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妄想はいにしえの彼方から。  作者: 大嶋コウジ
幻化体
134/573

カウラの立ち会い

- 翌日 -


ロウアとアマミルは、カウラを連れてイツキナの病室を訪れた。

病室には扉がなかったのでそのまま入っていくと、イツキナがベットの上で上半身をこちらに向いていた。

そして、カウラを見つけると数年ぶりに会った懐かしさから自然と笑顔になった。


「おはようございますっ!お久しぶりですねっ!カウラさんっ!今日はありがとうございますっ!」


「あぁ、おはよう。久しぶりだね。」


カウラはイツキナの元気な挨拶に少し戸惑ってしまった。。

出会った頃は声も出なかったし、身体は全く動かせなかった。

だが、今、目の前にいるイツキナは上半身をある程度動かして、声を出して挨拶まで出来るようになっていた。

カウラは、自分達の発明は、やはり彼女の回復を妨げていたのでは無いかと思い始めていた。


(ここまで回復しているとは…。)


カウラは嬉しさと悲しさと複雑な気持ちに襲われた。


「…あのロネントは使っていないのかい?」


「いいえ、まだ自分の介護で使わせてもらっていますよっ!

…何か変な話ですね、自分の介護ってっ!うふふっ!」


「イツキナ君…もしかしたら、私たちは君の回復を妨げてしまったのでは無いかい?」


カウラは聞かざるを得なかった質問を恐る恐る聞いた。


「そんなことありませんっ!

あのロネントがあったからここまで回復したんですっ!!!

それにあの発明で助かっている人は沢山いるはずっ!

だから、"ラ・アヒとラ・アムの賞"を取れたんですよっ!!」


カウラはアマミルと同じように強く否定してくれたイツキナから少し救われたような気がした。


「そうか、そうか…。」


「カウラさん、気にしすぎですよ。

イツキナよりも酷い障害を持った人もいるから絶対に喜んでいますってっ!」


アマミルもカウラを励ましてくれた。


「そうだね…。私の元にも感謝の声は聞こえているよ。

だけど、第一号の君がこうして回復しているのを見るとついね…。」


「もっと自信を持って下さいっ!良いお仕事をしているんですからっ!コーチッ!」


イツキナは、ロネントを操作していた頃のビシビシと指示していたカウラを思い出して、今の弱気なカウラを少し皮肉った。


「コーチ…?久々に呼ばれたなぁ…。」


そう呼ばれるとカウラは引き締まる思いがした。


「…やれやれ、患者に励まされるとはね…。」


そして、こんな弱気では駄目だと思った。

イツキナの笑顔を見て、この子ためにもっと自分が出来ることが無いか考えるのだった。


改めてそう考えると、イツキナの脊髄を再生する治療はあまりにも無謀だとますます思えてきた。


「イツキナ君、それにしたって…、君は全く…困った子だ…。危険な賭に出たね…。」


「はい…、だけど、自分を応援してくれた部活のみんなに応えたくて…。」


「君の所属する部員達は素晴らしい人達ということかい?」


「そうなんですよっ!私の自慢の後輩達なんですっ!

もちろん、カウラさんの弟…、そう、ロウア君もですよっ!」


カウラは目一杯の笑顔で話すイツキナを見て、イツキナの恐れを知らない勇気の源泉が分かったような気がした。


「カウラさ…、あ、兄貴、そろそろ手術室に移動しないと…。」


ロウアはカウラには、相変わらずたどたどしかった。


「おぉ、そうだった。お前の魔法とやらを楽しみにしているよ。」


「う、うん…。」


「カウラさん、驚かないで下さいねっ!弟さんはすごいんですからっ!!」


イツキナは無邪気にロウアのコトダマを自慢した。


「うんうん。」


ロウア達は、空中に浮遊する車椅子に乗ったイツキナと共に移動した。


-----


手術室に到着すると、イツキナはいつものようにベットにうつ伏せになった。

アマミルとロウアとカウラは、イツキナの横に立った。

ロウア以外には見えなかったが、髪の短い女神や、メメルト、魂のロウアもこの様子を空中から見ていた。


「医者を説得するのに苦労したよ…。ちゃんと報告してくれって念を押されているよ。

だが、動画は撮ったら…。」


「うん…、ごめん…。」


「そうだよな…。やれやれ…、秘密主義だなぁ。」


イツキナの回復治療は慣れてきていたので、最初に魂と肉体を切り離してから開始するようになっていた。


(なんか、やりにくいなぁ…。)


(イケガミ様、カウラという人が貴方様の過去世の姿なんですよね。)


髪の短い女神はカウラについて聞いて来た。


(はい、そうです。何で分かるかと言われると困るんですが…。)


(いえ、私たちから見るとお顔も背丈もそっくりで、理解できますよ。

しかし、光りの量はまだ貴方ほどでは…。)


(えっ?)


(一万年経つと成長するってことじゃね?)


と、魂のロウアは分かったように話した。


(成長…。)


(きっとそうでしょう。転生輪廻を繰り返して魂修行を繰り返した結果だと思います。)


(そうなのかな…。)


ロウアは実感できなかったが、この魔法のような力もそのお陰かなと思った。


「え、えっと、やりま…、やるね…。」


「ふむ。」


ロウアは両手を使ってナーガル語で文字を切りながらコトダマを発した。


「な、何だい?その手の動き…は…。」


<<ワ・キタ・キト・ンルル!>>


カウラが話しかけていたが、同時にロウアはコトダマ続けた。


「ま、眩しいっ!!」


そしてイツキナの身体が一瞬大きく光ると、イツキナの魂は身体から離れていった。

もちろん、そのイツキナの姿はカウラには見えない。


「な、何が起こったんだ???」


カウラが光りの落ち着いたイツキナを見ると、スヤスヤと眠っているだけだった。

それを見て、カウラは呆然としてしまった。


「終わりました…。」


「えっ?!終わった…?何が終わったんだい…?」


カウラは考えをまとめる前に医療ロネントがいつものように手術を開始した。


"ハジメル…。"


医療ロネントが背中を切開したのでカウラは、見ていられなかった。


「…い、痛。」


カウラは自分が痛いわけでは無いが、思わずつぶやいてしまった。


だが、イツキナは何も反応せず、眠ったままだった。

続いて、ロネントは回復のための薬を切開した場所に塗って治療用の光を当てた。


「あぁ…。」


だが、同じように無反応なイツキナを見て驚いていた。


「これも痛くないというのか…。」


カウラは、この時代特有の耳につなげない聴診器をイツキナの背中に当てた。

その情報は、随時、カウラのツナクトノに表示されていた。

カウラはその表示された情報を見ていたが、特に変な値は出ていなかった。


「異常値はない…。これが魂が離れた状態だと言うのかい…?」


「は…い、うん。」


「見た目は何も変わらない…が…。」


「完全に離れた状態ではありま…、ないから…。幽体と呼ばれる魂の一部は残って身体を制御してい…る。」


「はぁ…。全く…。魂について我々は勉強不足ということか…。

だが、どうして魂が離れていないと言えるんだい?」


「シルバーコードと呼ばれる魂と肉体と結びつける線が切れていないんです、だ。」


「なんだって?しるはーこーと?肉体と魂は、何かの線でつながっている?」


「霊線とも呼ばれて…いるよ。その線が切れたら、"死"…です…だよ。」


「…そうなのか。そ、それでは少し前の時代に行われていた臓器の移植手術というのは…。」


「移植手術ッ!この時代にもあったのっ?!」


「あぁ、あったよ。」


ロウアは嫌な思い出があった。


「臓器移植は、魂と肉体がつながっているままで行う手術…。

生きたままで意識のある…、その状態で身体から臓器を抜き取るということ…。

痛みももちろんある…。

天国に帰るのを邪魔する恐ろしい治療なんだ…。」


ロウアは池上だった時代に移植手術によって、痛みで叫んでいた魂の声を聞いたことがあった。

その恐怖と痛みで叫ぶ声はいつまで耳にこだまして、しばらくはまともに眠れなかった。


始めてイツキナの治療に同席したときに、その叫び声と同じだったのでロウアは放心状態になってしまった。


「…そうか、そうなのか…。」


「だから、この時代の再生手術はすごいと思うんだ。」


「さっきから言っている"この時代"ってなんだい…?」


「えっ!あっ、いや…。えっと…あはは…。さ、再生手術はすごい手術だよね…。」


「ふむ…、だけど、お前の話で移植手術が中止された理由が分かったよ…。」


「…中止された?」


「十数年前に神官達がある日、臓器移植は止めろと言い始めたと聞いている。

それで今の再生治療の研究が開始されたらしい。」


「そうなんだね…。」


「はぁ、何てことだ…。恐れ入ったよ…。

あぁ…、だけど、イツキナ君の背中は見ることが出来ない…。」


カウラはイツキナの方に視線を移したがその背中は直視できなかった。


「それは僕らも同じです、だよ。」


30分ほど再生治療の光の照射は終わって、医療ロネントによって背中は縫合された。


-----


ロウア達は、いつものようにイツキナをベットに寝かしたまま病室に戻した。


「う~ん、眠っているだけにしか見えないんだけど…。」


「(ねぇねぇ…。)」


「はい?」


アマミルはロウアを小声で呼んだ。

ロウアはアマミルが何も言わないのでどうしたのかと思ったが、アマミルが自分の手を目に当てたのでやっと言いたい事が分かった。


(霊視能力を与えるコトダマか…。どうなんだろ…。)


(別に良いんじゃね?俺は離れておくぜ?)


魂のロウアはもうこれ以上何をやっても変わらないと思った。

だが、ロウアはそこまで見せるとカウラがこの後どうなってしまうのか分からないと思った。


「あ、兄貴…。」


「なんだい?」


「驚かないでね…。」


「何をだい?」


ロウアはコトダマを切った。


<<つながりを強くするコトダマ ワ・キ・ヘ・キ・ミル>>


「また、その魔法か…今度はなんだい?」


と、言った瞬間、カウラは、目の前で寝ているイツキナのそばにイツキナが立っているのが見えて言葉を失った。


「イ、イツキナ君が二人いるっ!」


「あ、兄貴…、そこに立っているのが魂となったイツキナ先輩で、だよ。」


「何だってっ?!何だこれはっ!!」


「あら、本当にいるのね。」


アマミルもロウアの力で始めて魂となったイツキナを見た。


「ぷっ!」


するとアマミルは突然吹いてしまった。


「イツキナったら死んじゃったみたいっ!」


(もう、笑わないでよっ!)


イツキナは、アマミルが自分を見て吹き出したので怒っていた。


「イツキナ君が怒っている…。

いや、しかし…。これはどういう能力なんだ…。

お前いつからこんな事が…。」


「え、えっと…。」


ロウアは答えに困ってしまった。


「う、海で溺れてからです…かなぁ…。」


「そ、そうか…。あの事件はお前にそんな力を与えたのか…。

ラ・ムー様のおぼしめしかもしれないな…。」


カウラがそうつぶやくと、イツキナはカウラの目の前に手を振った。

カウラが否応なくイツキナを見ると、驚くような事をし始めた。


(コーチッ!見て下さいっ!この状態だとお空も飛べるんですっ!)


そう言うと、イツキナはベットの上をクルクルと回り出した。


(それに足も身体も自由に動くんですよっ!)


イツキナは手足を自由に動かして見せたので、カウラは呆気にとられた。


「やれやれ…魂は自由ということか…。

そうだよな、学校ではどんな病気だろうと死を通して自由になると聞いていた…。

しかし、目の当たりにするとは…。」


(えへへっ!こうなると色々なものがすり抜けちゃうですよっ!)


イツキナはそう言いながら、カウラをすり抜けたり、壁をすり抜けたりした。


「うわっ!」


カウラは自分を抜けていったイツキナに驚いていた。


「はぁ、もう頭がおかしくなりそうだ…。これを医者達に説明しろだって…?」


カウラは頭を抱えてしまった。


「え、えっと、だから説明しないで欲しいというか…。コトダマは秘密にして欲しいんです、だ。」


ロウアは慌てて、改めてカウラにこのコトダマについて話さないで欲しいとお願いするのだった。


「お前が始めに言っていたことが分かったよ。

しかし、お前…、これを説明できるわけが無いよ…。

神官にも説明しても理解できないかもしれない…。」


「だ、だから…。」


「分かっているって…。これは困ったよ…。本当に困った…。」


10分もすると、イツキナは見えなくなっていった。


「見えなくなった…。この魔法…、まさにそう呼ぶしか無いな…。

魔法が切れたって事か。」


「そう…。一時的に見えるようにしただけだから。」


「まさか永遠に見えるようにすることも?」


「言葉を組み合わせれば出来るかもしれない…。」


「はぁ、さっき、お前が腕で描いていたのはナーガル語だよな…。

言葉で魔法を引き出しているってことか…。」


「言葉は力だよ…。

否定した言葉を言い続ければ悲惨ななことが起こるし、肯定した言葉を使えば未来が開けてくる。

あまり分かっていないけど、ナーガル語は霊界から力を導く力があるんだと思う。」


「…お前は神官みたいな説教をするな…。」


「ぷっ!」


(あははっ!)


(カウラさんの言う通りねっ!)


カウラの言葉はアマミルや魂のロウアや、イツキナまで笑わせた。


「……。」


ロウアはみんなから同じ事を言われるのでうんざりとした。


そして数時間が経過して、イツキナの戻る時間となった。



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