決断
ロネント神官は役立たずのままだったが、子ども達の良い遊び相手として存在していた。
エメは、そんなロネントを蹴飛ばしたい衝動を抑えて、ナレミの部屋だった場所に入った。
部屋にはオケヨトがすでに席について、帳簿を見て頭を抱えていた。
「あぁ、エメ…。」
エメに気づいたオケヨトは、エメの名前を呼ぶと、開口一番、
「遂に…、お金が底をつきそうだよ…。」
どうにもならない孤児院の財布事情を訴えた。
「……。」
エメは、即答はせず、ずっと考えていたことを話そうかどうか迷っていた。
「ど、どうしよう…。」
オケヨトは何も返事をしないエメにしびれを切らして、だが、答えを持っている分けでも無いため、曖昧な質問をした。
エメは、決断しなければならないと思った。
「…仕事を…しよう…。」
「えっ、仕事…?」
「うん、みんなで仕事をして、得たお金を集める…。それしかない…。」
孤児院には子ども達は40人近くいた。
そのうち、年長者にあたる16歳から20歳ぐらいの子は13人いた。
その中には、エメとオケヨトも含まれている。
「だ、だけど、仕事って言ったって…、どこでやるんだい…?」
「卒業生達に打診はしていたんだ。」
「えっ?!」
「予算不足の件と一緒に、仕送りをお願いしただろ?その後に。」
「そ、そうだったのか…。」
オケヨトは、エメがすでに動いていたのかと、その早さに驚きつつ、
「それで、仕事ってありそうなのかい…?」
「うん…、俺らがやるような仕事は嫌われているから、意外と人手不足らしい。」
「仕事が無くなった人が多いと聞いたのに…。」
「汚い仕事は底辺にやらせて、自分達はきれいな仕事をやりたいって奴らが多いって事だ。」
「……。」
親を失って身寄りがないだけで、孤児院の卒業生達は、足下を見られ、安月給でしかも、我々の時代で言う3K(きつい、汚い、危険)の仕事しか出来なかった。
エメはそんな仕事を皆にやらせるのは本望では無かった。
だが、明日の食事にも困った状況では仕方なかった。
エメは悔しいと思いつつ、年長者を集めた。
そして、一通り説明すると、
「…ごめんよ…。」
と年上の先輩達に頭を下げた。
「…んだよ。エメッ!水くさいぜ?」
「気にするなよ。少し社会に出るのが早くなっただけだろ?問題ないって。」
「そうだよ、エメ。僕らはタ・ナレミに甘えすぎていたんだ、きっと。」
「そうそう、それに、お前たちが悩んでいるのは分かっていたんだぜ?」
「むしろ俺達にも手伝えることが出来て嬉しいぐらいだぜ、なぁ?」
年長組の子ども達は、むしろやる気になっていて、エメの胸は熱くなった。
「ありがとう…みんな…。俺も仕事を探すよ。」
と自分も仕事をすると言ったが、
「いいや、お前はここでみんなをまとめてくれ。」
「そうだよ、子ども達の面倒は誰が見るんだって。」
「あのオンボロじゃ、遊び相手にしかならないぜ?あははっ!」
「そうそう、あんな"しょぼント"じゃ、役にも立たない。」
「お前が蹴りすぎるから、あんなになったのかもしれないけどなっ!!」
そんな冗談を言いながら笑い合っていた。
「みんな…。…うん、分かった…。頼むよ…。」
エメはそう言いながら、また深く頭を下げた。
「任せとけって。」
「おうっ!!」
「タ・ナレミのためにも俺達の後輩は何とかしないとなっ!」
「そうだぜっ!」
ナレミの子ども達は、彼女の思いを受け継ぎ、力強く育っていた。
互いを思いやり、励まし合い、そして、未来へと共に歩くと誓い合っていた。
エメはみんなを見つめながら目頭が熱くなった。
「んだよ、エメ、お前泣いているのか?」
「ぷっ!何泣いているだよっ!」
「バカだな…、泣くなって…、うっ、ううぅぅぅ…。」
「お前もか…よ…、うぅぅ…。」
「…ちっ。」
エメは、いつからだろうかと思った。
いつから、自分はみんなと仲間になっていたのかと思った。
初めは言葉も分からず、タキンを含めた年長者と喧嘩にもなった。
だが、今は心が一つになった友達がそこにいた。
(私は…一人じゃ無くなっていた…。
いじめっ子だった私は一人になり、そして、悪魔にもなって人も殺した…。
なのに友達がいつの間にか出来ていた…。)
そう思うと、エメは急に外へ飛び出し、空に向かって叫んだ。
「うぉぉぉぉ~~~~っ!!俺はここを絶対に守るっ!何があってもっ!」
何が起こったのかとみんなも後を追ってきていた。
「エメッ!」
「あははっ!何だよ、急にっ!!」
「うぉぉぉぉ~~~~っ!!」
「うぉぉぉぉ~~~~っ!!あはははっ!!」
「エメェェッ!うぉぉぉ~~っ!」
「あはははっ!!うぉぉぉぉ~~~~っ!!」
「あはははっ!!わ~~~っ!!」
エメの叫び声は、いつの間にか、こだまとなっていた。
やがて、子ども達は自然と手を取り合っていた。
その叫び声は、自分達を覆おうとしている暗雲を吹き飛ばそうとするようだった。




