河原の水袋
そこは何も無い河原だった。
空は真っ黒に染まり、雲も無く、そこが生きている人間の世界では無い事は一目瞭然だった。
川は激しく流れ、どす黒い真っ赤な色をしていた。
川には、生きた人間が川上から川下に途切れること無く流れていた。
それら人達が川の石などにぶつかり血みどろになっているから、川を赤く染めているのだった。
彼らは川の流れに逆らうことが出来ず、苦しみのうめき声を発している。
その声と川の流れの音が混じり合いながら恐ろしいハーモニーとなっていた。
そんな恐ろしい川のそばに、大きな水袋がいくつも樹木にぶら下がっていた。
よく見るとその水袋の中には、痩せ細った子どもが何人か入っていた。
子ども達はその水袋の中からストローのようなもので外から空気を吸っていた。
溺れてしまわないように必死に空気を吸っているが、恐ろしい形相の2メートルはあろうかという毛むくじゃらの男がストローの先を指でつまんでしまう。
子どもは、息が続かず苦しみながら死んでしまい、男はそれを見て大笑いをしていた。
水袋で死んだ子どもは、またいつの間にか同じ水袋に入っていた。
息が苦しくなるので目の前のストローを掴んで必死に息をする。
それをまた男がフタをする、そんな繰り返しの苦しみの世界だった。
そんな水袋の中で一人の少女が他の子ども達と同じように苦しみの声を上げていた。
「ゴボゴボ…、ゴボゴボ…。
苦しいよう…、苦しいよう…。
空気があまり吸えないよぅ…。
お腹も空いたよぅ…。うぅぅ…。
お父さん…、お母さん…。」
少女の涙は水の中では流れようも無かった。
そんな少女に、ある日、小さな歌声が聞こえた。
「声…、歌声…?
綺麗な声…。
近くで聞いてみたい…。」
そう思った瞬間、少女は広い空間に浮いていた。
少女は、二人の女性が歌を歌っていることに気づいた。
「あ、あれは…、お、お姉ちゃん…?」
ステージにいるのはカフテネ・ミルの二人だった。
澄み渡るような歌声が会場を包み、様々な演出が彼女たちを輝かせていた。
「シ・ア・ム…、シアムお姉ちゃん…。
あれ、何であの人を知っているのだろう…。
そんなことはどうでも良いっ!
ここは苦しくないっ!!」
水袋から解放された少女は文字通り天にも昇る気持ちでカフテネ・ミルのライブ会場の上を飛んでいた。
「…素敵な歌だなぁ…。
ララランラン…、ララランラン…。
私も少し楽しくなってきたっ!
ララランッ♪ララランッ♪」
少女はシアムの歌声に合わせて歌を歌った。
「みんなお姉ちゃんの歌を聴いて元気になっているっ!
すごいなぁっ!
でも………でもでも…!!
ずるい…ずるいなぁ…、ずるいずるいっ!!!。」
憎しみの気持ちを抱いた瞬間、少女の目は真っ黒に染まり、また元の水袋の中にいた。
「う、うぅぅ…、ゴボゴボ…。
く、空気…が…。
苦しいよぉ~…。
ど、どうして…。」
数日経過すると、また歌声が聞こえた。
「…またお姉ちゃんの歌…?」
すると一瞬のうちにどこかの家にいた。
「お姉ちゃんが、お歌の練習をしているのね。楽しそう…。」
シアムの家の一室は音が外にもれないようなスタジオになっていた。
楽器はなかったが、音楽を聞きながらシアムは発声練習をしていた。
そこに男性と女性が入ってきた。
「あっ!」
それはシアムの両親だった。
「お父さん…?お母さん…?」
少女は自分の両親になる人達を見て感動した。
シアムの両親は自分の娘に声をかけた。
「おい、シアム、練習はどうなんだ?」
「ほどほどにしないと、喉が悪くなってしまうよ?」
両親はシアムを心配して入ってきたのだった。
「うん、ありがとうっ!
だけど、またライブがあるから練習をいっぱいしなくちゃっ!
お父さんとお母さんもまた来てねっ!」
「あぁ、必ず行くよっ!」
「はいはい、行きますよっ!」
少女はその家族の姿を見て、小さな胸がくしゃくしゃに潰されるような思いになった。
「ギギ…、お姉ちゃんばっかりっ!!!
嫌い、嫌いっ!!!嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いっ!!!」
その憎しみの気持ちは、嫉妬だった。
嫉妬は魂の世界を作り替えた。
水袋に縛られることは無くなり、嫉妬の心が少女の顔を恐ろしい顔に作り替えた。
そして、少女はいつの間にか、あの毛むくじゃらの男の代わりとなって水袋に入った子どもの小さな空気口を掴んでいた。
「あ~~はっはっはっはっ!!!!
何これっ!!
空気が吸えないで苦しんでるぅ~~~っ!
楽しい~~~っ!!!
ひ~、ひっひっひっ!」
狂った少女が次に思いついたのは、生きている姉への復讐だった。
「そうだ…!
お姉ちゃんも苦しませてやろうっ!!」
少女はライブで歌う準備をしている姉の元へと向かった。




