嫉妬の果てに
引き続き、少し振り返りながら、エメの動きを探ろう。
ロウア達は、イツキナの本当の姿を見たとき衝撃を受けたが、部員達は彼女を介抱することを決定した。
部員達のやさしさによって、全身麻痺だったイツキナ身体は奇跡的に上半身を何とか動かせるところまで回復した。
ロネントの力を使って何とか自我力で生活しようと思っていたイツキナだったが、部員達の優しさ、愛は、彼女の心を動かすのに十分な何かを与えた。
その何かは、損傷した脊髄のため、どうしても動かなかった下半身の再生治療を決意させた。
太陽からの霊エネルギーを患部に照射して回復させる再生治療は、その力を十分に発揮させるため、予め塗り薬を患部に塗ってから照射する。
だが、その薬は、神経に直接作用するものだったため、強烈な痛みを伴わせ、身体は正常に再生されるが、その前に激痛で精神をおかしくさせてしまう劇薬だった。
イツキナが初めてこの危険な治療を行ったとき、痛みに耐えるイツキナをエメは見つめると、ニヤリとし、
(ははっ!ざまあみろだっ!!この痛みに耐える顔っ!!たまらないっ!!!)
と自分をムーに送り込んだ愛那と重ねて罵詈雑言を吐いた。
だがしかし、それに見かねたロウアは、コトダマを使って、イツキナの肉体と身体を分離させて、痛みを消しまう。
実際には身体は痛みを全身に伝えていたのだが、それを受け入れる魂を分離させたので、苦しまずにすんだのだった。
(ちっ!なんだよ、勝手なことをっ!!)
エメはそう思うのと同時に、悪魔らしい身勝手な閃きがあった。
(あぁ、そうか…、そうか、そうかっ!
良いことを思いついたぞっ!!
あの身体…。俺のものにしてやろうっ!
イツキナって奴は肉体と魂を切り離した状態になっているから、そこを狙ってやるっ!
俺の…、私の…、人生を取り戻すんだっ!!
愛那は私をこんな世界に送り込んだ張本人だから、身体を奪われたって文句なんて言えるわけが無いっ!!)
來帆だった頃に愛那を虐めた事を忘れ、自分に都合良く解釈したエメは、イツキナの身体を奪うことを決意した。
(へ、へへ…っ、だが、今は駄目だ…。今のイツキナの身体では駄目だ…。
池上さんの、池上の力で治った身体を奪うんだ。
だけど、池上のこの力…。
そうか、あの時、小さな子や、十二単の子も消えていった…。
あの時もこの力を使ったのか…。
…なんなんだ、この人は…。)
エメは、何度かイツキナの治療を見ていたが、すでに回復しているのでは無いかと思うことがあった。
イツキナの下半身が一瞬だけ動いたのを見たからだった。
だが、確信が無かったので、奪う行動までの決意には至らなかった。
そうこうしているうちに、エメは、ロウアがアマミルと仲良くするのを見てしまう。
池上に助けてもらったあの日に思った甘い恋心が一瞬戻り、そして、二人への嫉妬の心が芽生えてくる。
(はんっ!!青春ごっこしやがってっ!!くそっ、無性に腹が立つっ!)
エメは二人を見れば見るほど、嫉妬と怒りの気持ちがこみ上げてきて、半ば衝動的にイツキナの身体を奪うことにした。
<<ワ・キタ・キト・ンホホ!>>
エメは、ロウアが魂を肉体に戻すためのコトダマを唱えた時、
(今だっ!!!)
そのコトダマの力を利用した。
コトダマの力でイツキナの身体から何かを掴もうとする光が現れ、エメはそれを両手で掴む。
その瞬間、エメは、自分の頭と足の両方に強く引っ張られていくのを感じ、完全に引きちぎられると思った時、目が覚めて身体が重くなったのを感じた。
エメは、目を見開いた後、自分の両手を見つめて自由に動くのを確かめた。
そして、イツキナの身体を奪ったことに成功したのを実感した。
下半身も自由に動くのを確かめると、
(あははっ!!ちゃんと動くじゃ無いかっ!再生治療様々だねっ!!)
ベットの上に立ち、驚いた顔をしているロウア、カウラ、そして、腰を抜かしているアマミルを流れるように見つめた。
「し、しまったっ!!お前は誰だっ!」
ロウアは、霊体となったイツキナが身体に戻っていないのを確認すると、目の前のベットの上で立っているイツキナを睨んだ。
「やだなぁ、イツキナよ!」
エメは自分でも白々しいと思ったが、憎らしげに言い放った。
(声も出る…。あははっ!!この声は、私の声か…?)
その声は、イツキナの声と重なっているように感じた。
「違うっ!お前は誰だっ!すぐに身体から出て行くんだっ!」
「ふん、これは私の身体っ!身体、身体、身体っ!!やったわっ!!!
あの子にそっくりで気持ちが悪いけど、まあいいやっ!」
それは、男性としてのエメ、そして、女性としての來帆の入り交じった声だった。
「日本語を話すあなた…。
あまりに久々に聞いたからあの時は気づかなかったけど、そうかあなたもあの災害に巻き込まれた人だったのね。」
エメは老体となったオケヨトのそばで初めてロウアの日本語を聞いた時の印象を語り、ショックを与えようとした。
「えっ?!」
案の定、ロウアが驚くと、エメは、その隙を狙って病院の窓から逃げて行った。
「あっ!し、しまったっ!」
エメは、窓の外から自分を探しているロウアを後ろに見ると、そのまま肉体を持った感覚を取り戻しながら、予め調べておいた下水道に降りるための入口に潜り、そのまま逃げていった。
「やった、やったっ!!!身体を奪ったぞっ!!!」
その身体は、エメではなく、石川來帆だった時の感覚と同じだった。
「そうさ、俺は…、私は…、元々女なんだっ!この身体がしっくりくるっ!!」
エメは歓喜のまま、下水道の暗い道に消えていった。




