暗雲
仕送りは何とか続いていたが、ある日、出稼ぎに行っていた子ども達が次々と解雇され始める事態が発生した。
十分な労働力を手にしたというのが理由だったが、皆一様に、ロネントが導入されたのを見ていた。
つまり、それぞれの仕事場にロネントが導入され始めたのが、解雇の原因だった。
数年前、労働者としてのロネントの導入は、300人程度の中規模の工場から始まった。
ここで仕事を失った人々が子どもを育てることが出来なくなり、孤児院に預けてしまうケースが多くなったが、ついに、小さな数人規模の小企業までもがロネントを導入し始めたのだった。
この"労働者"は、"人間"とは異なり、一日中、ほとんど休み無く働く事が出来た。
その上、新たに仕事を覚えさせることも出来るので、ロネントの導入に奥手だった経営者達も我先にとロネントを導入し始めていったのだった。
仕事を失った子ども達が続々と戻ってくると、希望に満ちていた孤児院は、まだ暗い影が射してきた。
さらに追い打ちをかけるように仕事を失った人々が増え続け、孤児院に集まってくる子ども達も、とどまることを知らず、今では80人にまで膨れ上がっていた。
この状況をエメは歯がゆい思いで見ているしか無かった。
「…くそっ!!何だよっ!!!ロネントってっ!!」
「エメ…、不味いよ。食べ物がほとんど無い…。」
オケヨトも孤児院の食料が切れかかっていることを訴えた。
「分かってるってっ!!」
「お、怒らないで…。」
「わ、分かってる…。分かってるっ!!あぁっ!!!もう、嫌だっ!!"私"は…!」
「???」
「私は絶対に負けないっ!!!」
オケヨトは、エメが自分を"私"と言ったので、以前、裏庭で聞いたエメの出生の秘密を思い出した。
(エメの心は、女性なんだっけ…。)
だが、目の前にいるのは自分と同じ男性だった。
その声は力強く何かに抵抗しているかのようだった。
「私は負けないからっ!!!」
「エ、エメ…、誰に言っているの…?」
「神だっ!この世界を作った神に言っているんだっ!」
「エメッ!何てことを…。ラ・ムー様を侮辱するなんて…。すぐに謝らないと。」
「ラ・ムーだか何だか分からないが、私たちに恵みなんて何にも与えてくれないじゃないかっ!!
神なんていないんだっ!私は絶対に負けないっ!」
「エメ…。駄目だよ、そんなこと言ったら…。」
「お前は俺に付いてきてくれっ!オケヨトッ!お前がいるなら何とか頑張れるっ!なっ!頼むっ!」
エメは自然と自分を"俺"と呼び始めたので、オケヨトは、
「…う、うん。もちろんだよ…。」
戸惑いながらも返事をした。
「ありがとうっ!みんなを何とかして守るんだっ!」
「うん…。」
だが、オケヨトは、神を否定するエメに不安を感じていた。
そして、エメとナレミとの最後の会話を思い出していた。
その最後、エメは、
"…何が、お願いね…、だよ…。私は鱗の肌を持った女悪魔なのに…。"
とつぶやいたのをオケヨトはしっかりと聞いていた。
(エメ…、君は本当に女悪魔になってしまうのかい…?)
オケヨトは怒りに震えるエメを見つめ、エメがどこかに行ってしまうのでは無いかと思った。




