タ・オケヨト
エメは、何とか自動運転の車を呼び出すことに成功し、自分のいた孤児院に到着した。
車から降りると、霊体だった頃とは感じ得なかった草木の匂いや、庭で遊び回っている子ども達の大きな声が五感を通して響いてきた。
(ちっ、生きていた頃を思い出させる…。
あの頃は気づかなかったが、独特の匂いってあったんだな…。
ガキ共の声もあの頃はうるさいとしか思わなかったが…。)
エメは懐かしさを感じて、しばらく立ち尽くしてしまったが、はっと我に戻り、入口で掃除をしている猫族の女性に声をかけた。
「こ、こんにちは…。タ・メメさん…。」
メメは、どこの誰とも分からない少女に声をかけられて驚いてしまった。
「えっ!こ、こんにちは…?あぁ、あれ、ど、どなたですか?どうして私の名前を…?」
声をかけた当のエメは、しまったと思い、
「あ、え、えっと、そ、その、名札に書いてあったから…。」
と、とっさに誤魔化した。
「あら、胸の名札を呼んだのね。ビックリしちゃった。
でも、よく慈愛部所属って分かったわね…。」
メメは、少女が"タ"を付けて自分を呼んだので慈愛部所属という事まで把握した少女をいぶかしがった。
「えっ、その孤児院にいらっしゃるから、慈愛部なのかな~って。あはは…。」
「うう~ん。鋭いわね~。」
彼女の名前は、メメ、あの猫族のミミの孫で顔もそっくりだった。
結局、ミミは、エメのクーデターでは罪には問われず、そのまま孤児院で働き続けた。
やがて、孤児院の入り用を頼んでいた業者の男性と知り合って結婚することが出来た。
二人の子どもにも恵まれ、その一人の長女からメメは生まれた。
メメは、ミミと同じように慈愛部の神官となり、祖母と同じ孤児院の神官となった。
エメは、オケヨトに付きまとったため一部始終を知っていて、思わず名前で呼んでしまったのだった。
「え、えっと、オケ…ヨト、じゃない…、タ・オケヨトは、いますか?」
目的であるオケヨトがいるかどうか確認した。
オケヨトも慈愛部の神官となっていたので、敬称となる"タ"を付けて呼んだ。
「タ・オケヨトに会いに来てくれたのね。ありがとう。
でも、あなたどうして、タ・オケヨトを知っているの?
その制服って、ナーカル校のよね?
ってことは、ここの卒業生ってわけでもなさそうだし…。
あんな都会から、こんな田舎に来るなんて…。」
「あ、あの…、う~ん。考えてこなかった…。
じゃなくて…、そう、そうそう、取材です。学校の取材で来ましたっ!」
「あぁ、取材ね。もしかして、エメ関連で?」
「そ、そ、そうです。あの天下の大悪党を研究していまして…。」
エメはそう言いながら自分で何を言っているのだろうかと思った。
「う~ん、やっぱりね~、多いのよね~。
大悪党かぁ、でも私の亡くなったお婆ちゃんは、彼に感謝していたわよ。
自分をタ・オケヨトと一緒に助けれてくれったってね。」
「…そ、そうですか。良い情報を得られました…。あは…、あはは…。」
エメは、思わぬところで褒められたので、焦ってしまった。
「この孤児院もエメが関係ないって言ったから何とか続けてこれたらしいわよ。」
「そ、そうですか。なるほど~っ!」
適当に相打ちしながら、裁判などで自分が証言した内容を聞かされて、ずっこけそうになった。
(な、何だこりゃ…。)
「でもね、いくらお元気とはいっても、タ・オケヨトも110歳を超えられてお身体も限界なのよ…。
う~ん、ちょっと待ってね。聞いてみるから。」
「は、はい。」
メメは、エメの返事を聞くと孤児院に入っていった。
「ねぇ、お姉ちゃん、タァ・オケヨトに会いに来たのぉ~?」
すると、遊び相手のいなくなった子供の一人が、エメに話しかけて来た。
「そうだよ。タ・オケヨトは、どんな人?」
「うんとね、やさしいよぉ~。」
「わたしね、タ・オケヨト、大好き~っ!!」
「この前ねぇ、しょくぶつのそだてかた教えてくれたのぉ~~っ!!」
「えほんをよんでくれるよぉ~。」
「かみさまについてもおしえてくれるのぉ~っ!」
「わたしね、わたしね、えっとね、てをつないでくれるからすき~。」
「そ、そうかぁ。みんなありがとね。」
怒濤のように子ども達からオケヨトについて回答が返ってきたので、収集が付かなくなってしまった。
エメが困り果てた頃、メメが戻って来た。
「あら、子ども達の相手をしてくれたのね。ありがとうね。
…君って、子ども好きなのかしら。」
「い、いや…。その…、慣れているというか、何というか…。」
「慣れてる…?ご兄弟が多いのかな…?今時珍しいわね。
そうだ、そんなに子ども好きなら、ここのお仕事なんてどうかしら?」
「えっ!えぇっと…。」
エメは、また孤児院で働くなんて御免被りたいと思った。
「ごめん、ごめん。仕事なんて未だ早いよね。ふふっ。
えっとね、聞いてみたら大丈夫だって。
だけど、面会は30分ぐらいにしてくれる?これは私からのお願い。
さっきも言ったけど、お疲れみたいで、この前まで入院されていたし…。」
「分かりました。注意します。」
「お願いね、じゃぁ、どうぞ。」
エメは、孤児院の奥にあるオケヨトの部屋に案内された。




