それは誰のためか
翌日の朝、喧嘩した後で気まずかったが、オケヨトはエメと顔を合わせると、
「き、昨日はごめん…。」
と喧嘩した事を謝った。
「俺も怒鳴って悪かった…。」
「だ、だけど、エメ…、あんなやり方はもう止めて…。」
「分かったって…。」
エメはうんざりとしたが、
「それよりも喜べよっ!」
とすぐに目を輝かせた。
「ん?何を?」
「タ・ミミが入院している病院に問い合わせて、あいつをここ(孤児院)に呼んだんだ。」
「えっ!」
「そしたら、昨日、了解を得られたんだっ!」
「ほ、本当かいっ?!」
「なんだよ、これも疑うのかよ…。明日、来るんだ。迎えてやれよ。」
「ご、ごめん…。ん?明日っ?!明日なのっ?!すごいっ!」
オケヨトは予想もしていなかったミミの来訪に顔が輝いた。
(お見舞いに行けなくて申し訳なかったんだけど…。まさか、こっちに来てくれるなんて…。)
ミミは、ロネント神官を各地の孤児院に嫌々ながら配備したため、精神を壊してしまい、精神病院に入院してしまった。
オケヨトが首都の神殿(神官本部)で彼女の消息を聞いた時は、ショックのあまり、しばらく何もできなかった。
そんな彼女が、神官を辞めていてから、すでに数年が経過していた。
その日、オケヨトがあまりにも嬉しそうなので、子ども達もほっとけず、
「オケヨト兄ちゃん、どうしたの?」
「今日はすごく楽しそうだよ。」
「さっき、おうたを歌ってた~~~っ!」
と色々と声をかけた。
「えっ?!そ、そうかい…。あはは…。」
そして、翌日、朝からオケヨトはソワソワしていた。
「エメッ!タ・ミミは、いつくるんだい?」
「えっ?午後として聞いていない。」
「そ、そうか…。」
「落ち着けって…。」
「えっ!僕、落ち着いていない?」
「落ち着いていない。ぷっ、あははっ!」
エメは落ち着きの無いオケヨトに苦笑した。
やがて午後になり、食事が終わる頃、ミミが孤児院に現れた。
病院から車に乗って直接来たようで看護師が付き添っていた。
車から看護師に支えられるように降りてきたミミは以前の快活な姿では無かった。
何かに怯え、落ち着かない目はあちこちを見て、身体も少し震えているように見えた。
身体はすっかり痩せ細っていて、輝きを失った目の下にはクマができていた。
「タ・ミミッ!」
オケヨトは彼女を見つけるとすぐに駆け寄って行った。
「あぁ、あぁ、オケ…オケヨト君…。大きく…なった…のね…。」
ミミは数年ぶりに声を出したかのようにか細い声でオケヨトに応えた。
「こんにちは。お久しぶりです…。」
「こ…こんにちは…。お…お久し…ぶり…。
わ…私なんかを…呼んで…くれて…。ありがとう…ね…。
…でも、神官では無いから…、ミミで…良いの…。」
「そうか、そうでしたね。ミミさん、嬉しいです。よく来て下さいましたっ!」
「私…なんか…。私…なんかを…呼んでくれて…。うぅぅ…。
私、みんなに…、タ・ナレミに…酷いことを…。うぅぅ、ヒック…。
ごめん…なさい…、本当に…ごめんなさい…。」
ミミは感極まったのか、涙を流し、ロネントを配備した頃の罪を詫びた。
顔に手を当てて泣いているミミの手を取ってあげて、オケヨトは、
「そんなことありませんよっ!みんな元気にやっていますからっ!
ほら、みんなミミさんを待っていますよ。」
とあの時と同じように迎えてきている子ども達を紹介した。
「うん…。」
ミミは泣きながらも頭を上げて迎えてくれた子ども達を一通り見ると、
「あぁ、あぁ、みんな大きく…なった…。」
と言いながら、また泣き崩れた。
「そうだぜ。子どもはすぐに大きくなるからな。」
エメもミミに声をかけた。
「エ…エメ君…、呼んでくれて…ありがとうね…。
私、どうしたら良いか…迷った…のよ…。
だ…だって…みんなに合わせる顔なんて…ないもの…。
だけど…、 許されるなら…、みんなのお顔だけ…、お顔だけ…見ようと…思ったの。
子ども達の…タ・ナレミの…子ども達の…お顔だけv。
今日は…みんなの顔を…見られて…良かった…。
勇気を出して来て良かった…。
元気な…顔を…見られて…本当に良かった…。」
「こいつらはいつも元気だぜ。」
「そうね…、そうね…。」
「さ、ミミさん、中に入って下さいっ!」
オケヨトはミミを孤児院に招待しようとしたが、
「ううん、良いのよ…。みんなの顔が見れたから…。私は…そろそろ…帰るね…。」
「えっ!!そ、そうですか…。」
オケヨトはがっかりしたが、病み上がりでは厳しかろうと思った。
だが、エメは、
「お、おいおい…。ちょっと待てって。帰るなってっ!」
と強く引き留めた。
「…えっ?」
「中で話そうと思ったんだが…、全く、帰るのが早すぎだって…。」
「だけど、エメ、ミミさんは未だ入院中だから…」
オケヨトもミミにはいて欲しかったが、入院中であることを思いやった。
「まぁ、そうだけどさ。えっと…、ミミはここで働いてもらおうと思ってる。」
「えっ、えっ?は、働く…?」
ミミは何を言われたのか分からず当惑した。
これには、オケヨトも驚いてしまった。
「えっ!エ、エメ…?なんだって?ミミに孤児院で働いてもらうってこと?」
「そうだぜ。」
「だけど、私、その…、すっかり駄目な人間になってしまって…。仕事なんて…。」
「んなに自分を否定するなって。お前に、ちっこいやつらの面倒を見て欲しいんだ。」
「こ、子ども達の…め、面倒を…。」
「そうだよ、お前ならできるだろ?子ども好きだしさ。」
エメがそう言うと、ミミは何かに怯えたような顔になった。
「そう…、そう…?だ、だけど、わ、私…なんかでは…何も…できない…。」
「否定的だなぁ…。
お前だから呼んだんだぜ?子ども達の顔なじみの方が良いだろ?
それに、タ・ナレミも喜ぶしさ。」
ミミは、タ・ナレミの名前を聞くと、顔を上げた。
「あぁ、あぁ…。タ・ナレミ…。
タ・ナレミの…代わりが…出来るのね…。」
「そうだ。お前には何が何でも働いてもらう。人手不足なんだ。良いだろ?」
「こ、こんな事って、あるのかしら…。
こんな駄目な私を…。嬉しいわ…、とても嬉しい…。
良いのね…、本当に良いのね…?」
「しつこいなぁ…、良いに決まっているだろ。」
オケヨトもエメがミミに孤児院で仕事をさせようとしているとは思っていなかった。
「エメ、君って奴は…。」
そして、付け加えるように、
「ミミさん、僕からもお願いしますっ!是非、ここで働いて下さいっ!タ・ナレミも喜びますっ!」
とオケヨトもミミにお願いした。
すると、ミミは、突然エメとオケヨトを抱きしめた。
「あぁ…、あぁ…、二人とも…ありがとう…、ありがとうね…。」
「ミミさん…。」
「…お前が結婚して無くて良かったぜ、誘いやすかったからな。」
エメは照れ隠しのためか、憎まれ口を叩いた。
「エメ君…、口が悪いのは…相変わらず…、ふふっ。」
だが、ミミは孤児院について初めて微笑んだ。
「ちっ、まあ、しっかりと働いてくれよ。」
「うん…分かったわ…。エメ君は…すっかり社長さんね…。
エメ社長…よろしくお願いします…。
よろしく…お願い…うぅぅ…します…。」
ミミは二人を更に強く抱きしめた。
「ば、ばか、苦しいだろ…。」
そして、立ち上がると、子ども達をまた一通り見直し、
「さすが…タ・ナレミの子ども達…。しっかり…育っていた…のね…。
うぅぅ…。アァ…。アァ…。
ラ・ムー様…、タ・ナレミ…。」
と言ってまた泣き崩れ、子ども達も彼女に駆け寄って抱きしめ合った。
こうしてミミは孤児院の従業員として復帰することになった。
孤児院の庭の隅には、彼女が連れてきた神官ロネントが、いつの間にか壊れて転がっていた。
その瞳は、自分を連れてきた元女性神官を見ているようだった。




