅ…。ありがとう…。」
大騒ぎの中心にいた少女は、不要となった車椅子の横でみんなに囲まれながら大泣きしていた。
その少女を囲んでいた友達も、同じ部の部員達も夕日に照らされながら大泣きしていた。
そして、燃料切れとなった清掃用のロネントは、どこか微笑んでいるようにも見えた。
落下速度を遅くするためのコトダマ
ヰ 風の如く上がれ
ヰ 強調
・
ケ 水の如く降りよ
・
コ 静かに止まれ




