最後の言葉
孤児院を仕切っていた神官、ナレミの死は子ども達に大きなショックを与えた。
エメも悲しみとナレミを医者に診せることが出来なかった悔しさで、立っていることしか出来なかった。
その拳は悔しさを現すように強く握られていた。
そして、ナレミへの感謝の気持ちも溢れていた。
(ナレミ…。あなたがいてくれたから、魔に蝕まれた心が救われた…。
昨日のあなたの言葉…、私は決して忘れない…。)
エメは、ナレミが昨日の夜、自分に向けた言葉を思い出した。
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それは、エメがナレミの部屋を掃除しているときだった。
か細い声でナレミがエメに声をかけてきた。
「エ、エメ…。」
「うん、どうした…?腹でも減ったのか?また夜飯を食べなかったから…。」
エメは、食事を抜くことが多くなったナレミを咎めながら、急に声をかけられた事に嫌な予感しかしなかった。
「ううん、そうじゃないのよ…。大事なお話…。こっちに来てくれる…?」
エメは、ナレミの近くに行くのがためらわれた。
(…何を言おうとしているの…?聞きたくない…、聞きたくないわ…。)
「エメ、どうしたの…?」
エメは、深呼吸をすると意を決してナレミのベットに近づいた。
「ううん、何でも無い…。」
「エメ…あなたはこの孤児院のリーダー…。」
「う、うん…。ま、まぁ、何かそうなってしまったって感じだけど…。」
「エメ…、あのね…。
私が死んだら、この孤児院を引っ張って欲しいのよ…。
私の代わりの人を本部にお願いしたけど、担当できる人がいないって言われてしまったわ…。」
「な、何を言っているだっ!"死んだら"なんてっ!
そ、それに、子どもだけで運営できるわけ…。」
ナレミはエメの言葉を遮るように続けた。
「エメ、あなたは不思議な子…。
今なら分かるの…、あなたは別の世界から来たのね…。
元の世界では、女の子だったのよね?
ふふふっ…。」
「!!!」
エメは驚愕した。
ナレミはどうやって自分の事を知ったというのだろうかと。
「不思議…。何だか世界の全てが手に取るように分かるみたい…。」
エメは抵抗すること無く、ナレミの言葉を受け入れ、今まで秘密にしていたことを告白し始めた。
「タ・ナレミ…。
誰にも話していませんが、あなたのおっしゃるとおり、私は石河 來帆という女の子でした…。
色々あって心だけがここ(ムー)に来てしまったのです…。
この身体は私のものではありません…。
この世界に来たときに乗り移ってしまったのです…。
信じてもらえるかわかりませんが…。」
エメは、ムーに来て始めて自分の出生の秘密を話したが、ナレミは何も疑うことも無く、
「キホというのがお名前かしら?素敵な名前ね。」
とだけ言った。
エメは、自分の事を全て受け入れてくれたナレミに感謝した。
「で、でも、よく分かりましたね…。」
「時々ね、女の子みたいな言葉を使ったり、女の子みたいな仕草をするときがあったのよ…。」
「そ、そうでしたか…。」
エメは気をつけていたはずだったが、自然と出てしまっていたのだと思った。
「不思議に思っていたけど、今は確信しているのよ…。
だって、あなたの本当の姿が見えるのだもの…。」
「えっ?!」
「黒い髪で、黒い瞳…、お肌は黄色?どこの国なのかしら…。」
「…日本という国。たぶん、過去から来たんだと思う…。」
「そうなのね…。
時間を移動して来たなんて素敵ね…。
私は…」
ナレミをそう言うと少し顔を上げて、
「私は…、未来に行きたいわ…。
そう、あなた達が大人になった姿を見たいの…。
みんなどんな大人になっているのかしら…。」
「そんな…。タ・ナレミ、このまま生き続ければ良いのですよ…。」
エメはそう言いながらも、それは不可能であると感じていた。
ナレミは肯定とも否定ともつかない笑顔のままで、
「あなたは、女の子だけど、とても強い意志を持っていたのね…。
前の世界では悪い事もしてしまったみたい…。」
「そう…、私は悪い人間です…。同級生を虐めてしまった…。そのため、醜い姿に…。」
「でもね、私には悪い子には見えないわ…。」
「えっ…?」
「あなたも神様の子どもだもの…。
私には分かる…、あなたならここを守る事が出来る…。
お願いよ…、エメ…、あなたは強い子…。」
「そんな弱気なことを言わないで下さい…。
あなたのお陰で私も心を入れ替えようと思ったんです…。
どうか、子ども達の希望であって下さい…。タ・ナレミ…。」
だが、ナレミは、申し訳なさそうに首を横に振った。
続けて、エメは、
「さっき、タ・ミミから連絡がありました。
タ・ナレミを医者に診せる方法を見つけてくれたのだと思います。」
「もう良いのよ、私のことは大丈夫だから。」
「そんな…。」
エメは、ナレミの大丈夫という言葉の意味が分かっていた。
「私は安心してラ・ムー様のところに行けるわ…。」
「そんなこと言わないで下さいっ!私たちを残してどこかに行くなんて…。」
「エメ…。ううん、キホさん…かな…?」
「わ、私は…、俺は…、俺は…エメ…だ…。」
來帆だった意識は、改めて自分をエメと名乗り、言葉遣いもエメのそれとなった。
「エメ…、お願いね…。」
「わ、分かったよ…。だけど、どうなっても知らないからなっ!」
「ありがとう…、エメ…、安心したわ…。私は眠るわね…。」
「あぁ、休んでいれば治るって…。」
エメは、ナレミが寝たのを確認すると部屋を出て行った。
「…何が、お願いね…、だよ…。私は鱗の肌を持った女悪魔なのに…。」
エメは涙を流しながら、自分の出来ることをしなければならないと思った。
二人の会話は、部屋の外をたまたま掃除していたオケヨトも聞いていた。
オケヨトはエメの不思議な出生を聞いて驚いたが、同時にナレミの最後の言葉も心に刻んだ。




