悪の正当性
エメは、メメに連れられてオケヨトの部屋に案内された。
「…あなた、この部屋の位置を知っているみたいに動くのね。」
メメは、エメがあまりにスムーズに付いてきたり、時には先に動いたりしたので、不思議に思った。
「えっ!そ、そうですか。さ、先に図書館でここについて調べたからかなぁ…、あはは…。」
「怪しいなぁ。孤児院の内部構造まで書いてある資料なんて本当にあったの?」
「あ、ありましたよ…。」
「ホントにぃ…?タ・オケヨトに変な事しないでね…。」
「し、しません…。」
「う~ん。」
メメがいぶかしがっていると、
「タ・メメ、大丈夫ですよ…、連れてきてくれてありがとう。」
と部屋の中から年老いた声が聞こえてきた。
その声は、霊体で聞こえていた声とは違っていたからかもしれないが、エメの心に何かが差し込まれたような気がした。
「い、いえ…。君…、本当に変な事しないでね…。」
「も、もちろんですよ…。あはは…。」
エメは、ナナが開けた扉から部屋に入った。
その部屋は、ピーンとした空気に包まれていて、その空気は、不思議な事にエメの不安な気持ちをすぐに落ち着かせた。
次にエメは、ベッドの上でこちらをじっと見つめる老人に釘付けになった。
その老人の背中にある窓から差し込む光は天国から射してくる、それであるかのようだった。
「こんにちは。」
老人が、そう挨拶をすると、エメはその透き通る声に何故か少したじろいた。
「こ、こんにちは。わ、私は、イ、イツキナと…申します。
ムー大陸の中央にあるナーカル高校に通っています。」
エメがそこまで話すと、
「ふふっ、立ったままでは大変でしょう。そこに座って下さい。」
オケヨトは、ベットのそばに置いてあった椅子に座るようエメを促した。
エメが椅子に座ると、おばさんに会いに来た孫にしか見えなかった。
「わ、私は、その…、エメの事件について自由研究の課題としていまして、えっと…、図書館で調べているときに、タ・オケヨトのお名前が出てきました。
タ・オケヨトは、エメと親しかったと記述があり、そ、その…、エメの事について伺いたくて来ました…。」
老人は、エメに少し微笑むと、
「エメについて…?そう…、エメについて調べているのね。」
「は、はい、か、彼はどのような方だったのでしょうか?
神官組織を転覆させてようとした彼について…、その…」
エメは、こんな事聞いてどんな意味があるんだろうかと思ったが、オケヨトは、少し首を傾けてから、目線を少し上を向けて何かを思い出そうとしているようだった。
「…そうね、自分というものを強く持っている人だったわ…。
とても強くてとてもカッコよくて…。
私はあの人のようになれなかったわ…。気が弱くて…、とても弱くて…ね。
私は男なのよ、そうは見えないでしょうけど、ふふふ…。」
「……。」
「私はね、彼を尊敬していたのよ、とてもね。
だって、私が持っていないものをたくさんもっていたから。」
「尊敬…?尊敬ですか…?か、彼は大悪党と呼ばれていますが…。」
エメは、オケヨトの自分を尊敬していたという言葉を聞いて驚いた。
そんなこと一度も聞いたことが無かったからだった。
「そうね、世間ではそう言われているわね。
だけどね、あの頃はロネントで世の中が混乱していたから、仕方なかったのよ…。」
「……。」
「エメはね、ロネントで不運に見舞われた人たちを救おうとしたのよ。」
「…す、救おうと…。」
「そう…。
彼は沢山の人を救おうとしたの…。
初めは孤児院の子ども達を…。あの頃は食事にも困ってしまっていたわ…。
それなのに、あっという間に解決してしまった…。
それから、ロネントでお仕事を失って人達のために、一生懸命ね…、一生懸命…、彼らの気持ちになって考えて上げたの…。」
「……。」
「だけど…、最後には、あんな結果になってしまったわ…。」
「は、はい…、か、彼は失敗しました…と思います。
そ、それでも、多くの人を救えたのでしょうか…?」
「…もちろんよ。
エメが刑に服してから、神官組織の考え方が変わったもの…。
ロネントの製造は押さえられて、社会の仕組みを整理する人達が現れたの…。
多分、教科書には、載っていないと思うけど…。」
「…彼は、彼は、頑張ったのでしょうか?孤児院のために、虐げられた人達のために…。」
自分のやったことの正当性、そんなものはあったのかどうか、エメは、もう一度、聞かざるを得なかった。
「もちろん…、もちろんよ…。」
「本当に?本当に?本当ですか…?彼は…、彼は…。」
「ええ、そうよ、エメ…。君はみんなのために頑張った…。」
オケヨトはそう言いながら、少女の中にいるエメに笑顔を投げかけた。
その瞬間、エメに溜まっていたものが一気に溢れた。
「あぁ、あぁ、オケヨトォォッ!
俺は…、俺はやり過ぎたんだ…。ごめんよ…。ごめんよぉぉぉ…。」
エメはそう言いながら、オケヨトの膝に頭を落として涙を流した。
「エメ…、私だって君を裏切ってしまった…。私の方こそ、ごめんなさい…。」
エメはオケヨトを見つめた。
「そんなことっ!」
「ラ・ムー様をどうしても裏切れなかったから…。
ううん、それは言い訳だって分かっている…。
私は君を…売ってしまった…、それが事実…。」
「ち、違うっ!お前は正しかったんだっ!!
欲望のまま暴走した俺がいけなかったんだっ!!」
「エメ…、だけど、君は最後に親友だって言ってくれた…。
あの言葉が、どれだけ私を救ってくれたか…、ウゥゥゥゥ…。」
「…オケヨト、俺はお前と一緒にいれて良かった。あの頃の俺は輝いていたっ!
なのに…、なのにっ!」
エメは悔しさのあまり、拳を強く握りしめた
「エメ…、私も一緒…。君がいてくれて良かった…。」
「あぁぁ、オケヨトォォォッ!ウワァァァッッッ!」
エメは再び、オケヨトの膝に頭を埋めた。
二人の涙と叫び声は、光の射す部屋にいつまでもこだましていた。
「うぅぅ…。」
「…君は誰かの身体を借りたんだね…。」
「うん…。」
「全く…、君はいつも奇想天外…。だけど、その身体は持ち主に返さないとね…。」
「うん…。」
「ほら、持ち主のお友達がやって来たわ…。」
オケヨトが、そう言った時、部屋の扉を激しく開き、今にも殴ってきそうな少女が現れた。




