ある競技場で
- 5年前 -
イツキナは、我々の時代でいうところの陸上部のような部活で汗を流していた。
ムー文明でも走る、飛ぶといった身体を使った競技は盛んだった。
今日も運動場でイツキナは近く開催される運動競技大会に向けて走り込んでいた。
イツキナの走りは、ナーガル校全体で有名だった。
彼女のすらっとしたスタイルは誰もが魅了された。
白い肌と黒い髪はムー大陸の一般的な人間の姿だったが、走ることでなびく黒髪は誰もが魅了された。
そのため、今日も運動場では彼女の練習する姿を一目見ようとする色々な生徒達が集まっていた。
イツキナは、それらのファンをみて恥ずかしいと思っていた。
何で自分を見てくれるのかよく分かってもいなかった。
部活のメンバーであるアマミルは、それをからかった。
「イツキナ、今日もファンが集まっているわよ。手を振って上げたらどう?」
「もう、アマミルったら、ふざけないでよ…。恥ずかしいんだから…。」
「恥ずかしがる事なんてないわ。あなたを応援してくれる人達なんだから。」
「う~ん…。応援してくれるのは嬉しいけどなぁ…。」
「そうよ、もっとみんなに感謝しないとっ!」
「う、う~ん。そうね…。」
イツキナはそう言いながら、こちらを見てくれている生徒達に手を振った。
すると黄色い声援が上がった。
「キャ~ッ!」
「イツキナせんぱ~いっ!!」
「かっこいいっ!!」
「今日も頑張ってくださ~いっ!!!」
「今度の大会応援しています~~っ!!」
ファン達はイツキナに手を振ったり、両手を挙げたりして、大喜びだった。
「は、恥ずかしいわ…。」
「ふふっ。」
「だけど、何故かしら…、女の子ばかりなのよね…。」
顔立ちがスラッとしていて男性っぽいところが、顔立ちの良い男性のように見えているのか、女性ファンがほとんどだった。
「男子がいないところなんてあなたらしい。」
「何よっ!私らしいってっ!」
「うふふっ!さっ、練習、練習っ!」
「もうっ!」
そう言うと、アマミルとイツキナは、いつもの練習メニューを開始するのだった。
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夏になると陸上競技大会が開かれた。
この大会は、12神官のうち、ラ・フムロを讃える意味もあり、ムー大陸に存在する学校から集まった人々が様々なスポーツを競い合うのだった。
この時代は地球全体が温暖期だったこともあるが、夏らしく熱い日差しが競技場を照らしていた。
大陸の外側は、逆に海が蒸発して積乱雲を作っていた。
そんな熱い大地の上に作られた競技場には、ムー大陸を守ったとされる武人ラ・フムロが、応援席の一部に武人らしく武器を持って勝利の雄叫びをあげる像となって選手達を応援しているようだった。
大会は、短距離走、中距離走、長距離走はもとより、高跳び、走り幅跳び、剣、弓、槍といった武器を使った競技や、武器を使わないようなレスリングのような競技、変わったところでは踊りの美しさを競う競技、一人乗りの用の馬が引っ張る戦車を使った競技などもあった。
水泳競技もあったが、泳ぎ方は自由だった。
水上から敵を守った歴史もあったのでボートを使った競技もあった。
ナーガル校は進学校だったが、運動競技も強かった。
だが、大陸全土で見るともっと強い学校も多かった。
特に、南西部の猫族の多い地域はかなりの強豪だった。
人間とは異なり、猫族は運動能力が高かったのでスポーツ競技は、猫族がトップを牛耳っていてなかなか人間族達は太刀打ちできなかった。
そのため、競技では少しハンデを持たせてることも多い。
猫族の場合、少し後ろからスタートするのだ。
だが、このハンディもあまり意味をなさないで猫族の勝利となるケースが多かった。
陸上競技場には大勢の生徒達が集まっていた。
応援席にも多くの人達が集まり、生徒達を応援していた。
ナーガル校からは、イツキナ、アマミルを含め50名ほど参加していて、今まさイツキナが中距離走に参加するところだった。
アマミルはイツキナの肩をぽんと叩くと、励ましの声をかけた。
「イツキナ頑張るのよっ!何としても優勝してラ・フムロ様の称号を頂くのっ!」
「うん、頑張るっ!猫族なんて負けるもんですかっ!」
「そのいきよっ!」
イツキナはスタート地点に立って、スタート開始の合図を待っていた。
彼女のファンも観客席に座り、固唾をのんでいた。
開始の合図は、電子的なメッセージとして、選手達の目の前に表示されていた。
- ミ(3) -
- フ(2) -
- ヒ(1) -
- 開始! -
選手達は一斉にスタートした。
開始してから5分も経過すると選手達は、いくつかの集団となっていた。
イツキナはペース配分を考慮していつものように真ん中寄りの集団にいた。
何周かして、いよいよ終盤に掛かった時、イツキナはラストスパートをかけようとした。
だが、その時、イツキナは突然身体中が急に重くなってくるのが分かった。
(あれ、身体が重い…?)
みるみるうちに彼女は遅れ始め、周回遅れになり始めてしまった。
イツキナは、朦朧としてきた意識の中で自分の身体が自分のものでは無くなっていくのを感じ、恐怖に包まれていった。
やがてイツキナは身体中が動かなくなり、競技場で倒れてしまった。
競技場は凍り付いたようになり、誰もが彼女を心配した。
アマミルも彼女のところに駆け寄った。
「イ、イツキナッ!どうしたの?大丈夫?」
「はぁ、はぁ…、はぁ、はぁ…。から…だが…うごか…な…い…。」
「えっ?」
やがて医療用のロネント達が集まり、彼女を医務室に運ぶ。
医務室に一緒に移動したアマミルは、衝撃の事実を知る。
「えっ?彼女はもう歩けない?歩けないどころじゃなくて身体が動かなくなる?」
医療用のロネントが話すには、脊髄の一部に傷があって脳からの伝達をする神経の一部が切れてしまっているということだった。
それを聞いてアマミルは数日前にイツキナが話していたことを思い出した。
「昨日、小さな子どもにぶつかって階段から落ちてしまったの。もう痛いったらなんのっ!」
その時はふ~んと何気なく聞いていたが、数十段もあるような階段だったのをアマミルは思い出した。
アマミルは、その時にイツキナが脊髄を傷つけてしまったのだと思った。
(あの時、病院に行くことを勧めていたらこんな事にならなかったのでは…。)
アマミルは自分の判断ミスを後悔した。
「で、でも再生出術で治るのでは?」
"ソレハ難しい。痛みが彼女を死へとミチビク。脳への障害もアリエル。"
アマミルは医療ロネントの言葉で再生治療をするために塗る薬について聞いたことを思い出した。
恐ろしい痛みが起こるため、脊髄のような全身に至る神経の治療で使う場合、痛みというレベルではないショックが全身を襲う。
それに脳に近い場所では使えないと聞いた。
脊髄から脳に直結しているような場所で使った場合、脳に障害起こして死に至ってしまう場合もあるという。
「あぁ、あぁ、何てこと…。」
アマミルは目の前で眠っている友達を見て、心を痛めた。
「イツキナ…。こんな、酷い、酷い…。
あぁ、ラ・ムー様、彼女をお救い下さい…。ラ・ムー様、どうかどうか…。」
本作はフィクションでございます。
実際にご病気の方、もしくは、介護されている方がいらっしゃたら、恐らく病状と異なる描画もございますので、不快に思われるかもしれません。
その場合、大変申し訳ございません。
著者としては、病気でも立ち直ろうとする人間を描きたい、それを応援する人を描きたいと考えております。
悪ふざけで書いているつもりはございません。
何卒、ご了承下さいますよう、お願い申し上げます。




