レベル1:本能による先天的な動き
ロネントの停止という問題で、実証検証は暗雲立ちこめてしまった。
カウラ達の研究は、夜中まで続いていた。
「駄目だ…。どうやっても"詰まって"しまう。身体を動かす情報量はこんなに多いのか…。」
カウラ達はツナクトノから発せられる伝達情報の多さに驚いていた。
普段はメッセージぐらいしかやり取りできないが、カウラ達が神官達に依頼して作った装置は、魂と身体がやり取りしている情報まで読み取っていた。
その情報を単純にロネントに流しているだけだが、データがどん詰まりを起こしていたのだった。
腕を動かせば、動かすという情報が送られ、動いた後の結果も送られてくる。
それは筋肉の繊維一本一本の動きを制御する情報だった。
感覚や、視覚、聴覚、味覚なども含めたらますます情報量は増えていくのが分かっていた。
ここで何とかしなければ、この研究が止まってしまうのは明らかだった。
「神の作られた"仕組み"というのは偉大だな…。」
カウラは感心せざるを得なかった。
「そうですね…。それを制御しようとするのですから大変ですよね。」
オサは、カウラのつぶやきに同感した。
「腕を動かすときの情報は大したこと無かったよな…。」
「はい。そうでしたね。」
「さっき、イツキナさんが止まったときの情報量を調べていましたが、腕一本の時の約2,000倍ということが分かりましたよ…。」
「はぁっ!そりゃ、止まってしまうわけだっ!
しかし、関節は260箇所あるというが、情報の増え方が想像以上だな…。」
エハが調べた内容にカウラは驚嘆した。
「腕や足の指もありますからね…。」
「オサ言うとおりだよね。」
「腕一本程度なら簡単に動かせたというのに…。
はぁ~、原点に戻って調べ直さないといけない。」
「そうですね…。」
「う~ん。」
三人はどうにも出来ない問題にぶつかって困り果てた。
「今日は解散としよう…。」
「はい…。」
「お疲れ様でした…。」
研究は深夜にまで及んでいたので、今日は解散となった。
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カウラは自動運転の車に乗って帰宅した。
疲れていたので乗った途端、寝てしまい、気づいたら家に到着していた。
"トウチャク…、トウチャク…。"
到着を知らせる音声が流れ続けていたが、全く気づいていなかった。
「あ、あれ…。到着していたのか…。ふぅ~。」
カウラはいつ着いたのか分からないまま、車を降りて家の扉を開けた。
「オヤッ!お帰りなさい。ゴシュジンッ!」
玄関では、家政婦型のロネントが相変わらず素っ頓狂な声でカウラを迎えた。
「あぁ、ただいま。相変わらず変な声を出すなぁ。
さすがに、みんなは寝ているね。
それにしても疲れた…。風呂は入れるかい?」
「ワイテルよ。おぼっちゃんっ!」
「ご主人とかおぼっちゃんとか、どっちなんだい?
親父と僕を認識する装置も壊れているのか…。いつか直さないとな。」
「寝間着を用意するヨッ!」
「あぁ、ありがとう。」
カウラは、疲れを癒やすために風呂につかった。
そして、自分の右手を目の前に持ってくるとその動きに見入ってしまった。
(自分の"身体の動き"すらじっくりと考えたことすらなかったな…。これだけ身近なものなのに…。)
カウラは自分の右手を裏にしたり表にしたりしながら、眺めていた。
(私はこれをどうやって動かしているんだろう…。
右手を動かしたいと思ってから動いているわけじゃない。
ある程度は勝手に動いている。
例えば風呂に入るという動作は、そうしたいと思ったから動くのだろうか。
いや違う。
風呂に入る動作を想像しても身体は動かない。
だけど、ん?)
カウラは風呂の中で考えすぎて、のぼせ始めてしまった。
すると勝手に身体が風呂から出てしまった。
(そう、こうやって勝手に動く時もある…。あぁ…。そうか…、勝手に…動いている…。)
カウラは身体が動くということが分かったような気がした。
(そうか、そうかっ!
考えてみれば、動物は生まれたときから歩き出すじゃないかっ!
人間だって成長すれば歩き始める。
つまり、ある程度は本能という形で覚えているんだ。)
カウラは身体の趣くままに身体を洗い始めた。
(だけど、初動作は身体の主人である魂が担っている。
主人である魂の思いが伝わって、始めて身体を動くんだ。
魂が動かなければ身体も動かない。)
カウラは身体を洗い終えると、また風呂につかった。
(だが、この風呂に入るという動作や、身体を洗うという動作は、どうやって覚えたんだろうか…。)
そう思ったとき、子どもの頃、親と一緒に風呂に入ったことを思い出した。
(あぁ、親を見て覚えたのか。
そうか、周りを見て覚える動作もあるということだな。
つまり、後天的に覚えた"自分で作り出した動き"もあるということだ。)
カウラは風呂の天井を見上げてみた。
(つまり、先天的に覚えている本能による動きと、後天的に覚えさせる動きと二種類があるんだ。
まずは、本能による動きを何とかしてみようっ!!!)
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カウラは出勤するとすぐにオサとエハに説明を始めた。
「聞いて欲しい。」
「はい、カウラさん。」
「どうしたんですか?」
「えっと…。身体が動くというのは、パターンでしかない。
歩く、走る、掴む、食べる、飲む。
歩くためには右足を前に出してから、身体全体を前に出して左足を出すとか、いちいち命令しているわけじゃ無いだろう?」
「はい。そうですね。」
オサはカウラが何を言いたいのか分からないまま返事した。
「この動きを全て動かす人物の思いで全てをやろうとするから無理があるんだ。」
「はぁ、つまり…?」
エハも言いたいことが未だ分からなかった。
「命令を入れるだけにすれば良いんだよ。」
「命令?」
「例えば、右手でコップを掴む動作をひとまとめの動作としてプログラムしておく、ただ実際にはコップの位置は環境によって変わる。
だから、割込を入れてその動作を調整するようだけにするんだ。」
「つまり、歩くとか走るとか、寝るとか座るなどの全ての動作をプログラムすれば良いと。」
「そうだ。ある程度はロネントに覚えさせておいて、イツキナ君は命令を入れれば良い。
細かい調整をしたければ割込を入れさせれば良いんだ。」
「あぁ、それなら情報も少なくて済みますね。」
「いけそうですねっ!カウラさんっ!!
段階5の人工知能なら動きはある程度、プログラムされているからすぐにでも出来そうですっ!」
オサとエハは、光りが見えたような気がした。
「早速始めようっ!」
「はいっ!」
「分かりましたっ!」
三人は、ロネントの段階5の人工知能に変更して、イツキナに操作してもらった。
「お、おおっ!止まらない。止まらないぞっ!」
「あぁ、すごいです。なるほど、前に歩くって思うだけで良いんですね。」
イツキナの音声もアマミルの協力もあって以前と遜色ない声となっていた。
だが、止まることが出来ず、壁にぶつかって倒れてしまった。
「あぁ…。」
「す、すいません。む、難しい…。細かく命令を入れないとこうなってしまいますね。」
イツキナは倒れたままの状態で謝った。
「そうだね…。立てるかい?プログラミング済みだと思うんだ。」
「はい、やってみます。」
言われたとおり、イツキナが命令を発すると、自動的にロネントは立ち上がった。
「お、上手くいったか。よし、後は訓練だけだなつ!」
「はい、コーチッ!」
「コ、コーチか…。」
「ふふふっ。」
「お、今笑ったよ?笑顔の指示を出したのかい。」
「えぇ?意識していませんでした…。」
「何と…。そうか無意識で飛んでいる命令もあるのか…。顔を動かす命令ぐらいなら量も少ないから問題ないのか。」
「コーチッ!頑張りますっ!えっと、頑張りますは、こう…か…なぁ…。」
そう言って、イツキナが腕を自分で動かそうとした時、また身体が止まって倒れてしまった。
今度は全く身体が動かないのか、ピクリともしなくなった。
「あぁ、イツキナ君…。」
┌───────────────────┐
│あれれ、どうしたんでしょう…。 │
└───────────────────┘
死体のようになったロネントの上部にイツキナのメッセージが表示された。
「また制御停止しています…。」
オサが以前と同じようになっていると連絡した。
「自分自身で動かそうとするとまた情報が多すぎて止まってしまうのは変わらない…。」
これは、つまりロボットのような個性の無い動きしか出来ないという意味だった。
「これでは人間らしい動きが出来ない…。」
┌───────────────────┐
│は、はい…。 │
└───────────────────┘
「イツキナ君は訓練を続けてくれ。また少し考えるよ。」
┌───────────────────┐
│で、でも、ありがとうございます! │
└───────────────────┘
「うん?いやぁ、すまんね。あんまり動けずに…。」
┌───────────────────┐
│いいえ!いいえ! │
│歩けたんですよ? │
│私、歩けたんです! │
│こんなに、嬉しいことはありません! │
└───────────────────┘
「そ、そうか、そうだね。」
カウラが、イツキナを見ると涙を流しているのが分かって、驚いてしまった。
「そうか、そうか…。」
その涙はカウラ達を勇気づけた。
先行きの見えないと思われた研究だったが、世の中に立つと確信した瞬間だった。
カウラはハンカチでイツキナの涙を拭いて上げた。
「再起動しました。」
オサがそう言うと、イツキナは倒れたロネントを立たせる命令を入れた。
そして、前に歩き始めて壁の手前で右に曲がったり、左に曲がったりして何とかロネントを制御しようと訓練を始めた。
カウラは、歩いたり倒れたりしているロネントを眺めていたが、しばらくしてイツキナを見てみると、その瞳が輝いているのでドキッとしてしまった。
(未来を変えようとする意思が、目を輝かせている…?
こんな綺麗な目は初めて見たような気がする…。
誰も彼もが便利な世の中で遊ぶことしか考えていないというのに…。)
カウラは全身が震えるのを感じた。
「イツキナ君っ!僕もやるぞっ!イツキナ君が一人で学校に通えるところまで回復させてやるっ!」
それは研究員の三人の意思でもあった。
「コーチッ!ありがとうございますっ!!」
問題は抱えつつも検証実験は一歩ずつ確実に進んでいた。




