伝えたかったメッセージ
ナレミの孤児院は、子ども達だけの運営となったが、元々少なかった予算は底をつきそうになり、やむを得ず、年長組の子ども達は仕事をするため孤児院を出ることになった。
ロウアの時代では、25歳まで学生生活を送るが、エメの生きているこの時代は、20歳まで学生として勉学に励むのが一般的だった。
だから、20歳よりも低い年齢で働くのは、家庭に事情があるか、貧しい人間だけだった。
子ども達の仕事探しは、トウミも協力してくれたが、孤児院の周辺では低年齢な子どもでも出来る仕事は無かった。
そのため、ほとんどの仕事は、孤児院から離れた場所になった。
エメ達の住む場所は、ムーの北西部に位置していたが、もっとも遠い場所で南東部の石切を生業としているモウイ地方に行く者もいた。
むろん、通うことは出来ないため、それぞれ就職先の寮に住み込みで働いた。
その仕事は裁縫をして服を作ったり、工場で小さな部品を作ったり、巨大な大木を切る土木業、鉄鉱などの鉱物を掘削する掘削業など、現在で言うところのブルーカラーのしかもに過酷な仕事ばかりだった。
そんな仕事だったが、もらえる賃金は自分の食事を三食食べるのがやっとぐらいの金額だった。
それでも、みんな毎月ちょっとずつ孤児院に送った。
その甲斐あって、孤児院の資金は少しずつだがたまり始めた。
「エメッ!これなら何とか生活できるよっ!!」
「あぁ、みんなのお陰だな。」
「ねぇ、ムー(年末年始)には、みんな集まるようにしようよっ!」
「そうだな、ムーの時ぐらいは休めるだろうからな。」
「豪華な食事にしてさっ!帰ってくるみんなを励ましてやろうっ!」
「うん、そうしようっ!」
「みんなに連絡するねっ!」
「俺も手伝うよっ!」
月日は流れ、冬も深くなる頃、ムー(年末年始)の時期になり、外で働いていた子ども達が自分達の家(孤児院)に帰って来た。
エメ達は、子ども達が帰ってくる度に、外で迎えた。
皆疲れた顔をしていたが、自分達の家に戻ると笑顔を取り戻した。
その中の一人、エメ達と同じ歳だったトルは、酷い咳を繰り返していた。
「ただいまっ!ゴホッ!ゴホッ!」
「トル?大丈夫かい?」
オケヨトはトルを心配して声をかけるが、
「うん、大丈夫だよ、ホコリのすごい仕事場でさ。」
大丈夫と言うだけだった。
「…だけど、咳が止まらないというのは心配だな。」
「エメもありがと。大丈夫、なんとか仕事は出来ているからっ!
みんなのためにも頑張らないとねっ!
ゴホッ!ゴホッ!」
トルは、孤児院にいる間ずっと咳を繰り返し、治ることは無かった。
やがて、ムーも終わり、皆、仕事場に戻っていく頃、
「トル…。」
出発するトルをエメは呼び止めた。
「なんだい、エメ?」
「あんまり無理しないで良いからな。」
「うん、ありがと。エメがそんなこと言うなんて気持ち悪いなぁ、ゴホッ!」
「んだよ、それ…。か、身体を大事にしろって事だって…。」
「あははっ!ありがとうっ!気をつけるよ。ゴホッ、ゴホッ!」
だが、春になる前に、トルが仕事先で亡くなった事がエメ達に知らされた。
子ども達は悲しみに涙したが、エメは怒りで震えた。
「だから、言ったのにっ!あいつっ!!」
「エメ…。」
オケヨトはエメが涙を堪えているのを見てそれ以上何も言わなかった。
やがて、変わり果てた姿となったトルが戻ってきた。
その姿を見て子ども達は涙を流した。
そして、以外にも、トルが働いていた現場の責任者も一緒に孤児院に訪れ、
「…申し訳なかった。」
と丁寧に頭を下げた。
エメは怒りが収まらず、責任者に突っかかった。
「んだよっ!!ふざけるなっ!!俺達の仲間を見殺しにしやがってっ!!」
「すまない…。」
「エメ…、こんなに謝っているんだから…。」
「はんっ!オケヨトは悔しくないのかよっ!!」
「そんな分けないだろっ!!」
オケヨトは、普段とは異なる大きな声で応え、その顔が悔しさで潰れたようになっていたので、エメは拳を納めた。
悲しみに包まれた子ども達の姿を見て、責任者は申し訳なさそうに説明した。
「我々の現場は煙のようなとても小さな粒子となっている塗装剤を作っているんだ…。
トル君は一生懸命働いてくれていた…。
だが現場の者の話ではマスクを使わず働いていたらしい…。」
それを聞くとエメは再びムッとして、
「お前が買ってやれば良かっただろうっ!!」
思わず口を挟んでしまったが、その言葉にも責任者は怒らず、説明を続けた。
「…マスクはとても高価だ…。彼はマスクは要らないから給料を増やして欲しいと言ったらしい…。
す、すまない。私は直接に彼を管理していたわけじゃない…。
…私が知っていたら買ってあげたものを…。
こんな小さな子どもを失わせてしまって、本当に申し訳なかった…。」
責任者は膝をついて頭を下げた。
「そんな…。」
オケヨトは言葉を失った。
「そ、それじゃ、あいつは、あいつは自分を犠牲にして、仕送りを…していた…。」
エメは、力を失って崩れてしまった。
「バカな…、身体を大事にしろって…、言ったじゃないか…。くっそ…。」
トルの葬儀が終わった頃、彼の遺品が送られてきた。
その中に手書きの日記が見つかった。
綺麗な字とはとてもじゃないが言えないが、エメは、その日記を一文字も漏らさずに読んだ。
やがて、その一部に喜びに満ちあふれた文章を見つけた。
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嬉しい、嬉しい!
タ・ナレミや、エメ達は僕らを助けてくれていたけど、僕らが今度は助ける番なんだ。
その手助けが出来て嬉しくて仕方が無いよ。
このお金でみんなが生活できて幸せになれるんだ!
僕がみんなの役に立っているんだよ。
何も持っていない僕らが誰かのために役立っている!
これはすごいんだ!
ラ・ムー様に感謝しないとね!
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椅子に座っていたエメは、その文を見て突然立ち上がって顔を上に向け、涙がこぼれないようにした。
オケヨトも涙が止まらなくなった。
「あぁ…、トル…、君って奴は…、ありがとう、ありがとう…。うぅぅ…。」
しばらくして、エメはぽつりとつぶやいた。
「俺は…、間違っていたのかな…。」
「ち、違うよ…、エメは間違ってなんかいない…。
トルは幸せだったよ…、きっとね…。」
「……。」
エメはオケヨトから目をそらし、何も応えないまま、自分の部屋に戻っていった。




