開廷
ムー文明では、三権分立は存在していたが、それぞれが互いを監視するという考えではなかった。
三権にあたる立法、行政、司法は、全て神官組織に所属している部署が担当していた。
立法にあたる部署である法務部は、ラ・ムーの説いた神の法を人間社会で活かすための具体的な方策を練る部署となっていて、後述する他の行政、司法の部署よりも絶対的な高い権力を持っていた。
行政にあたる部署は、国政部が担っていて、その中は、政治部、経済部などのいくつかの部署に分かれていて、国政部からの方針に合わせた具体的な政策を担っていた。
なお、ロウアの兄であるカウラが所属していた科学部は、国政部に所属していた。
法務部、国政部と並ぶ部署に司法部があり、その配下に審判部が存在し、国民の訴えなどを受け付けたり、国民同士の問題を解決したりするために存在していた。
他には、現在のような第四権力と呼ばれるマスメディアも存在したが、民間組織として存在していた。
このマスメディアは、ツナク上で思い思いの考えを発言したり、日々のニュースなどをあつかっていたりしたが、法務部やラ・ムーの説いた法を否定するような発言は許されなかった。
つまり、ラ・ムーの説いた法が中心となって築かれているのがムー文明だった。
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ムー文明における裁判は、我々のような裁判所に行われる裁判とは異なっていた。
裁判官、検察官、弁護人にあたる人達は、もちろんいたが、その裁判はツナク上のバーチャル空間に出来た裁判所で行われた。
審判部は、あくまで調整的な位置を担っていて、裁判官にあたる人間は法務部から選出された。
前述したように裁判所はバーチャル空間に存在するため、我々からは信じられないかもしれないが、自宅で裁判を受けることもできた。
エメの場合は、すでに軍部に逮捕されたような状態だったので、留置所のような何も無い部屋で裁判を受けた。
審議の中心は、エメがムー文明の転覆を狙ったのか、それとも、被告人であるエメが主張するように、不当なロネントの配備によって仕事を失った人々について訴えに来ただけなのかどうかということだった。
この裁判は、ツナクを通じて全国に配信されていた。
謂わば傍聴席がオープンな状態で、バーチャル空間に集まった人々は、裁判の開廷を今か今かと待っていた。
なお、その聴衆者達の声も裁判の記録に残ったが、判決の材料にはされず、あくまで参考意見として収集されるだけだった。
ただし、発言内容は、発言者のIDと共に記録されるため、現在の掲示板のような無責任な発言が出来なかった。特にこのエメの襲撃事件は、大陸中で大きな話題となっていたので、うっかり変な事を発言すれば全国から叩かれかねなかった。
裁判空間には、法務部から選出された神官が三名と、検察となる司法部の保安部から二名、そして、弁護人が一名、そして、被告人であるエメが、ツナクを通じで仮想的な姿で現れた。
第一声は裁判官からだった。
「ムー女王襲撃事件について開廷する。この場にいる全員がラ・ムー様に誓って嘘偽り無く発言する事。」
その荘厳な声は法廷中に響き渡った。
すると、参加者達は各自合唱してお辞儀をして天にいるラ・ムーにその約束を誓った。
「まずは検察側から報告をお願いする。」
「はい。」
検察の誠実そうな声が同じように法廷に響くと、
「まず、エメ被告ですが、彼がムー女王の殺害を狙ったのは確実です。」
「断定しないで頂きたい。」
検察の声を遮ったのは、弁護士では無く、エメ自身だった。
弁護士以外にも本人の人権尊重するため、被告人の発言も許されていた。
「検察がそう思う根拠はどこにあるのか?」
裁判官がそう促すと、検察は言葉を続けた。
「我々の調査では、エメ被告の部隊が、すでに半年も前から周到に準備していることが分かっています。
彼はまず、神殿の地図を入手しています。
そして、我々の領地であるアトランティスから大量の武器を購入しています。
その資金は、ちまたで有名になっている燃える水と部屋を暖める道具であるストウフの販売です。」
検察がエメの事について発言すると、ツナク上には彼を断罪しろという発言と、エメを庇護する発言が入り乱れた。
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"こいつはムーを壊すつもりだ。"
"断罪されて当然だ。"
"エメは俺達を守る為に働いたんだ。"
"そうだ。エメは俺達の勇者だ。彼を守れ。"
"破滅を望む者に神の鉄槌を。"
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検察は発言には目もくれず、エメに質問を投げた。
「エメさん、君はどうやって地図を手に入れたのか。」
「……。」
「エメ被告、この場で沈黙は許されない。ツナクに思いを表示させることも出来るが、それを望むか。」
裁判官が、ツナクのシステムによって心に思ったことをそのまま表示させることを示唆した。
ツナクによって思いがダイレクトにSNSのように使えるため、その思いを強制的に見ることが出来たが、神が与えた言葉を使うことを優先して、それは行わないことになっていた。
「…その地図は、友人から借りた。」
エメは、渋々と発言すると、その曖昧な答えを検察が鋭く指摘した。
「その友人とは具体的に誰か。」
「…それは神官組織のトウミだ。」
被告の協力者として神官組織の名前が出たので、ツナクは騒然とした。
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"神官組織にも我々の味方がいたぞ。"
"そいつも死刑にしろ。"
"神官のくせに悪党の味方をするなんて許せない。"
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「君は借りたと言ったが、奪った、盗んだの間違いでは無いのか?」
「違う、借りたんだ。新年の酒を届ける場所を教えてもらうために借りた。」
「トウミ君、そうなのか。」
予め証人として呼ばれていたトウミは、
「違いますっ!!私は貸していないっ!貸すわけが無い。わ、私では無いっ!!」
と言い訳がましく発言したが、これは完全な嘘では無く、実際にはエメ商会の裏組織が別の人物から賄賂でもらったものだった。
「トウミは嘘だと言っているが?」
「嘘では無い。私は実際に借りただけだから。
確かに返す日が長引いてしまったのは、申し訳なかった。」
「エ、エメ君…、君って奴はっ!!僕を陥れるつもり…」
トウミの怒りに満ちた声が響いたが、話している途中で切れてしまった。
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"トウミw発言させてもらえずw"
"あいつは嘘くさかった。"
"神官なんてどいつもこいつも信じられない。"
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「次にアトランティスから大量の武器を購入しているが、神殿を襲撃するためだな?
地下の警備室のロネントが、エメ被告の組織による襲撃で破壊されている。」
実際にアトランティスの拳銃を所持していた裏組織の部隊が捕まったため、この検察の指摘は、さすがに誤魔化しようが無かったが、
「それは知らない。警備室で何があったのか、私の知るところでは無い。
単にムー女王のお部屋を訪れただけだった。」
とエメは言い切った。
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"こいつは大嘘つきだ。"
"相手がロネントじゃなかったら殺人者だ。"
"エメは殺人者。死刑確定。"
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「知らないだとっ?!実際にお前の仲間だろうがっ!!」
「知らない、そんな奴らは知らない。我がエメ商会にはそんな社員はいない。
我が社の者に確認すれば良い。」
「バカなっ!彼らは君の裏組織部隊だということが分かっているっ!」
「裏組織とは何のことだ。私はそんな組織知らない。
捕まったという人間は、私の組織にいたと言ったのか?」
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"言い切った。"
"悪党とはこいつのことを言う。"
"死刑にすべきだ。"
"検察は裏部隊とのつながりを示せ。"
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「そ、それは…。」
エメの開き直りに検察もうろたえた。
地下の警備室を襲撃したエメの裏組織部隊は、予め決めていた通り、捕まってから一切発言していなかったからだった。
エメはそのまま続けた。
「俺は、ムーの女王にロネントによる国民の疲弊ぶりを訴えに行っただけだ。
確かにやり方は悪かったかもしれないが、直接訴えるために、この方法しか採れなかった。
神官組織は、我々国民が不当なロネントの配置によって、仕事を奪われ、困窮している事実を知って欲しい。」
エメは、ぬけぬけと言った。
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"そうだ、そうだ。俺達の仕事を返せ。"
"ロネントを作った神官組織は俺達に謝れ。"
"神官組織が作ったロネントこそ悪だ。"
"ロネントを使っている奴らを死刑にしろ。"
"エメは正しい、こいつが俺達を救ってくれる。"
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「女王の間で拳銃を所持ししていたはずだ。あれは女王を殺害するためでは無いのかっ!」
「確かに所持していたが、その銃は、護身用であって、他人を殺すためのものでは無い。
まして、ムー女王を殺すなど考えていない。
それに、陳情書はここにある。」
エメは、そう言いながら、手元にある紙の陳情書を広げて見せた。
この陳情書はエメが、捕まることを想定して準備していたものだった。




