湯気に紛れて
イツキナの身体を奪ったエメは、その身体を使って西側のオケヨトの入院している病院を目指した。
だが、その途中で自分が患者衣のままでいることに気づいた。
(う~ん、このままだと目立ちすぎるわ…。それに臭いわね…。)
下水道を通ってきたため、患者衣に臭いがしみこんでいた。
(だけど、臭いがするって素敵っ!肉体持った証拠だわ。)
エメは酷い臭いに包まれていたが、生きている喜びに震えた。
しかし、このままでは活動に支障を来すと思い、仕方なく、エメはナーカル校の寮を目指した。
(あそこなら、お風呂と服があるはずっ!)
エメはツナクトノを使ったタクシーを呼び出す方法も分からず、ひたすら走ってナーカル校の寮を目指した。
到着することには、すっかり日も暮れていた。
「はぁ、はぁ…、こ、ここね…。さすがに疲れた…。」
エメはそのまま寮に入ろうとしたが、入口にいる管理ロネントに止められてしまった。
「アナタ…、どなた…?不法侵入の可能性アリ。」
「違うわっ!わ、私は、イツキナ…です。」
エメは慌てて自分はイツキナであると主張し、腕に巻かれたツナクトノを証拠として提示した。
「イツキナ…?イツキナ…、イツ…キナ…。」
ロネントは何かを検索し終わると、
「ツナクトノ照合一致。ドウゾ。」
エメの入寮を許してしまった。
次に待っていたのは、同じ寮に住んでいる生徒達だった。
「イ、イツキナッ?!」
「治ったのねっ!」
「あ、あれ、でも病院から戻ったばかりなの?」
「ほんとだ~、それって患者衣よね??」
「あ、あれ…、言いにくいけど、臭いわよ…、どうしたの?」
寮生達は、イツキナを見つめたり、驚いた顔をしていたり、その匂いで鼻をつまんだりしていた。
ナーカル校の寮では、長期に出かけたり、実家に戻ったりする人が分かるように、ツナク上の掲示板に情報が出ていた。
その情報には、もちろん、動かない身体の治療とは記載していないで、何かの治療で入院しているとだけ記載してあった。
つまり、寮生達からすれば、いつものイツキナが病院から戻ってきたのを目撃したに過ぎない。
「えっ、い、いや…。」
エメは当然困り果ててしまった時、食道から良い匂いが漂ってきた。
(グゥ~~。)
エメは自分が食事を取っていないことに今更ながら気づいた。
(そ、そうか…。お腹が空いているんだ…。はぁ~。
すっかり忘れていたわね、身体を持つってこういうこと…。)
だが、同時に生き返ったという実感が沸いてきて、飛び上がりたいほど嬉しくなった。
「あはは、イツキナったらっ!」
「ご飯用意しておくから、着替えて来なよっ!」
「う~ん、その前にお風呂かな…。」
「そ、そうね、女子の臭いじゃ無いわ…。」
無論、エメは風呂場の位置は把握していなくて困惑した。
仕方なく、
「う、うん。あ、あの…。お風呂って、ど、どこに…。」
と聞くと、さすがに大笑いされてしまった。
「ぷっ!変な子っ!」
「いつも入っているじゃないっ!」
「え、えっと、そう、そう、治療のせいで記憶が少し薄れてしまって…。」
苦し紛れの言い訳だったが、寮生達は
「えっ!そうだったの?!」
「酷い病気だったのね…。」
「あぁ、笑ってしまってごめんなさいね。」
「案内するね。」
(チョロい…。でも助かったわ…。)
エメは案内された風呂の脱衣所で裸になり、浴室に入った。
浴室は、十名以上が入ることの出来るような巨大なものであり、その雰囲気から懐かしさに言葉を失った。
「……。」
洗い場や、湯船には何人か入っていて、素っ裸で口をポカンとしているイツキナに自然と注目が集まった。
普段は会話をしないような女生徒達も、声をかけてしまうぐらいだった。
「ふふふっ。」
「どうしたの、イツキナ…さん。お風呂を見るのが始めてって顔しているのね。」
後輩達もイツキナについて、わいわいとしていた。
「イツキナ先輩ってこんな人だったっけ?」
「ご迷惑少女組って…。」
「しっ!」
「でも、今の先輩は話しやすいかもっ!」
イツキナは我に返ると、臭いを消そうとそそくさと洗い場に向かった。
洗い場には、シャワーがあり、お湯を溜める桶が置いてあった。
だが、石けんが無く、代わりに小さな薬の瓶が置いてあった。
エメはどうして良いのか分からず、薬瓶から何錠か取り出して手で触るとそれがふわふわと石けんのように泡出し始めた。
「お、おぉっ!!」
エメの時にも、來帆の時にも見たことの無い石けんだったが、その泡がとどまることも無く広がり始めて、やがてエメは泡の中に包み込まれてしまった。
それに驚いたのは、一緒に風呂に入っていた寮生達だった。
「キャーッ!!!」
「イ、イツキナッ!何しているのっ!!」
「せ、先輩、石けんを使いすぎですっ!!」
慌てて寮生達で一斉にシャワーをかけて石けんを洗い流した。
すると、驚いて何も出来ずにいたエメが現れてきた。
エメは自分で何をしたのか、わけも分からず、驚きの表情のまま、
「ぶはっ…。」
と口からも泡を飛ばしたので、皆一斉に笑い出した。
「ぷっ、あははっ!!」
「クククッ、ご、ごめんなさい…。」
「せ、先輩ったらっ!!アハハハッ!」
「石けんは一粒で良いんですよっ!」
エメはそんなこと知るかよと思ったが、身体中が綺麗になっているが分かった。
そして、湯船につかりながら、全身の力が抜けていくのを感じた。
(はぁ~、孤児院の風呂を思い出す…。こんな風にみんなで楽しく…。
ガキ共は大騒ぎして、それをオケヨトが静止して…。
…オケ…ヨト…。)
いつの間にかエメの目から涙がこぼれていたが、その涙は風呂の湯気で隠れて誰も気づかなかった。




