育ちつつある小さな闇
慈愛部から食事の支給は続いていたが、非常食のような食事では育ち盛りの子どもは満足がいかなかった。
しばらくすると空腹が満たされない子ども達は、周辺の農家にある野菜や果物を盗み始めた。
その盗難事件は、農家の主人が怒鳴りつけるように孤児院を訪れてきて、始めて発覚した。
「ふざけるなよっ!ガキ共っ!!子どもだからって容赦しないからなっ!!
次は、こいつが何するか分からないぞっ!」
そう言いながら、一緒に連れてきた盗難防止用のロネントをちらつかせた。
そのロネントは戦闘用のロネントらしく目を光らせて子ども達を威圧した。
「ご、ごめんなさい…。言い聞かせますから…。」
オケヨト達はひたすら頭を下げるしか無く、主人は憤怒したまま引き下がっていった。
そんな事があったにもかかわらず、空腹に我慢しきれない子ども達は何度も窃盗を繰り返し、その人数も徐々に増えていった。
昼夜を問わず行われた窃盗をエメ達は全く気づかなかった。
やがてある日、目の腫れた子どもが孤児院に戻ってきた。
その手足には、誰かに殴られたようなアザもあった。
「何があったんだい?トウム。」
オケヨトは優しく問いただしたが、トウムは、ふてくされた顔でそっぽを向いて、その銀の髪を揺らした。
「ラ・ムー様や、タ・ナレミは、いつでも僕らを見ているんだよ?正直に話して、ね?」
トウムはナレミの名前を聞くと、黙っていられないと思ったのか、重い口を開いた。
「…ロネントに殴られた…。」
「えっ?!ロネントだってっ?!も、もしかして、この前の農家さんのところのっ?!」
トウムは、小さくうんと頷いた。
「あぁ…。ど、どうして…、も、もしかして野菜を盗もうとしたの…?」
「…だって、お腹が空いているんだもん…。」
「トウム…、だ、だけど…、それは…。」
話を聞いていたエメは、トウムが殴られたのは見せしめのためだと思った。
エメはオケヨトの会話を遮るように、
「…こいつらが盗むのも仕方ない…。」
とだけ言った。
エメは、農家の主人も殴られた子も怒る気になれなかった。
だが、真面目なオケヨトは、
「エ、エメッ、駄目だよっ!人のものを盗むなんてっ!」
「だけど、きれい事なんて言ってる場合じゃ無いぜ…?」
「そ、そんな…。」
「ま、取りあえず、謝りに行こうぜ。」
エメはリーダーらしく子ども達の責任を取るつもりだった。
「う、うん…。」
オケヨトとエメは、すぐに農家に謝りに行った。
二人は殴られる覚悟で往訪したが、意外にも農家の主人はあっさりと許してくれた。
「どうしてあんなにあっさりと許してくれたんだろう…。」
「さあな。」
すっかり真っ暗になった夜道でしばらく考え込んでいたオケヨトは、とある相談をエメに持ちかけた。
「エメ、考えたんだけど…。」
「うん?」
「僕らも植物を育てない?」
「植物を…?」
「そうだよ、野菜や果物なんかを育てるんだっ!」
オケヨトの提案は、野菜や果物を育てることで、自分達で独立して生活できるようにしようということだった。
「そうか…。」
オケヨトはエメがあまり乗り気で無いのが気になったが、翌日、トウミに相談してみることにした。
数日すると、それは可能だと連絡があった。
さらに、農家の主人にも頭を下げてお願いすると、種だったら少しは分けてくれると言ってくれた。
「やったよっ!エメッ!」
オケヨトは植物の種をもらえることをエメに報告した。
「そうか。」
「…エメ、嬉しく無いのかい?」
「そんなことないけど…。」
「…でも、何か乗り気じゃ無いというか…。」
「そんなこと無いって。裏庭を使って育てるか。」
「うんっ!そうだねっ!!」
幸いにも孤児院の敷地は広かったので植物を育てるには十分な空間があった。
だが、相変わらずエメは乗り気では無く、オケヨトはエメが何に引っかかっているのか分からずにいた。
そんなエメの気持ちとは関係なく、孤児院の"労働人口"は増えていたので、それらしい植物園はすぐに出来上がった。
その子ども達で作られた小さな植物園では、一カ月程度で育つ大根のような植物、数週間で育つようなのニンジンのような植物、そして、一週間で実の生るジャガイモのような植物を育てた。
「みんな短い時間で育つ植物なんだよ、みんなで育てようね。」
オケヨトは、ナレミのように優しく子ども達を導いた。
「うん、わかった~。」
「わたしも、そだてるぅ~~っ!」
「いっぱい、できるかなぁ~~。」
子ども達はみんなで種を植え、育つのを待ち、収穫もみんなで行った。
「やったぁ!!」
「エメ~~~っ!ほらぁ、取れたよぉ~~。」
「オケヨト兄ちゃん、これ食べるのぉ?」
「これ美味しいのかなぁっ?」
エメはその野菜や果物の大きさに驚いていた。
(相変わらず、この時代の野菜は大きいな…。)
ニンジンのような植物は赤色、黄色、緑色とそれぞれ不思議な色だったが、細長く育っていて、その長さは、小さな子どもの身長ぐらいまであった。
ジャガイモのような植物は、子どもの顔ぐらいの大きさのものもあった。
初めての収穫で沸き立っている植物園で、オケヨトは更にエメに相談を持ちかけた。
「エメ、ツナクで食べ物を寄付してくれる人を探そうと思うんだ。」
「えっ?俺達が育てたやつで十分だろ?」
「いやいや、全然足りないよ…。」
「そうか…。料理はお前の方が詳しいからな…。」
「ツナクで募集してみるね。」
「……。」
オケヨトはエメが、またも乗り気じゃ無いので自分の提案に不服があるのかと思い始めていた。
しかし、この作戦も何とか上手くいって、不運な境遇に同情してくれる人達から多数の野菜や果物が届くようになった。
このお陰で非常食にプラスして、それらしい野菜や果物も食べれるようになっていき、それに合わせて子ども達の盗難も無くなっていった。
「ほら、エメッ!
種をくれる人達もいたから自分達で野菜を作ることも出来たし、食べ物を寄付してくれる人達もいたし、こんなに助けてくる人もいるんだよっ!
ねっ!ラ・ムー様は、いつも僕らを見守ってくださっているんだよっ!!」
「あぁ…、そうかもな…。」
「エ、エメ…、嬉しくないのかい…?」
「…嬉しいけどさ。」
「ラ・ムー様だって見守って…。」
「……。」
「エ、エメ…?」
オケヨトは、これだけ食事がまかなわれるようになったのに、相変わらず喜んでいないエメを不思議に思った。
(どうしてエメはこんなにも不服そうなんだ…。ラ・ムー様をやっぱり信じていないのかな…。)
そんなオケヨトの気持ちを知らず、エメは植物を楽しく収穫している子ども達を見つめ、孤児院の今後のことを考えていた。
(どうにかしてもっと安定した収入を得る方法を探さなければ…。
植物に頼る生活では、天候に左右されてしまう…。
それに、食べ物を寄付してもらう生活がいつまでも続くわけが無い…。)
エメは、安定した収入源を考えなければ、また以前と同じように食べ物に困る生活がやってくると考えていた。
それと同時に、貧乏くさい生活を何とかしたいとも思っていた。
「(…こんな生活は"私"に合わないわ…。)」
エメは子ども達から目をそらすと、そうつぶやいた。
「エメ、何か言った?」
エメは我に返ると、オケヨトの方に振り返り、
「いいや、"俺"は何も言っていない…。」
と言った。
だが、オケヨトはエメが"私"と言ったのを確かに聞いた。




