蜘蛛の巣
バス型の車が神殿の頂点に降りると、中から怪しげな、しかも、いかにもクーデターを企てる者らしいマスクを付けた二つの部隊が出てきた。
エメとタキンと部下三名による第一部隊は、入口に張り付き、残りのトアミ、ソウチとその部下三名の第二部隊はその周りを警戒した。
やがて、第一部隊は、入口に誰もいないことを確認すると侵入を開始し、さらに、第二部隊も後ろを警戒しながら侵入した。
この軍隊のような動きもエメのアドバイスの元で、設計図を元に何度も訓練したものだった。
進入口からすぐは、非常階段になっていて、一つ降りて見える非常口から侵入すれば女王の間につながる廊下につながっているはずだった。
エメは、様子を見ながら先行して階段を降りて扉を開けると、第一部隊の残りのメンバーもそれに続いた。
女王の間に続く廊下は、広くなかったが、綺麗な絨毯が敷かれていて、天井がとても高く、壁紙も女王を迎えるに相応しい模様になっていた。
廊下の奥にはエレベーターの入口が見え、その途中に綺麗に着飾った大きな扉が見えた。
エメが、その扉を認識するとうんと頷き、皆に女王の間への入口を見つけたことを合図した。
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第一部隊として先頭を静かに進むエメは、頭から疑念が消えないでいた。
(この廊下、なんで監視カメラが無いんだ…。警備員もいない…。何か変だ…。)
そして、何故か蜘蛛の巣に掛かった蝶のもがく姿が浮かんで離れなかった。
(俺達は、誰かの手の上で動いているだけではないか…。
知らぬ間に蜘蛛の巣に掛かっている?
いや…、いやいや、気にしすぎだ…。
俺が迷ってどうする…。
例えそうだったとしても、その蜘蛛の巣を破って逃げてやる。)
やがて扉に近づくと、エメは警戒態勢に入り、タキンが扉を調べた。
「鍵が掛かっていないぜ、運が良いっ!」
タキンは小さな声でそう言ったが、エメは自分達が今まさに蜘蛛の巣に入ろうとしているように思えてならなかった。
だが、タキンが扉を開け、そのまま侵入したので、事前の計画通り、エメも続いて入らざるを得なかった。
だが、エメ達が部屋に入って周りを見回してみたが、何も見当たらない。
この部屋も綺麗な壁紙が貼ってあり、床も綺麗な絨毯だったが、天井は外から見たとおりドーム状で高くなっているだけで、もぬけの殻だった。
「お、おい…。これはなんだ…?何も無いぞ?女王は?女王はどこだっ?!エメッ?」
タキンが声を上げた時、今入ってきた入口の方から叫び声と銃声が聞こえた。
「ぎゃぁ~っ!」
「エ、エメッ!逃げろっ!罠…だ…。」
それは第二部隊のトアミとソウチ、そして、その部下達の断末魔だった。
「ト、トアミッ!!!ソウチッ!!!」
タキンが仲間を呼んだがすでに命を落とした後だった。
そして、第二部隊を殺害したロネントの警備部隊に入口を塞がれてしまった。
「し、しまった。エメッ!おいっ!エメッ!どうするだっ!エメッ!」
タキンの呼ぶ声にエメは反応できなかった。
エメはすでにこの時点で呆然としてしまっていた。
(蝶…、蝶…、蝶…、蝶…。)
血のりを付けたロネントの警備部隊は、すでに拳銃の仕込まれた腕をエメ達に向けていて、やがて、そのロネントの一人が口を開いた。
"エメと言ったか?ふふっ。ご苦労だったな。"
それはロネントの声では無く、明らかに人間の声だった。
"私は神官組織、軍部のソ・ソヤと言う。君たちの計画は、筒抜けだったのだよ。
全く…、年始から面倒な仕事をやってくれたものだ。
しかも女王様を襲撃とは…、バカなことを考えるっ!!"
「エメッ!情報が漏れていたんだっ!!おいっ!!エメッ!聞いているのかっ!!しっかりしろっ!!」
タキンにそう言われてエメは我に返った。
「何故だ…、あれだけ慎重にやっていたのに、どうして情報が漏れたんだ…。」
ソヤと名乗る神官は話を続けた。
"このロネントを壊しても無駄だぞ。いくらでも換えはいるからな。"
「地下の彼奴らはどうしたんだ?どうして連絡してこないっ?!」
タキンが、地下の警備室にいる仲間のことを心配すると、ソヤは
"あぁ、地下にも侵入したんだったな。
地下のロネント達に酔っ払いの動きを覚えさせるのに苦労したよ。"
「じゃ、じゃあ、あ、あいつら…も…。」
タキンは地下の仲間も殺されたことを悟った。
"無敵の人形であるロネントに人間がかなうはず無いだろう?クククッ…。
お前たちをここに誘導するために取りあえず、殺されたふりをしたが、驚いたろうな…、死体が生き返ったのだから…。うわっはっはっはっ!!"
ソヤのエメ達をバカにしたような声はドーム状の部屋に響き渡った。
"所詮、親無しのクズが燃える水なんてものを売って盛り上がっても、この程度ということだ。
ふっ、そうだ。お前たちクズでも、この行動に敬意を表して一つだけ教えてやろう。"
ソヤがそう言うと天井のドームが開き始めた。
"女王様の間だがな、ここでは無いんだよ。"
「バカなっ!設計図は正確なはずっ!」
エメがそう言うと、ソヤは話を続けた。
"お前たちの持っている設計図は間違いでは無いぞ。さぁ、上を見るがいい。"
ソヤに言われて、エメ達が空を見上げると、はるか上空に円盤状の大きな物体が、空に紛れてうっすらと見えた。
それは宇宙空間との間、成層圏の上部、熱圏に位置する場所に存在した本物の女王の間だった。
"あれが、お前たちの目指した女王の間だ。クックックッ…。
一般の神官達は、このことを知らないのだよっ!"
「あ、あれが…?…そんな…。」
エメはそれを見て驚愕したが、あることを悟った。
「…だから…、…だから…、お前たち神官は、宇宙について調べるのを制限しているのか…。
不思議に思ったんだ…。
これだけ科学技術が発達しているのに、宇宙の情報は全く見当たらなかった…。」
"おぉ、そうだよ、エメ君。
クズにしては、よく気づいたな。
女王の間について知られては不味いからな。
まぁ、理由はそれだけでは無いがな。
クックックッ…、どうだ。自分達の無力さが分かったか?クズ共。"
「く、くそっ!!ふざけやがってっ!!クズと呼ぶのを止めろっ!!!」
タキンが怒りに駆られて銃を構えた。
「タ、タキンッ!」
エメはタキンを止めようと声を上げたが、
"無駄だというのに、所詮はクズだな。…やれっ!"
ソヤのかけ声と共に、警備ロネントはその指の先から銃弾をタキンに向けて飛ばした。
「や、止めろっ!!!」
エメの声は銃声でかき消され、その瞬間、銃弾を受けた一人の男が倒れた。
タキンは、目の前で自分の代わりに銃弾を受けた男を見た瞬間、全身が凍り付いた。
「お、お前…。あぁ…、あぁ…、あぁぁぁぁぁぁ…。」
それは、自分の父親だった。
「さ、最後に…父親…らしい…ことが…でき…た…。」
タキンの父親は、その命がつきそうになりながら、自分の息子を守るように立ち、さらに飛んでくる銃弾を受け続けた。
「お、親父…っ!!止めろぉぉぉっ!!!」
「ち、親父と…呼んで…くれ…るのか…。あり…がと…う…。」
そう言うと、タキンの父親は息子の胸の中で命を落とした。
「あぁぁぁぁぁぁ。あぁぁぁぁぁぁっ!!!
バ、バカだ…。こいつはバカだ…。俺なんかのためにっ!!」
タキンは父親が満足そうな顔をしていたから、なおのこと腹が立った。
だが、やがて、父親の亡骸を抱きしめながら、力を失って膝をついた。
「エ、エメ…、お前知っていたのか…。」
「…こいつはお前のために協力したいと申し出たんだ。」
「なんで…、なんで…、連れてきたんだよ…。」
「……。」
タキンはエメの気持ちも、目の前で死んだ父親の気持ちも分かっていた。
分かっていたが故に、次の言葉が出なかった。
「う、うぅぅぅ…。」
そんな姿を見ながらも、ソヤは
"ふっ、親がいたのか。親無しのクズだと思っていたが。
しかも最後は子どもを守るとは、クズらしからぬっ!!
よし、捕縛しろ。"
と冷たく言い放ち、それを聞いた警備ロネント達は、エメ達を捕縛した。
「くそっ、止めろっ!離せっ!!」
タキンは抵抗したが、ロネントの力にかなうはずも無かった。
「……。」
エメも同様に動きを抑えられたが、
「わ、私たちは裁判を希望するっ!!」
と束縛されながら裁判を要望した。
"はっ!バカかっ!クズ共に裁判をする権利などあるかっ!"
「俺達だってムーの国民だっ!」
"女王の殺害を企てておいて国民を名乗るなっ!!"
「違う、殺害では無い。俺達は女王に懇願に来たんだっ!」
"盗っ人猛々しいとはこのことを言うっ!このまま抹殺しても良いのだぞっ!"
「やれるものかっ!俺達は裁判を要求するっ!!」
"ちっ!!"
エメの最後の抵抗は、以外にも受け入れられ、年始のムーが明けてエメ一味の裁判が開かれることになった。




