お返しのおにぎり
來帆が体育館の避難所に来てから数日が経過していた。
身体は比較的健康なこともあって、炊き出しなどの手伝いをするようになっていた。
体育館には、自分を助けてくれた池上という青年も寝泊まりをしているのが分かった。
(あの人もお家が…?)
來帆は話しかけるでも無く、池上を遠くから見ていると、いつも朝早く出かけていって、夜遅く帰って来ているのが分かった。
以前、自分に話してくれたように、救助活動をしているのだろうと思った。
今夜も池上は夜遅く戻ってくるのが分かった。
來帆は、遠くから池上を眺めていると、一緒に炊き出しをしている、やはりこの地震で自宅と子どもを失った女性が來帆に声をかけた。
「來帆ちゃんっ!」
「あぁ、おばさん。どうしたんですか?」
來帆はその声で驚いてしまった。
子どもを失って悲しいはずなのにいつも元気に活動している、この女性に來帆は励まさせることも多かった。
「何やってるのよっ!」
「えっ!何って…?」
女性は、來帆のことを自分の子どものように思っていたので、気になる男性に声もかけられない來帆に気遣ったようだった。
「あの人のこと気になるんでしょ?來帆ちゃんを助けてくれたって人よね?」
「…そ、そんな気になってるなんて…。」
來帆は顔を真っ赤にした。
「ほら、これ持っていって。あの子にあげるのよっ!」
そう言うと、ラップに包まれたおにぎりを渡してくれた。
「…あ、ありがとう…ございます…。」
「私もあの子のことは気になっていたのよ。毎日、警察の人と救助活動をしているのよ。
とても良い子じゃ無いっ!!」
「うん…。」
「ほらっ!こんな時だからって遠慮しなくて良いんだからっ!行って行ってっ!!」
來帆は、災害の後だからという理由で躊躇しているわけではなかった。
気になっていても恥ずかしさがあるからだった。
「頑張ってっ!!」
「お、おばさん…。」
來帆は、困りつつも、女性に背中を押されて勇気を振り絞って池上のところに向かい、
「こ、こんばんは…。」
と声をかけた。遙か後ろで女性の応援する熱い視線を感じていた。
「あぁ、こんばんは。石河さんだよね。」
「はいっ!覚えて下さって嬉しいです。」
來帆は視線のことや、恥ずかしさなどが吹っ飛んで、喜びで頬が緩んだ。
「服も普通の服になったね。」
「はい、配給されたお洋服に…。そうだ、これをっ!」
そう言うと、來帆は、さっきもらったおにぎりを池上に渡した。
「ありがとう。丁度お腹が空いていたんだ…。食事の時に戻れば良いんだけどね…。」
來帆は、池上が食事を取る暇も無く、救助活動をしているのだと思った。
(おばさん、ありがとうっ!池上さんのお手伝いが出来たわっ!)
「頂くね。」
そう言うと、池上はラップを剥がしておにぎりをあっという間に食べてしまった。
「食べるの早いですねっ!」
「そ、そうかい…?お腹が空いていたのかな…、あはは…。
それにしても今度は僕がおにぎりをもらうなんてね。」
「ふふっ、一番最初と逆ですねっ!」
「あははっ!」
そんなたわいの無い話をしながら池上が眠そうになっているに気づいた。
「あっ!池上さん…、お疲れのところをごめんなさい…。」
「あ、いやいや…。す、すまないね…、きゅ、急に眠気が…。」
「え、えっと…、お、お休み下さい。そ、そのラップは片付けておきますから…。」
「う、うん…、あ、あり…が…と…Zzz。」
と言うと、池上は倒れるように眠ってしまった。
來帆はそんな池上を可愛いと思った。
「ふふっ!」
熟睡した池上に毛布を掛けて上げると、ラップをゴミ箱に捨てて、自分も寝床に戻ることにした。
すると、さっきの女性が話しかけてきた。
「やったわね、來帆ちゃんっ!」
「お、おばさん、見ていたのっ?!」
どうやらあれからずっと二人を見ていたようだった。
「ふふっ、男の子の心を掴むには胃袋からよっ!覚えておきなさい。おばさん、応援するからっ!」
「(ボッ!)もう、何を言っているのよ…。」
顔を真っ赤にした來帆は、女性に就寝の挨拶をすると、段ボールに囲まれた寝床で戻った。
様々な被災者達の集まる体育館は救助隊のお陰で夜でも明かりが付いていた。
やがて21時になるとその明かりも消えて、やがて辺りはしんと静まり返ったが、來帆は自分のこれからのことを思うと、なかなか寝付けなかった。
(お父さんもお母さんもいない…、家も無い…。私どうしたら…。)
不安だらけの自分に池上は、自分をしっかりと持てと言った。
來帆はその言葉を思い出し、何とか頑張らねばと思うのだった。
(でも、今日は池上さんとお話しできて良かったなぁ…。
そうかぁ、救助活動を頑張っているのかぁ…。
すごいなぁ、こんな大変な時に…。
もっと…、私も…、頑張らない…と…。)
そんなことを考えていたら、來帆はいつの間にか眠っていた。
翌日、周りが騒がしくなると來帆も目が覚めた。
すでに昼過ぎとなっていて、体育館は老人と子供しかいなかった。
身体を動かせる者は、救助活動や炊き出しなどを行っていた。
(しまった…。私も疲れているのかしら…。)
來帆が池上の方を見ると、丁度、出かけるところだったので、自分もついて行ってみようと思った。
この時は単純に何か手伝えないかと思っただけだった。
(池上さんに、お手伝いできることがないか聞いてみようっ!)
そう思うとくよくよしていた気持ちも吹っ飛び、元気になることができた。
だが、今日の池上は救助活動ではなくて、アパートのあった場所や、大学の跡地を訪れた。
その後ろをそっとついていく來帆は自分は何をしているのだろうかと思った。
(は、話しかけるタイミングを失ってしまった…。私、ストーカーみたい…。)
さらに後を着いて行くと、池上は大学の跡地に到着した。
「あうっ!お姉ちゃん、何をしているの?ゴホッ、ゴホッ!」
「えっ!」
來帆は突然、小さな女の子に話しかけられて驚いてしまった。
10歳ぐらいと思われる少女は、子どもらしくない紫のワンピースを着ていた。
「あ、あなたこそ、こんなところで何をしているの?」
「あうん、私が聞いているのにぃっ!ゴホッ、ゴホッ!」
「え、そ、そうね。私は…、えっと、あれ、何をしているんだっけ…?」
「変なのぉ…。」
「そんなことより、あなたはどうしてここに…?咳をしているけど大丈夫なの?」
「あうん、お兄ちゃんに頼まれてお兄ちゃんに会いに来たの。」
少女は咳のことは応えなかった。
「ん??お兄ちゃんに頼まれてお兄ちゃんに…、言ってる意味が…。」
そんなことを話していると池上がこちらの方にやってくるのが分かった。
「あっ、こっち来ちゃう…。私は行くね…。」
「あうん、またね~。ふわぁ~。眠くなって来ちゃった…、コホッ、コホッ…。」
そう言うと、少女は瓦礫の端っこで眠りに落ちた。
(ね、寝ちゃった…。)
來帆は逃げるようにして物陰に隠れたが、あの少女のことが心配になった。
(私何しているだろ…。あの子、もしかしてこの地震で一人になってしまったのでは…。
咳もしていたし…。隠れている場合じゃないわね…。)
だが、來帆が少女の方を見るとすでに池上と話をしているところで、驚いた事に突然、服を着替えたり、見たことも無い巨大な物体を手から出したりと、魔法を繰り出しているように思えた。
(えっ!えっ!?魔法少女…なの?な、何あの物体…?細菌のようにも見えるけど…。)
やがて、池上が彼女に手を向けると、光りに少女が包まれて消えてしまうのが分かった。
來帆は何が起こったのか分からず、その場に座り込んだ。
(何が起こったのかしら…。あの女の子はどこに…?池上さんって何者なの…?)
[[えにし]]
「妄想は光の速さで。」第4重力子 第17部分 新しいお兄ちゃんとの思い出
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