いつもの日常
いつもの日常に戻りつつあったロウア達は、これまたいつものように部室に集まっていた。
変わったことと言えば、イツキナが車椅子に乗っていることぐらいで、彼女が動きやすいように部屋を少し片付けたぐらいだった。
みんなが集まった時に、ロウアは、マフメノ、ツク、そしてホスヰにも自分の素性を明かすことにした。
一通り説明すると、マフメノは、
「えぇ、君は本当はイケガミって言うのかい…?」
あり得ないと言った顔をしながら腕を組み始めた。
「うん…。」
「ええ、ちょっと…。」
ツクもマフメノの後ろで理解できずにいるようだった。
ホスヰは、
「あうん?え~っと、ロウアお兄ちゃんは、実は、イケガミお兄ちゃん??ほえ…。」
頭の上にはてなマークを付けていた。
「あはは…、そうだよね…、理解できないよね…。」
しばらく沈黙が続いた後、マフメノはため息をすると、
「はぁ~、…君って…。」
「ぼ、僕って…?」
ロウアは何か、酷いことでも言われるのかと思って身構えた。
「やっぱり稀少種だったんだねっ!!」
「き、稀少種だってっ?!」
ロウアは、マフメノの稀少種発言でずっこけてしまった。
「そ、それって動物と同じって事かな…。」
「稀少種だよっ!一万年の未来からやって来たんだろ?そんな人間いないっ!」
「そ、それはそうだろうけど…。」
「十年や百年じゃなくて、一万年後だろっ?信じられないっ!すごい、すごいっ!」
「と、取りあえず、信じてくれたのね…。あ、ありがとう…。」
ロウアは、部員達も含めて、みんな素直に受け入れてくれたのでありがたいなと思った。
「うんうん。だってそんなこと言って何の徳があるっていうんだよっ!
部活に復活したときは、記憶喪失だったけど、違ったんだろ?」
「う、うん…。」
「過去に飛んだから、この時代のことは分からなかった。納得できるじゃ無いかぁっ!
言葉だって上手く話せないこともあったしさっ!
そうだそうだっ!
未来世界は、どうなっているのか、すご~く気になるよっ!
一万年後はどうなっているだい?!」
ロウアは取りあえず、この時代との比較で21世紀はどうなっているかを説明した。
「…えぇ、何だって、車は地上を走っている?車輪で?嘘だろ?何で退化するのさ…。
は?ロネントは無い?えぇ…。
エーアイ?なんだい、それは?ふーん、人工知能?なるほどね…。
だけど、ロネントみたいな自立型は無い?
キーホートってのでツナクみたいなコンヒュータってのを操作する?
何だよそれ…、がっかりだよ…。」
マフメノは、どう聞いても退化したようにしか聞こえない未来世界にがっかりしたようだった。
「え…、あぁ、うん…。何でだろ…負けた気がする…。」
「未来では、君みたいな時間旅行が普通なのかと思ったのにっ!」
「ぼ、僕は普通じゃ無いんだって…。た、たまたまというか…。
…自分を普通じゃ無いって言うの抵抗があるんだけど…。」
「何だよ、つまらないなぁ。僕は未来は争いは無くなって、人類は宇宙にでも移住し始めているのかと思ったのに。」
「……。」
ロウアはマフメノの期待したような世界になっていない理由を知っていた。
明らかに、1万2千年後に、ムー大陸は存在しない。
ロウアは、ムー大陸がいずれ海に沈み行くのだろうと思っていた。
(だから、この高度な文明が消え去った後、人類は狩猟生活をするまでに生活レベルが低下する?)
だが、ロウアは、この文明の因子はアトランティス文明に引き継がれるのでは無いかと。
(そして、アトランティス文明も大陸と共に無くなり、ギリシャ文明、エジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明、マヤ文明につながる…。
人類は、繰り返し、繰り返し文明を起こし、最終的に科学万能な21世紀になり、安定した文明を手に入れる…。)
ロウアは、ムーで生活している人達の未来を考えると憂鬱になった。
(僕がいる時に、"それ"が起きなければ良いんだけど…。)
未来が分かっているのにどうにも出来ないもどかしさで苛立った。
(僕の力でどうにか出来ないのだろうか…。大陸が沈み行く原因…、それが分かれば…。)
「…ロウア?…ロウア?」
マフメノが急に黙り込んでしまったロウアに話しかけてきた。
「…ううん?あぁ、ごめん。」
「霊体とでも話していたというのかい?」
「ち、違うよ…。」
マフメノは、自分で話した霊体という言葉で、ロネント部で活動していた頃のロウアを思い出した。
「…霊体で思い出したけど、…ロウアは、死んでしまったんだよね…。」
「そうだね…。」
「お葬式はしたの?」
「やってない…。ん?」
ロウアは、魂のロウアからのメッセージを聞いた。
「"そんなのやらなくて良いぜ"、だって。」
「えっ?」
「ロウア君がそう言ってる。」
「はぁっ?!何だってっ?!ここにいるのかいっ?!ど、どこにっ?!
な、何か頭が重いんだけど、ここにいるの?!」
マフメノはそう言いながら辺りをキョロキョロとしたり、頭の辺りを触ったりした。
だが、もちろん、霊体となった昔の友達は見当たらなかった。
(趣味が悪いよ…。)
ロウアは、ため息をすると、マフメノの頭の上に座ってニヤニヤしている魂のロウアに言った。
「"天国なんて行かないで、こいつのそばにいるから葬式なんて要らないんだ"、って言ってる…。」
「こいつって、ロウア…?じゃなくて、イケガミさんか。」
「イ、イケガミさん?!…き、気持ち悪いよ、せめてイケガミで…。」
「そ、そうかぁ、イ、イケガミは、ロウアの姿も見えるんだよね?」
「うん…。」
「私も見えますっ!」
何故か、メイドのような姿で部屋を掃除しているシイリが自己主張した。
「ロウアさんは、マフメノさんの頭の上でどうだって顔をしています。ちょっとニヤっとしていますっ!」
「えぇ、僕の頭の上かい…?どうりで頭が…って、何で頭の上にいるんだよっ!ロウアッ!」
「あははって笑いながら降りましたっ!」
シイリが、ロウアの動きを説明しているので、ロウアは苦笑いした。
ここまで聞いていた、ツクとホスヰは
「マ、マフメノ先輩、ちょっと怖いですぅ…。」
「あうん、私もこわいよぉ…。」
と身体を震わせて言った。
「あぁ、ごめんね。」
すると、横でおしゃべりしていたアルも割り込んできた。
「イケガミィ、霊の魔法を使うのだよっ!」
「う~ん、お勧めしないなぁ…。霊体が見えるのって気持ち悪くない…?」
アルは、コトダマで霊体が見えるようにすれば良いと提案したが、ロウアはどうしても気が進まなかった。
「えっ!そんなこと出来るのっ?!」
それを聞いてマフメノは興味津々だった。
「…ふぇ…。」
「あうん?み、見えちゃうの?」
だが、ツクとホスヰは未だ怖がっている。
「やってよっ!イケガミッ!お願いっ!!」
マフメノは懇願したので、ロウアは仕方なくやることにした。
「う~ん、ツクとホスヰは、怖いよね…。部屋から出ていた方が良いよ。」
ロウアは怖がっている二人に気を遣ったが、
「だ、大丈夫ですっ!マフメノ先輩がいるからっ!」
「ロウアお兄ちゃんがいるから平気だもんっ!」
気丈に振る舞っているようにしか見えなかった。
「や、やるよ…。二人は、怖かったら目をつむってね。」
「は、はい…。ゴクリ…。」
「あうんっ!」
ロウアは両手で空を切りながら、コトダマを唱えた。
<<ワ・キ・ヘ・キ・ミル!>>
「わっ!あぁ、コトダマとか言う魔法…、おぉっ?!」
するとマフメノにも旧友の姿が見え始めた。
魂のロウアは、右手を挙げて、
<よっ!マフメノ、久しぶりだなっ!>
とマフメノに適当な挨拶をした。
「ななっ!すごいっ!すごいっ!ロ、ロウア…。君は、本当に死んじゃったぁ…。」
だが、マフメノは急に涙ぐみ始めてしまった。
<おいおい、泣くなよっ!俺はこの通り元気だぜ?>
「ロウアァァァ、元気っていうのぉ…?それって…。」
そんなマフメノとは別に、
「あっ、ロウアだ。服装はいつも同じだね。」
「ロウア君、久しぶりぃ~、にゃ!」
アルとシアムは、慣れたように挨拶をした。
<うっさいわ。服は勝手に着ているんだって。お前らみたいに汚れないから、これで良いんだよっ!>
ロウアは自分の服を掴みながらそう言った。
アマミルとイツキナもコトダマの効果があったのか、魂のロウアに気づいた。
「あっ、ロウア君の本体だっ!こんにちはっ!」
「いつ見ても不思議ね…。」
<イツキナ、相変わらず腹の立つ言い方しやがって…。>
ロウアはイツキナの自分の呼び方にイラッとしたが、怖がっているツクを見ると、
<ツクだっけか?ういっす。怖がるなよ。みんなそのうち、こんな風になるんだ。>
と声をかけた。
「は、はい…。(ブルブル…。)」
「マフメノのやつは、人付き合いが下手くそだからヨロシクな。」
「えっ!(ボッ)」
ツクは顔を真っ赤にした。
逆にホスヰは、あっけらかんとしてロウアを見つめると指を指して、
「わぁ、ロウアお兄ちゃんが二人だぁっ!」
と嬉しそうに言った。
<ホスヰは、怖くないのか。お前に取り憑いていた悪魔を追っ払う時にこいつと一緒だったんだぜ?>
「ふぇ、そうだったんだぁ。ありがとうっ!」
「おぉ、そんな事件がっ!」
イツキナが驚くと、
「その後、私とシアムが乗り込んだんだよね。」
アルがそう言って、
「そうだね。あの時は怒ったぞぉ~。」
シアムも続いた。
「あは…、あはは…。」
ロウアは、ホスヰに取り憑いた悪魔を除霊するために、ホスヰの部屋に忍び込んだ。
丁度、ロウアがホスヰの背中を支えていたところに、アルとシアムが飛び込んできたのだった。
あの頃、ロウアは言葉も上手く話せず、身振り手振りで言い訳をしたのだった。
「み、みんな冷静だなぁ…。」
マフメノは、霊体を見て驚きもしないみんなに驚愕していた。
「あはっ!!私も一時期、身体から抜けていたからなぁっ!!」
イツキナは楽しそうに言った。
「えっ、イツキナ先輩も?そうか、だから身体が取られちゃったのかぁ…。」
マフメノはイツキナの身体が乗っ取られた話を思い出した。
やがて徐々に、ロウアが薄く見えなくなってきた。
「あっ、ロウアが見えなくなっていく…。」
<そっか、魔法切れか。んじゃ、またなっ!>
マフメノは、少し寂しそうに手を振るだけだった。
やがて見えなくなると、
「…魂って本当にあるんだね…。」
久々に出会った旧友の姿に安心もしたが、寂しくもなった。
「…そこにいるんだ。そうだよね…。」
マフメノは自分にそう言い聞かせるようにつぶやいた。




