ミミの行方
孤児院にナレミの代わりとなる、"新製品"の神官ロネントが派遣されて数週間が経過していたが、結局、エメの想像通り、神官ロネントは、全く役に立たなかった。
日常の掃除や、洗濯などは何とかこなせる程度の性能しか無く、神官が行うべき孤児院の運営は出来るはずも無かった。
「はんっ!!
何がナレミの代わりの高性能ロネントだっ!
掃除や洗濯すらまともに出来ないじゃないかっ!
飯なんて全然作れないっ!!
このクソロボットッ!」
エメは、そう言うと、ロネントを思い切り蹴っ飛ばした。
ロネントは突然の攻撃だったが、倒れずに何とか持ちこたえて、
「ナニヲスルカ、オボッチャンッ!
"くしょ ろほっと"とは、ナンデスカ?」
とそれらしく応答した。
「あぁっ!!あぁっ!!
何がおぼっちゃんだっ!!!
イラつくっ!!
倒れないところがすごくムカつくっ!!!」
更に殴り飛ばそうとしたエメをオケヨトは制止した。
「や、止めて…。一応、役に立っているんだから…。」
「こんな奴が何の役に立っているんだっ!!
慈愛部は予算も増やさないで余計なものを押しつけただけじゃないかよっ!!」
エメのいらだちは子ども達を怖がらせるだけだった。
「…エ、エメ、子ども達が怖がっている…。」
「…わ、分かったよっ!!」
そう言うと、エメは自分の部屋に戻ってしまった。
「エメ…、君の気持ちも分かるけど…。」
オケヨトは、子ども達と仲良く遊んでいるロネントを見て、ため息を一息つくと、ミミのことを思った。
「タ・ミミ…、あなたはどんな気持ちで、このロネントを…。
あぁ、あなたのことも心配です…。」
オケヨトが心配したとおり、ミミは、ロネントを連れてきてからは孤児院に全く姿を現さなくなっていた。
ツナクでも連絡してみたが全く応答が無かった。
「エメ、タ・ミミと連絡がつかないんだ…。」
「はんっ!良いよ、あんな奴っ!」
「それはひどいってっ!ミミは色々協力してくれただろ?」
「そうだけさ…。」
エメに話しても怒るだけであまり気にしていないようだった。
オケヨトは気になって仕方が無かったので、首都のラ・ムー神殿に行き、慈愛部のトウミに聞いてみることにした。
エメは誘ってもこないだろうと思ったから、訪問は一人で行くことにした。
その日は、雨が降っていて、初冬と相まって少し肌寒かった。
オケヨトは、車から降りて、襟元に付けた反重力装置を応用した雨を避ける小さな装置のスイッチを押してみたが、動作しなかった。
「あ、あれ…?壊れてしまったのか…。やれやれ…。」
仕方なく、びしょ濡れになりながら神殿に到着した。
初めの頃とは違い、トウミもすんなりと面談を許してくれた。
「こんにちは。タ・トウミ。お久しぶりです。」
「やぁ、オケヨト君。久しぶりだね。
うん?びしょびしょじゃないか…。どうしたんだい…?」
「雨よけ装置が壊れてしまったようで…。」
「そうだったのか…。このままでは風邪を引いてしまう…。」
そう言うと、トウミはどこからからタオルを持って来てくれて、オケヨトに渡してくれた。
「すいません。ありがとうございます。」
「さ、温かいお茶もあるから。」
「色々、すいません…。」
「ま、良いから、座って、座って。」
「はい。」
オケヨトは、トウミに出会った時と同じ、窓際にある面会用の部屋に案内された。
今日は外を眺めても雨のせいで遠くが見えない。
雨音だけが静かな部屋に響いていた。
「で、今日はどうしたんだい?」
「えっと、タ・ミミの事でお伺いしたんです。」
「……。」
オケヨトがミミの名前を出すと、トウミは黙ってしまった。
「タ・ミミが、私たちの孤児院にロネントを案内してくれてから連絡が取れなくて、心配しているんです…。」
「そうだよな…、心配だよな…。」
「タ・トウミなら、タ・ミミがどうされているか、ご存じかと思いまして…。」
「ミミ君は…、ミミ君は、退職したんだよ…。」
トウミはオケヨトの質問に驚くような回答をした。
「えっ!!ど、どうして…。」
「孤児院用の神官ロネントの派遣は、他にもあって、中には担当神官がいるのにも関わらず無理矢理交代してしまう場合もあったんだ。
この計画は、神官組織で決定した国策なんだ…。」
「えぇっ…、そんな…。」
「…そして、その度にミミ君が一緒に行っていたんだ…。」
「…は、はい…。」
「だが、それは彼女にとって本望じゃない…。」
「えぇ…、僕たちのところに来たときも、説明の時に倒れてしまって…。」
「そうか…。そんながあったのか…。
彼女は言わなかった…。一人で抱えてしまってたんだな…。」
オケヨトは、トウミが何かを説明するために回りくどく説明しているように感じた。
「そ、それで…、それで、どうして…、どうして退職されたんですか…?」
「彼女は…、精神がおかしくなってしまった…。
彼女の田舎にある病院に入院していると聞いたよ…。」
「えぇっ!!」
「もっと私たちが早く気づくべきだった…。よっぽど嫌だったのだろう…。」
「…あぁ、タ・ミミ…。あんなに快活な方だったのに…。」
オケヨトは言葉を失った。
この後、オケヨトはどうやって孤児院に帰ったのか覚えていない。
気がつくと孤児院に着いていて、びしょ濡れになった姿を見つけた子ども達は大騒ぎになった。
「エメェェッ!オケヨト兄ちゃんがぁっ!」
「びちょびちょだよぉぉ~…。」
「オケヨト兄ちゃんが変だよぉ、エメェ~ッ!」
「あん?なんだって?しっかし、俺は何で兄ちゃんって言わないんだよ…。」
エメは子ども達に引っ張られるようについて行くと、
「なっ!」
オケヨトが子どもが言ったとおりだったので、驚いてタオルを持ってこさせた。
そして、拭いてあげると、
「お、おい…、オケヨト?大丈夫か?」
「えっ…、あぁ、エメ…。」
オケヨトは我に返ったのか、エメに気づいた。
「あぁ…じゃなくよ…、どうしたんだよ…。」
「エメ…、タ・ミミが…、タ・ミミがっ!!」
オケヨトは、エメにしがみついて、ミミのことを伝えた。
「…そうか、タ・ミミは…。俺も言い過ぎたのかもしれない…。」
エメはそう言うと、オケヨトの肩を優しく叩いて離れていった。
そして、
「…私と同じようになってしまうなんて…。」
と小さな声でつぶやいた。
「えっ?"私"と同じ…?」
エメが自分の事を"俺"と言わなかったことに違和感を感じたが、
「い、いや…、何でも無い…。」
エメはそう言うだけだった。




