得たものと失ったもの
エメとオケヨトは、孤児院の予算について相談するため、孤児院担当のトウミという人物のいる首都にあるラ・ムー神殿に来ていた。
受付で面会を断られた二人だったが、エメを孤児院に連れて行ってくれた猫族の神官に会うことが出来た。
「こっちに来てくれる?」
と猫族の神官は、受付の奥にあるエレベーターに二人案内してくれた。
エメはエレベーターに乗った時、あることに気づいた。
(あれボタンがないぞ…。)
すると神官が、
「慈愛部まで」
と何かに話しかけ、
"分かりました。"
すると、エレベーターが言葉を認識して自動的に昇り始めた。
「なっ!話したっ!」
「すごいね…。」
神官は言葉を理解するエレベーターに驚いている二人を見て微笑んでいた。
エレベータが昇るに連れて外側が透明なガラス窓になって外を映し出した。
遠くまで空は澄み渡っていて綺麗な青空と海が地平線で綺麗に分かれていて、大陸と分かる海岸線も綺麗に見えた。
「すごいっ!すごいよ、オケヨトッ!」
「うんうんっ!!」
猫耳の神官は二人を見てニコニコすると、
「エメ君、あの時と一緒ね。」
「あの時?」
「君を孤児院に連れて行った時よ。あの時も車から外を嬉しそうに見ていたでしょ?」
「そうでしたっけ?あの時は、ムーの世界に来たばかりでしたから…。」
「えっ?!来たばかり?」
「エメ、どういう事?」
神官とオケヨトはエメの話した内容が理解できず、再度聞き直してしまった。
「あっ!いやぁ、何でも無いって…。
そ、そういえば、僕を送ってくれたもう一人の方はお元気ですか?」
エメは、誤魔化すため、自分を孤児院に送ってくれたもう一人の女性神官の事について聞いてみた。
すると神官は目がうつろになり、
「あぁ、あの人は結婚したわ…。
昨日ね…、幸せだって連絡がきたの…。
あれだけ結婚はしないって言ったのに…。
許せなないわ…。
裏切り者よ…。」
と聞いてもいないことを話し始めて、エメは猫耳神官のフラグを立ててしまったと思った。
「あ、あの…。」
「あっ!!ごめんなさい。ついね…。はぁ…。」
猫族の神官は、大きなため息をつくと、じっとエメを見つめ、
「…それにしても、エメ君、君は可愛いわね…。お姉さんと結婚しない?」
「い、いや、それは…。」
「冗談よ、冗談っ!」
エメは、猫耳の神官の目が本気だったので冗談には聞こえなかった。
「さっ、着いたわ。」
やがてエレベーターが停まり、二人は休憩所らしき場所に案内された。
「ここで少し待ってて。
君たちの訪問を断ったみたいだけど、今度は私が引っ張ってでも連れてくるからっ!」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございますっ!」
猫耳の神官は颯爽と走っていったので二人は力強い味方がついたと思った。
残された二人は、休憩所の横にある足下から天井までガラスになっている窓に立って外を眺めた。
「ひっ、下を見ると怖いね…。」
「そ、そうだな…。」
窓の下にはさっき通ってきた道路と豆粒よりも小さな人間が見えて、神殿の高さを物語っていた。
「エメ、今度は会ってくれるのかなぁ。」
「どうだろうな。」
「僕たちが子どもだから会ってくれなかったのかなぁ。それとも忙しかった?」
「さぁな…。もともとアポ無しだったから、期待していなかったけど。」
「あふぉなしだった?」
「い、いや…。ま、まぁ、あの人に期待しようぜ。」
「そうだね。あの神官さん、格好いい人だったね。」
「そうかぁ?」
「そうだよぉ。女性だけど男らしいというか。」
「あぁ、男よりも強そうだったなっ!あれだとモテないかも。」
「それを言ったら駄目…。」
そんなことを話していると、猫耳の神官が一人の中年男性を引っ張るように連れてきた。
「二人ともお待たせ。
というか私ってそんなに男らしい…?」
二人は話を聞かれていた事に焦ってしまった。
「あっ!えっと、うんと…。」
オケヨトは、誤魔化すことも出来ず口ごもったため、
「ち、違いますっ!頼りがいがあるという意味です…。」
エメは言い訳がましく説明を加えた。
「ぷっ!くくく…。」
すると、引っ張られた中年男性が苦笑し始めた。
「も、もう、良いわ…。えっと、トウミさんよ。」
猫耳神官は照れながら男性を紹介した。
「こ、こんにちは。」
「こんにちは。」
二人が挨拶すると、その中年男性は猫耳神官から解き放たれた。
「さ、座りましょう。逃げないで下さいねっ!!」
「分かったよ…。逃げないって…。
しかし、男らしいか…、くくく…。」
「もうっ!」
中年男性は苦笑しながら椅子に座り、猫耳神官は怒りながら座って、エメとオケヨトもそれに続いた。
「あ、あの、お越し頂いてありがとうございます。本日、私たちが来たのは…」
エメは、丁寧にお礼を言うと、トウミと呼ばれる中年男性に事情を説明した。
だが、トウミは困った顔をするだけで、予算は増やせないとしか返事をしなかった。
「どうしてでしょうか…?」
エメは食い下がってみたが、
「身寄りの亡い子どもが増えすぎていてね…。
仕事が減りつつあるのが問題なんだよ…。
子どもを育てられなくなった人が多いんだ…。」
「そのお話しは私たちの孤児院の神官も話していました。
何故、仕事が減ってしまったのでしょうか。」
「…これは私たちに問題がある…。」
「えっ?」
「受付で機械の人間を見ただろ?」
「はい。ロネントという…。」
「…そう、そのロネントが、この国で増えつつあるんだ。」
「それがどうつながるのですか?」
エメ達はまだ理解できなかった。
「ロネント達が仕事を奪ってしまっていて、仕事が無くなった人が増えてきている…。
我々が開発したロネントという機械人間は、無休で働くことが出来る。
人間とは違って食事も取らず、効率的に働いてくれるんだ。」
「……。」
「……。」
二人は沈黙するしか無かった。
「ロネントは人間が便利になるために開発したんだ。
だけど、便利になったのは雇い主だけだったということ…。」
「…だから、仕事を失って、子どもを育てることが出来なくなって、私たちのような子どもが増えてしまったと…。」
エメはトウミの言いたい事をまとめるように言った。
「そうなんだ…。ロネントの増加に社会がついていけてないのかもしれない…。
本当に申し訳ない…。」
と申し訳なさそうにトウミは話した。
「そんな…。」
エメとオケヨトは、トウミが会ってくれなかった理由が分かったような気がした。
「予算を増やせないか上に相談してみるが、期待しないでほしい…。
同じような要望が大陸中から集まっているんだ…。」
「そうですか…。」
二人は孤児院に帰るしか無く、トウミに会釈すると元のエレベーターで受付に降りていった。
猫耳神官は、二人が消沈しているのを見かねて、
「ごめんね、役に立てなくて…。」
と謝った。
「いいえ、おかげで担当の方と相談できたので助かりました。ありがとうございます。」
エメは、猫耳の神官に感謝した。
「…今度君たちのところに遊びに行くね。」
「はい、是非どうぞっ!」
「是非いらして下さい。」
二人は、女性神官を歓迎するように返事をした。
「それじゃ、エメ君、結婚のこと考えておいてねっ!」
「えっ、あっ、うっ…。」
猫耳の神官はウィンクしながら、嘘とも本当とも取れる捨て台詞を吐いて戻っていった。
(目が本気なんだよなぁ…。身体の中身は女なんだけど…。)
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孤児院に戻った二人は困ったことになったと思った。
「タキンは、仕送りしてくれているけど、他の卒業生に少しお願いしてみるか。」
と、エメは卒業生にお願いすることを提案した。
「う~ん、余裕があればって感じが良いかも。」
「ま、そうだよな…。」
「エメ、それよりも大人の前で堂々と話して、君ってすごいね。
僕は何を話して良いか分からなくなってしまったよ…。」
「えっ、そうかなぁ。」
エメは來帆だった頃、父親に連れられて大人と挨拶することも多かったので、特に気にすることも無かった。
(お父さんに連れられて行ったパーティが役に立ったのね…。
あの時はつまらなくて仕方なかったけど…。)
こうして卒業生にお願いすることで少しは資金が入るようになった。
だが、増え続ける子ども達に十分な食事を与えることが出来ず、まだまだお金は足りない状況が続いた。




