おばさん
地獄の世界プルガトーリョの具現化によって、そこの住人達もこの世界に現れてしまった。
その住人達は、それ相応の世界に合わせて、生きている人間達を苦しめ始めていた。
阿修羅界にいた來帆も同様に、人間を見つけては斬り殺す事を続けていた。
來帆達が殺していた相手は、復興に来ていたボランティアの人達だった。
自衛隊もいたが、武器を持たない彼らも抵抗むなしく、悪魔達にやられてしまっていた。
「ここはあまり人がいねぇ…。」
來帆はそう言いつつ、横を見ると、餓鬼界の者はその空腹を満たすため、地震で死んだ人間を食べていた。
「気持ち悪いぃ…。」
悪魔達は自分の事は顧みず、ただ、他人の行動を批判する気持ちだけは持っていた。
だから、來帆は自分の事はさておき、腹の膨れた餓鬼共の行動を覚めた目でそう批判した。
「ちっ…。」
だが、來帆も闇の世界にいた者らしく、自分も欲望を満たすため、人間を探そうと上空に飛びたった。
すると、山側近くに大きな体育館を見つけた。
「そうだ、そうだ…。あそこなら人が多いっ!」
生きていた頃のかすかな記憶があるのか、來帆はそう感じた。
そして、体育館の入り口に降り立つと、その扉を両手で思い切り開いた。
巨大な塔の出現で外にいた人達もこの中に避難していて、開かれた扉の方を一斉に見て、來帆のその不気味な姿で悲鳴を上げた。
「キャ~~~ッ!」
「ヒィ~~…。」
「な、なに、あれはっ?!」
「た、助けて~~っ!!」
來帆は、自分を見て恐れている人達を見て心が躍った。
「ヒャ~~~ッ!!!やりたい放題じゃないか~~~っ!」
そして、その不気味な足をゆっくり動かして人々に近づいていった。
近づけば近づくほど、人々は泣き叫び、その声は來帆を更に高揚させた。
そして右手を挙げて斬りかかろうとしたとき、
「來帆ちゃん…なの…?まさか…?」
と中年の女性に名前を呼ばれて手が止まってしまった。
「あ、あんたは…?お、おばさん…?」
「來帆ちゃんでしょ?その姿…どうしたの…?」
い、生きていたのね…。
來帆ちゃんが昨日からいなかったからおばさん心配したのよ。」
來帆が生きていた頃に色々と面倒を見てくれたあの女性だった。
「…ちが…ちがう…。私は來帆じゃ…無いっ!!」
「き、來帆ちゃんっ!!」
來帆は、その懐かしい声を聞いて慌ててしまい、思わず外に出て行ってしまった。
「…私、何をしているの…?」
來帆が外に出て行くと代わりに何匹かの悪魔達が入ろうとした。
「は、入るんじゃ無いよっ!!」
來帆の両手は自然とその者達を切りつけていた。
そして、強く扉を閉めるとどことも無く飛び去っていった。
「私…。」
來帆は、ここで起こった事を思い返していた。
「あの体育館に私はいた…。なんで…?なんでいたんだ…?
あの女はなんだ…?おばさん…?
おばさんって私は言った…。」
來帆はここで何かを思い出そうとするが酷い頭痛に襲われた。
「私は誰かにあそこに連れて行ったもらった…。誰に…?」
誰かの笑顔が來帆を見つめてくれような気がした。
手に出された大きな手と、
「…おにぎり…?!いけ…がみ…。池上さん…。」
池上という言葉が頭に浮かんだ。
「池上さん…。
あ、あれからどれぐらい経ったの…?
そう…、私は死んだ…。
大学の跡地で変なスーツの男に殺されて…。
ベルフェゴールに連れられていって…。」
地上に降りてどことなく歩き始めたが、ふと、倒壊したビルの窓に自分の姿が映るとその姿に驚愕した。
「これが、私…?私なの…?!」
角と牙が生え、肌は鱗に包まれて、爪には今さっき殺した悪魔と人間の血が滴っていた。
「いやぁぁぁぁぁ~~~~っ!!
いや、いやっ!!!
私、私、何をやっていたの…?
ひ、人を何人も、何人も…。」
來帆は自分の哀れな姿を見て、人間を取り戻し始めていた。
そしてあの女性の言葉が頭に浮かんだ。
<…來帆ちゃんが昨日からいなかったからおばさん心配したのよ…。>
「昨日…?昨日って言った…?
も、もしかして…、私が死んでから一日しか経ってないの…?
わ、私があの世界に行ってから数ヶ月は経ってるはず…でしょ…。
そ、それがたった一日…?」
來帆が真っ暗な世界で他人を殺しまくった日々は、地上ではたった一日の出来事だった。
時間の存在しない世界では、人間の思いがそのまま時間となって経過する。
殺すか、殺されるかといった殺伐とした世界で夢中に生きている者達にとって時間の経過はあっという間だった。
だから、数ヶ月も経過したと"思っていた"だけだった。
來帆は廃墟と化したビルの影に隠れると座り込んでしまった。
「人を殺してしまった…。何人も、何人も…。い、池上さん…、助けて…。」




