キノコ達のダンス大会
イツキナの身体の代わりとなるロネントの操作は、ある程度プログラミングされた動きに対して、命令をするだけで動かせるところまで到達した。
だが、プログラミングされていない独自の動きをさせようとすると、命令の情報量が多すぎて受信側でパンクしてしまい、すぐにロネントが停止してしまうのだった。
「はぁ、困ったなぁ…。」
カウラは、ため息をついた。
オサとエハは、悩む自分達の上司を助けようと思ったが、何かアイデアがあるわけでは無かった。
それに、身体の動きのプログラミングも思った以上に無数に存在し、難航しているところだった。
「…すいません。協力できずに…。」
「オサ君、いいよ。君たちは、日常的な動きをロネントに覚えさせないとね。」
「はい。…だけど、プログラミングの数が思った以上にあって驚いていますよ…。」
「そうだよな、オサ…。」
エハもオサと一緒にプログラミング作業に専念していた。
ある程度の動きは各種の労働ロネントからフィードバックされてムーの中央演算装置に集まっていたが、人間的な日常の動きはフィードバックされていなかったため、以外と作業量が増えていた。
例えば、土木工事専用の労働ロネントが、風呂に入ったり、食事を取ったりする動きは取らないからだった。
しかも、人間の自然な動きを人形であるロネントに覚えさせる必要があったので細かい制御が多くあった。
「自分が食事をするときにどんな動きをしているのかなんて意識していませんでしたからね。」
「オサが言うように、無意識の動作が多くて驚いています。」
「そうだよな…。イツキナ君に聞いてみないと学生の時に何をしていたのかも分からないし…。」
「勉強したりという動きだよな。
しかもイツキナさんは女性だろ?
僕らじゃ女性らしい動き方なんて分からないよ…。」
オサとエハは、愚痴をこぼしながらも何とかこの仕事をこなすしかないと思っていた。
「すまんな、二人とも…。さて、私もどうにかしないと…。」
そう言うと、カウラは席に座りながら頭を抱えてしまった。
「カウラさんは、少し休んで下さい。休んだ方が良い考えも浮かびますから。」
エハは連日の仕事で疲れ顔のカウラを心配していた。
「あぁ、ありがとう。エハ君…。そうだな…。」
カウラはエハに促されるまま、一旦研究室を出ることにした。
ナーガル病院の中庭に出ると、青々とした草原と青空がカウラを覆った。
日差しが眩しく、カウラは思わず細めてしまうのだった。
(良い天気だ…。)
カウラは右手で日差しを避けながら、ため息のような声を出してしまった。
昼間はほとんど研究室に閉じこもっていて、夜遅く帰る生活をしていたので、日差しの眩しさをすっかり忘れてしまっていた。
(いやぁ、外ってこんなに明るかったんだっけ…?)
カウラは、思い切り深呼吸をすると、ベンチに座って空を見上げて、雲の動きをぼ~と眺めるのだった。
(はぁ~、こんな気持ち久々かもしれない…。
ちょっと…のんびり…する…かな…。)
-----
「あ、あれ…?ここはどこだ?」
カウラのふと気がつくとベンチに座っていたはずが、いつの間にか巨大なキノコの生えた森の中にいた。
キョロキョロと周りを見回してみると、よく見る色の茶色や白色のキノコの他にも赤、青、黄色のキノコが至るところから生えている。
よく見ると自分もキノコの上に座っていた。
「え~っと、情報量だっけ?」
「えっ?」
カウラが横を見ると、髪の短い小さな女の子がこちらに話しかけてきたところだった。
白い装束のようなものを着ていて、よく見ると背中に小さな羽が生えている。
「困ったなぁ、情報量って言ったって、私には分からないもんなぁ…。」
そんな子がカウラの横にちょこんと座り、困った顔をしていた。
「き、君は…?」
「あぁ、あれ、眠りが浅くなってきたのかい?
混乱してしまうよね。
すまなかったね。私は、イツキナの師匠だよ。
さっき説明したんだけど…、まあ、覚えているわけ無いか。」
「は、はぁ?師匠…?!イツキナの師匠と言うことは、年上のはずだが…。こんなに小さな子が…?」
「はぁ、何だ。今は子どもに見えるのかい?どうでもいいか。
あんたの意識が勝手に翻訳しているだけのこと。あんた、幼女に興味でもあるんじゃない?」
「な、な、なっ!そんなわけ無いっ!!」
少女はどうでもいいと思ったのか、元の話を持ち出した。
「それより、情報が多すぎるって話さ。」
「えっ!あぁ、そうそう、情報が多すぎて詰まってしまうんだ…。
あれ?何で君がそんなことを知っているんだい?」
「さっきまで君と話していたからね。
だけど、情報…、こればっかりは、私もよく分からないんだよね…。」
「話していた…?」
カウラは見知らぬ女の子が何で自分の悩みについて考えているのか、理解できなかった。
「まぁ、考えすぎても仕方ないし、今日は気分転換でもしてもらおうかな~と思ってね。」
「はぁ、気分転換…?」
「今日は踊りの大会みたいなんであんたを連れてきたってわけ。」
「何だって?踊りの大会?僕は君に連れられてきた?」
カウラが戸惑っていると、周りはいつの間にか観客席のような場所になっていた。
観客席の前はステージがあり、聴衆する人達も多数集まっていた。
周りを見ると、自分に手を振っている人もいて驚いた。
「だ、誰だ…。」
「あんたの知り合いかもね。今世は生まれなかったからこっちから応援しているんだと思うよ。」
「な、何だって…?生まれなかった…?応援している…?」
「こっちは不思議な世界だから気にしてもしかたないさ。
おっと、あんたが目覚める前に大会を見て、楽しんでもらわないと。」
「???」
「おっ、丁度始まりそうだ。」
ステージの隅に司会者らしい人がいるのだが、キノコの帽子をかぶった小さな人間だった。
そのキノコの小人はマイクらしきものを持って話し始めた。
"さぁ、本日はお集まり頂きありがとうございました。
年に一度行われるダンスショーの始まりですっ!
何と今日は地上にお生まれになっているカウラ様が特別ゲストでおいでになっていますっ!!"
司会がそう言うと、カウラのところにスポットライトが当たった。
「はぁっ?!」
当の本人は何が起こったのか分からず、戸惑うしか無かった。
「ほら、立ち上がって手を振るんだよ。」
少女は戸惑っているカウラに立つように促した。
「…何なんだこれは…。」
仕方なく、カウラは立ち上がると苦笑いのまま、周りに手を振ってみせた。
すると聴衆は一斉に手を叩いたり、賞賛の声を上げたりした。
カウラは顔を真っ赤にしてまた席に座った。
「何なんだ…。恥ずかしい、恥ずかしい…。」
「あははっ!こりゃ、笑えるっ!」
少女は大声で笑っていた。
"カウラ様、ありがとうございましたっ!!
さぁ、早速一番目のダンサーの登場ですっ!!"
するとステージの右側からこれまた小さなキノコ達がやんやと現れてきた。
「しかし、何でキノコなんだ…?」
「あれ、あんたにはキノコに見えるのかい?目覚める直前だと、変な翻訳になるからねぇ。」
「翻訳…?本当はどうんな風に見えるんだい?」
「私には綺麗な天使の子どもが踊っているよに見えるよ。
面白いなぁ~。あんたにはキノコに見えるのか。」
「何なんだよ…。」
カウラは少女が何を言っているの分からず、ぶすっとした表情のままステージの方に目を向けた。
ステージでは、赤、青のキノコ傘のダンサー達がくっついたり離れたりしながら踊りを舞い始めていた。
その動きがあまりにも優雅なので、カウラは思わず見入ってしまった。
「綺麗なもんだな…。」
そのキノコ達は、赤色が一斉に横一列に並んだ後、青色一つの大きなキノコに変身したりした。
その青キノコはステージの端に付くと、また複数の赤キノコに変わったりした。
「…あれ、これって…。」
それが複数回繰り返すと、カウラは何かに気づき始めた。
「あぁ、あぁ、これだっ!!!」
「どうしたんだい?」
「これだよっ!これっ!!この方法があったっ!!」
「何か分からないけど、いいもんが見られたようだねっ!」
「うんうん、師匠さんっ!ありがとうっ!!!」
「師匠さんかっ!
あら、踊りは途中だけど、あんたの…部下…が…来て…し…まっ……。」
「あ、あれっ!師匠さん?師匠さん…?」
すると髪の短い少女や観客達、それにステージが薄ぼんやりとし始めて消えてしまった。
そして、カウラは頭から何かに引っ張られるように後ろに飛んで行った。




