コーチと選手
実証一号機は、メカがむき出しになったような、美しいとは言えないロボットのような身体だった。
しかも、まだ上半身しか無く、頭、腕、手はバラバラとなって天井から吊されていた。
そんな"身体"でもイツキナは食らいつくように頑張っていた。
カウラもイツキナの頑張りに応えるように日々調整が続いた。。
「そうそう、実際に自分の指を動かすのを想像するんだっ!
その思いをロネントに伝えないと駄目なんだっ!!」
だが、イツキナは指すらも動かせなかった。
たまに動くことはあっても、人差し指と思ったが、薬指が動いたりと全然指が違うところが動いたりした。
┌───────────────────┐
│上手くいかない…。 │
│ごめんなさい…。 │
└───────────────────┘
ツナクに伝わるメッセージも"思い"をよりダイレクトに伝える装置に変わっていた。
この装置は後々一般化されるようになり、人の"思い方"によって「!」「?」「…」のような感情表現が出来るようになった。
「気にするなっ!イツキナ君なら出来るはずっ!」
┌───────────────────┐
│はい! │
└───────────────────┘
二人は、まるでスポーツのコーチと選手のような関係になっていた。
コーチであるカウラの激しい指示に、イツキナは精一杯応えようと努力した。
だが、指一本まともに動かせない日々が数週間続いた。
ある日、アマミルもイツキナも応援しようと、実証実験に参加した。
┌───────────────────┐
│アマミル、駄目なの…。 │
│指すら動かせないの…。 │
└───────────────────┘
「う~ん、どうしてかしら…。」
"足からやったらどうだい?"
「えっ?!」
アマミルは、またどこからか声が聞こえた。
今までは幻聴かと思っていたが、段々と誰かが自分達を応援しているのだと分かってきた。
(どなたか分かりませんが、いつもありがとうございます。)
アマミルは心の中で声の主に感謝の気持ちを伝えた。
┌───────────────────┐
│どうしたの? │
└───────────────────┘
「ううん、何でも無い…。」
(足…?そうか…。陸上で鍛えていたから…。)
「イツキナ、カウラさん、足からやってみたらどうでしょうか?」
アマミルからの提案でカウラは少し戸惑った。
自分達の検証は、より簡単に操作できる指からと計画していたからだった。
「足から検証するというのかい?」
「そうです。イツキナは陸上の選手だったから。上手くいくかもしれないです。」
「あぁ、なるほど…。オサ君、エハ君、準備してみよう。」
「はい。分かりましたけど…。」
オサは少し歯切れの悪い返事をしたのでカウラは何か問題があるのだと思った。
「うん?どうしたんだい?」
「もう、準備済みですよ。」
エハは、オサと申し合わせたように、準備済みの足の試作機を提示した。
「あ、あれ?この足ってもう動くの…?準備早いね…。」
「全身でやるってカウラさんが言ったから。」
「そうですよ、だから試作機は準備していたんです。」
「はぁっ!さすがだなぁ。」
「優秀な部下達でしょ?」
オサとエハはどうだという顔をしていた。
「うんっ!うんっ!」
「早速…、うん?!…おぉっ!!!」
カウラがまさに検証を開始しようとした時、空中に吊されたロネントの足が、走る動作をしていたので驚いてしまった。
「何と?!動いているぞっ!えっ!?こ、これ、イツキナ君がやってるのっ?!」
┌───────────────────┐
│は、はい…。 │
│走りたいという気持ちが先行してしまい │
│ました。すいません…。 │
└───────────────────┘
「いやいやっ!!すごい、すごいぞっ!やるじゃないかっ!!」
┌───────────────────┐
│はい!はい! │
│走ってる、私、走ってます!! │
│やった!やったわ! │
└───────────────────┘
「イツキナッ!やったわねっ!!」
アマミルはそう言うと、友の頑張りを讃えて抱きついた。
イツキナは涙を流して喜んでいた。
「あぁ、ラ・ムー様、ありがとうございました。」
"私はラ・ムー様じゃないけどね。"
アマミルにはそう聞こえたような気がした。
このことがきっかけとなり、イツキナはロネント操作のコツを掴んだ。
最初は思うように動かなかった指すらも段々と動かせるようになってきて、空中に吊された試作機の各部をある程度自由に動かせるようになっていった。
「上手く動かせるようになってきたわね。」
アマミルは、その様子を見て喜んでいた。
そして、ついに各部を結合させたロネント第二号が制作された。
「どうかなぁ。まだ、身体の色々なところに線が入ってしまっているけど…。」
カウラが紹介した第二号は、人間の姿に似ているが、安物のロネントのようだった。
すぐに分解、調整が出来るようにフタのようなところもあるし、腕や足もすぐ取り外せるようになっていた。
┌───────────────────┐
│だ、だけど、胸があるのは何故ですか…?│
│裸のようで少し恥ずかしいのですが…。 │
└───────────────────┘
イツキナの苦情ももっともで"女性型"の安物のロネントを流用しただけなので、体系は女性そのものになっていた。
「いやいや…、身体は…、えっと…、す、すまない…。まだ安物なのだよ…。しばらく我慢して欲しい。」
┌───────────────────┐
│は、はい。 │
│だけど、せめて服は着せて欲しいです…。│
│わがまま言ってごめんなさい…。 │
└───────────────────┘
「いやいやっ!!もっともだっ!!もっともだ、もっとも、もっともっ!!」
「す、すぐに用意しますっ!」
「ご、ごめんね…。」
女性の感情を全く気にしていなかった研究員の三人は、慌てて患者用の服を着せた。
「こ、これで大丈夫だろう…?」
┌───────────────────┐
│はい、ありがとうございます! │
└───────────────────┘
すると、患者用の服を着たロネントは、普通の少女のように歩き始めた。
┌───────────────────┐
│あ、あれ? │
└───────────────────┘
ロネントは、自然と動き出してしまったため、当の本人も驚いてしまっていた。
「おぉっ!!!」
「す、すごい。」
「何てことだ…。こんなあっさりと…。」
研究員の三人は、ロネントが歩いている姿を見て感動した。
「"あ"、"あ"、"あ"、こ"、言"葉"も話"せ"ま"す"ね"。だ"け"ど"、変"な"声"…。」
「それはすぐに直すよ。いくつか準備された合成の声から似たものを選ぼう。
すぐに調整してきれいな声になるはずだよ。」
「わ"か"り"ま"し"た"。で"、で"も"、す"ご"いっ!!
す"ご"い"で"す"っ!私"、動"い"て"い"ま"すっ!!」
ダミ声のような声だったが少女は1年ぶりぐらいに声を出した。
腕を動かした。足を動かした。
「す"ご"い"っ!す"ご"い"っ!す"…ご"…。」
「あれ…。」
だがしばらくすると、ロネントが停止してしまい、その場に倒れてしまった。
「あぁ、止まってしまった~っ!」
オサとエハは慌てて身体を調査したが、どうして止まってしまったのが原因が掴めなかった。
「カウラさん、原因がいまいち掴めません…。」
「何でだろう。う~ん。」
それから再起動して、動きを試してみるのだが、しばらくすると停止してしまうことが続いた。
「もしかしたら、ツナクから流れる情報が多すぎるのかもしれない。ログを見ていたが、途中で切れしまっている…。」
カウラが出した結論は、こうだった。
「情報が流れすぎて、ロネントで受け入れられないと…。」
「そうかもしれませんね…。」
「どうするか…。こんなに近くで動かして切れてしまうのだ…。
遠く離れたらすぐに止まってしまうよ…。」
情報転送量の問題で、検証実験は頓挫してしまうのだった。




